落葉樹

薬が効きすぎたみたいだ。視界はぷちぷちと炭酸が弾けるようだし、からだはわた飴のような手触り。やっとコントロールできるようになったと思ったのに。

コップを用意して水を汲む。口が震えてうまく飲めない。肩はガタガタと音を立てる。急激な眠気に頭を振り回される。

吐き気が襲ってきてトイレに駆け込む。間に合わずにマットの上に吐く。出てくるのは緑色の胃液と水分。真っ暗になる目の前。

ああ。死んだじいちゃんに会えるのかな。

とりあえずもう、目が覚めるまで眠ってしまおう。そう決めた。

ベッドの上では心臓の音がうるさくて眠れない。時計の音もおおきくてこわい。電気は消せない。闇が襲ってくるから。

僕はだれ?






病院のベッドで目覚めた頃、僕は管だらけになっていた。口元には呼吸器がつけられ、左手の腕や手の甲には複数の針。

痛む喉。口の中の気持ち悪い味。

ああ、また死ねなかった。

僕はこの季節になるとこうして過ちを繰り返してしまう。

家族と住んでいてよかったなと思えるのは僕が倒れたときに救急車を呼んでくれる人がいることだった。

蝉は死に絶え、からりとした風が吹く午前。安定した天気。誰もが行楽に出かける中、僕は家に閉じこもって薬の飲み比べばかりをしていた。

それは僕が狂っている証だった。

秋生まれの僕は毎年歳を重ねる前に死のうとする。そうしなければならない。歳を重ねると、体が錆びて変色していくような気がするからだ。

穏やかな吐き気と嘔吐。「秋の人」と名付けられた宿命。僕は秋なんか大嫌いだ。


「秋人」

声がした方にそっと目を向ける。僕の愛すべき恋人が立っていた。表情は暗く、唇を噛んでいる。

「秋人が死んじゃうっておもったら、返さなきゃって思ったの」

涙目で微笑む彼女。その手にはやたらと重たそうな紙袋があった。

首をかしげ、疑問の眼差しを向けてみる。呼吸器が邪魔でうまく話せないことにはもう慣れていた。

「秋人に借りてた本、こんなにいっぱいあったの。絵本から文庫本、画集まで。入院中は、私が隣で退屈しないように秋人の本読むね」

会いに来てくれるんだ、と思った。それは純粋に嬉しかった。僕の本たちは優秀なのだから、彼女を退屈させることはないだろう。


窓の外をぼんやりと見る。艶めかしい赤や黄色に染まった葉が、風でひらりと落ちてゆく。それはいつか読んだ絵本のように、命を繋ぐものだった。

(くそくらえ。)

何もできない自分に腹が立った。精神病で、死に損ないで、邪魔者な僕。最悪な気分だった。

「秋人。あのね、秋人が退院したら、紅葉狩りにいこうよ」

人混みは嫌いだった。ゆっくりと首を振る。

「秋人は人混み嫌いでしょう?だからね、穴場スポット探したんだよ。せっかくだから、私の努力を認めると思って」

仕方がないなあ。僕のことを知り尽くした恋人。彼女がこのベッドの隣に座るのはもう三回目のことだった。

落葉樹のようにはなれない僕。落ちることも沈むことも出来ない意気地なし。それでも僕は曖昧な生を体で感じていたかった。

僕はこのベッドの上で二十歳を迎える。

忌まわしき十代よ、さようなら。

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