蝶々のように


「ぼくは蝶にはなれない。ぼくたちは蛹だ。なのに、母は取り違えたんだ、蛾の子どもと蝶の子どもをね」

彼の唐突な告白だった。彼はいつも突然話しだす。それも、重要なことを、さらりと。水の流れのように。

わたしは彼の突飛な話が嫌いではなかった。でもうまく理解ができなくて彼を困らせてばかりだった。

「どういうこと?わたしにはわからない」

「きみは蝶。美しい羽で周りを惑わし、甘い鱗粉を振りまきながらまた誰かの肩へと飛んでゆく」

その解釈はわたしが夜の仕事をしていたことを知っているかのようだった。そんな話は彼にはしたことがなかった。わたしの心のなかの、ちいさなちいさな闇。

「きみはぼくみたいな醜い羽蟲にもやさしくしてくれる。きみはやさしい。だからこそ、幻なんじゃないかと錯覚するんだよ。きみの鱗粉が生んだ、美しい幻なんじゃないかって」

やめてほしかった。その話はもう。

「ねえ。紅茶を淹れるわ。コーヒーとどっちがいい?」

「きみはどっちがいい?合わせるよ」

主張性のない返答。彼の癖だった。わたしは紅茶を淹れることにした。

わたしは紅茶が大の好物だった。

アールグレイもダージリンもイングリッシュブレックファーストも好きだけど、一番なのはアッサムだ。

電子レンジで軽く温めた牛乳を入れて、ロイヤルミルクティーにして飲む。そうするとすこしだけ闇が和らぐ気がした。

本当はもっとおいしくなる方法があったような気がするけれど、面倒だからと避けていたら忘れてしまった。

「ねえ。あなたが蛾なら、死んだらどうなるの?」

「ぼくは…そうだな。羽が焼けおちて胴も燃えて終わりかな」

そうじゃなくて、わたしは。わたしが伝えたいのはね。

「わたしはね、あなたの骨を拾いたいと思っているよ。だからね、そんなこといわないで」

「きみはやさしいね」

紅茶の葉が開いたときのあの香り。あたためた牛乳の懐かしい匂い。

「わたしたちは、まだ生きているよ。蛾でも蝶でもなく、人間として。昆虫でも幻でもいいから、わたしはあなたがいいよ」

「うん、ありがとう」

口の端が少しだけ上がったのをみて安心した。

さあ、紅茶を飲もう。そして、ふたりの話をしよう。

人間にしかできない話を。

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