(58)あくまで予定通り

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 < Side:アンネリ >

 

 いつものように全員が揃って朝食を取ってからキラが仕事場(?)へ向かうと、私はアイリを見て聞いた。

「それで、今日もあそこのダンジョンへ行くの?」

「勿論ですわ。もともとの予定だった場所まで到達できていないのですから」

「それはそうだけれどね。昨日みたいに邪魔が入ったらまともに探索すら出来ないわよ?」

「何なんですかね、本当に。ダンジョンとどこかのダンス会場と思っているのでしょうか、あの方は。それはともかく、いっそのことあの方々が付いてこれない階層まで一気に移動してしまおうかと思っています」

「そう。それならそれでいいけれど……そう簡単に引き下がるとも思えないのよね。あの様子を見る限り」


 興味がまるで出なかったので名前もまともに覚えていないあの男性は、本当にしつこくアイリに付きまとっていた。

 むしろ周りにいた護衛の方々が良く働いていたお陰で、何も事故が起こらなかったとも言えるわね。

 逆にいえば護衛についていた方たちがそれだけ優秀だという証拠でもあるのだけれど。

 もっともいくら優秀な護衛とはいえ、足手まといを連れた状態でダンジョンの中層を移動することなど不可能だろうと思う。

 

 私が見た限りでは、護衛対象である男の言動はともかくとして、護衛たちは常識に従って動いていたように見える。

 ……それなら主(?)の非常識な言動も諫めて欲しいと考えてしまうのはともかくとして。

 とにかく護衛として常識的な範疇で動いているのなら、中層に向かう私たちについて来ようはしないはずよ。

 アイリもそれを見越して発言しているのだけれど……あの人の話を聞かない男が、そんな常識にのっとった行動をするとはどうしても思えない。

 

「アンネリは、あの方が護衛の言うことなど聞かずにそれでもなおついて来ると言いたいのでしょう?」

「まあ、有り体に言えば?」

「それならそれで構わないのでありませんか。それで不慮の事故が起こったとしても、それは仕方のないことでしょう。ダンジョンなのですから」

「それはまた。アイリにしては随分と思い切ったわね」


 いつものアイリであれば、端から命を見捨てるようなことは言うはずがないのだけれど……よほどあの人のことが腹に据えかねているということかしらね。

 こちらが正しい言葉を使って会話をしようとしても相手はその言葉が聞こえているのかどうかすら分からないような状態なのだから、何を言っても無駄という言葉が非常によく合っている。

 何をどうすればあんな言動ができるようになるのか、育ての親に会ってみたいとほんの少しだけ考えてしまったわ。

 もっともそんなことをすれば余計に話がこじれるのは目に見えているので、決して口に出すつもりはないわ。

 

「仕方ないですわ。あの方はこちらが何を言おうとも、決して聞こうとしないのですから」

「確かにそれもそうね。――それで、どうするの? いつもよりも早めに歩く?」

「いいえ。いつも通りでいいですわ。彼らがどこまでついてこれるのかも見てみたいですから」

「それは……いえ。アイリが良いと言うならそうしましょう」


 頭の中に一瞬だけ彼らが中層まで着いて来てしまうなんてことがあったらなんて思い浮かんでしまったのだけれど、それこ言葉にするのは止めておいた。

 それならそれで彼らの実力が一流であることの証であるし、引き際はわきまえているということになるはず。

 私たちは中層を余裕で乗り越えられるだけの実力は既についているので、よほどのことが無い限りは事故も起きないはずよ。

 最後の最後にはキラが用意してくれている眷属もいるだろうしね。

 

 黙ったままのアイリの様子が気になるといえば気になるけれど、昨日の様子を見る限りでは大丈夫でしょう。

 ナンパ男の言動に振り回されてはいたもののするべきことはしっかりしていたしね。

 今以上に厄介になれば場所を移すことも選択肢の一つとして持っておけばいい。

 とにかく今は、決めた目標を達成するべくあのダンジョンの探索をするとしましょうか。

 

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「――だからねえ、あのダンジョンで見た花は本当に美しかったんだ。ああ、そうそう。花といえば――」


 昨日と変わらずに一定の距離を保ちつつ途切れない会話を続けるの男の様子を見て、思わず内心で大きなため息をついてしまったわ。

 よくもこれだけ話題が尽きずに話続けることが出来るなと、呆れと感心が半々で複雑な気分になっている。

 もっともその話の内容は八割が自分に関わる自慢話で、残りの二割がお国自慢といったところかしら。

 話のどこかに嫌味でも混じると永遠と続く会話も聞くのが嫌になって来るのだけれど、男――ディオ(勝手に向こうから名乗ってきた)の話にはそれがないので聞き流しができる程度には聴いていられる。

 この話術(?)は、どこかの社交か何かで鍛えられた結果なのかもしれないわね。……見習いたくはないけれど。

 

 彼がある一定の距離を保っているのは、昨日一度物理的に痛い目にあったからで間違いないでしょうね。

 痛い目といっても差し出した手を払いのけられた程度だったのだけれど、その結果からどの程度の距離でいればアイリが怒らないのかを見極めたのかしら。

 アイリにも当然のようにパーソナルスペースはあるので、それをたったの一度で見極めたということかな。

 もっともあくまでも今のそれは『他人』に対する距離感であって、キラに対してはもっと近くなる――ということをアイリは自覚出来ているのかな。

 

 今のアイリはディオの言葉を右から左に聞き流しながら探索を続けている。

 多少なりとも影響を受けているのであれば探索を止めようとも思っていたのだけれど、その心配はなかったようね。

 これなら『予定通り』に探索スピードを上げても問題はないでしょう。

 彼らがその速さについてこれたなら大したものだけれど、その前にこちらもちょっとばかり手を打っておきましょう。

 

「ちょっといいかしら?」

「昨日も言ったと思うが、私に言っても無駄だ」

「そうじゃない。今は護衛としてのあなたに用があるのよ」

「……どういうことだ?」

「私たちはこれから『普段通り』の探索スピードに戻して中層を目指すわ。あなたたちがついて来れるかどうかは、きちんとと判断することね」

「中層……そういうことか」


 最初は取り付く島もないといった態度を取っていた護衛の隊長さんは、後半の話を聞いて顔をしかめていた。

 その表情にどんな意味が込められているかは分からないけれど、少なくとも今以上の早さについてこれるかということを吟味し始めたことは間違いない。

 ここまでしたのだから後から文句を言ってきても意味がないでしょうね。

 もっともダンジョン内には周りの目というものがないので、この忠告に意味があるのかどうかは分からない。

 

 一応こちらとしては体裁を整えたので、あとは予定通りに事を進めるだけよ。

 護衛に話を通してくことも既にアイリと決めていたことなので、これからはこちらの好きに動くことになる。

 その結果彼らが最悪の事態を迎えることになったとしても、それはそれで彼らの判断の結果としか言えない。

 護衛隊の隊長さんもそれが分かっているのだからこそ悩む様子を見せているのだろう……と思いたいわね。

 

 とにかくこちらは予定通りにということで、アイリに合図を送ると彼女も頷き返してきた。

 これでいつも通りの探索になればいいと考えつつも、世の中そんなに甘くはないと頭の中で小さく警鐘が鳴った気がした。




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