(57)静かな怒り
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結局、自分が立てた仮説を立証することは時間がかかりそうだったので、すぐに解決しようとすることは諦めて、ホームに戻って掲示板のチェックをすることにした。
中央の壁についてはアリサさんを中心に数人が詳細に調べている状況だったのだけれど、それ以外にも何人かが興味をもったのかちょっとばかり書き込みがされていた。
俺と話をしたあとでアリサさんが何人かと話をしたらしく、改めて壁について調べようと動き始めたらしい。
そもそも最近は掲示板内でも大きな動きは無かったので、わかりやすい壁の調査という目標ができて動きやすかったということもあると思う。
ただしもともと意味不明で放置されていたものなのですぐに答えが出るわけもなく、俺と同じように中々に苦労しているようだった。
とはいえ自分とは違った視点で調査がされていて、掲示板を見ているだけでも面白かった。
残念ながらそのどれもが現時点では形にはなっていなかったけれど、その中の一つでも有益な情報になってくれれば他のプレイヤーの飛びついて来るだろう。
一応自分が考えたこともさらりと開示版で触れておいたが、やはり魔力への変換の部分で引っかかると突っ込まれたのは当然だと思った。
問題解決が進まない根本的な問題として、壁の調査に関わっているプレイヤーが両手で数えられるほどしかいないということがある。
とはいえサーバー内にいるプレイヤーが百人しかいないので、十分すぎるほどに関わっているともいえる。
結局のところプレイヤーのマナと魔力に対する理解とが低すぎることが壁となっている気がしている。
最近は力押しだけでは解決できないことが増えてきていて停滞気味になっているけれど、こればかりは時間をかけてでも解決していくしかない。
――そんなことを考えつつ過ごしていた数日間だったが、ある日ホームの拠点に帰ってからすぐに少しだけ珍しい状況に戸惑うことになった。
誰がどう見てもわかるほどにアイリの機嫌が悪くなっていることが分かったのだ。
元々のアイリは、出会いの時のことを考えても分かるように、感情の裏表が分かりやすかった。
ただしここまであからさまに『不機嫌です』と態度だけで示すのは珍しい。
何があったのかと内心で首を傾げつつ、何もせずに遠巻きに様子を見守っていたアンネリにこそっと話を聞くことにした。
いつもの「ただいま」「おかえり」の挨拶が終わった後で、アンネリがなにか言いたげに視線を向けて来たからということもある。
「――今日は二人だけでダンジョンに行くと言っていたと思うけれど、何かあったの?」
「あったといえば、あったわね。一言でいえば、アイリに一目ぼれしたといって絡んでくる輩がいたのよ」
「……ただのナンパ程度でアイリがあそこまでになるのは珍しいんじゃない?」
「その通りね。かなりしつこかったというだけじゃなく、そいつはダンジョンの中にまでついて来て『私がお守りしましょう』とか言っていたわね」
「それはそれは。中々に香ばしいなあ。話を聞いただけで面倒そうな相手っぽいね。ついでに身分とかも高そうだったとか?」
「それも当たりね。御大層な護衛がついていたから」
護衛を引き連れてダンジョンに潜る貴族は、そこまで珍しい存在というわけではない。
この世界はスキルがあってもレベルがあるわけではないが、それでも『自力で魔物を倒したことがある』という事実はステータスになる。
さらには護衛に指示を出しながらダンジョン攻略を進めると評価が得られることも珍しくはない。
そのため武力で功を示すための手っ取り早い手段として、ダンジョン攻略が行なわれている所(国)もある。
「――それに、あの人は人の話を聞かない系ね。アイリが何を言ってもほとんど反応していなかったから」
「あらら。よりにもよってそれか。もしかするとどっかの王族とかあり得るのかな?」
「王族じゃなくてもそう育つ貴族は多いけれど……あの護衛のことを考えたらそれもあり得るわ。特に詳しく調べたりはしていないけれど」
「調べていないんだ。二人だったらギルドで確認したりしたと思ってた」
個人情報保護法なんてものがあるわけもなく、名前や所属的な
身分社会だけに、トラブルを避けるためにも高貴な相手の身分はむしろ積極的に教えてくれる場合が多い。
ただし当人が情報開示を拒んだ場合は話されることはないし、身分を使ってきたとしても開示することはほとんどない。
ちなみに俺たちの情報に関しては知られてもいいことしか明かしていないないので、その範囲においては特に口止めしたりはしていない。
「変に関わると面倒になりそうだと思ったのと……アイリが怒り過ぎてそれどころじゃなかったのよね」
「なるほど……あの様子を見ればわかるけれど、そこまで怒るのは珍しい。本当に本気で話が通じなかったんだね」
アイリに限らずほとんどの人はこちら言葉を聞かずに自分の話だけを一方的に主張するだけの相手は苦手だろう。
俺自身もそれはそうなので、別にアイリだけがどうこうというわけではない。
それはそれとしてアイリがここまでの状態になるのは珍しいので、今回の相手はよっぽと話を聞かなかったことがわかった。
そんなことを二人でコソコソと話をしていると、突然ソファに黙ったまま前を見ながら座ってアイリが声を発した。
「キラさん」
「は、はい!? 何でございましょう?」
「あなたは余計な手出しをなさらないようにお願いいたしますわ」
「も、勿論ですとも」
いつもよりも殊更に丁寧な言われ方をして完全にビビった俺は、思わずその相手に一瞬だけ同情してしまった。
いや、別にアイリも直接的な何かをするつもりは、少なくとも今のところはないとは思う。
とはいえこれ以上変に絡んでくることがあれば、その相手がどうなるかは想像できない。
ただし話を聞く限りでは他の人たちにとってもあまりいい存在ではなさそうなので、一度は大きくへこまされたほうがいいような気もしている。
もっともアンネリがここまで言うほど話を聞かない人なのであれば、その程度でへこむとも思えないだが。
それはいいとして何やらアイリはやる気になっているらしいので、言われたとおりに下手にこちらが動くことは止めておく。
アンネリとアイリには護衛として眷属が誰かしら付いているのだけれど、彼らにはこれまでどおりに余計な手出しをしないようにと釘を刺しておく必要がある。
ありがたいことに(?)裏でこそっと動いて処理されていたという報告を後から聞いたことも何度かある。
今回に限って言えば、アイリからすれば言葉通り余計なこととなるので変に気を使ってもらう必要はない。
勿論、監視とその報告に関してはきちんと聞くつもりではあるのだけれど。
こちらに釘を刺すだけ刺して再び黙り込んでしまったアイリを見てからすぐにアンネリと無言なまま視線だけでやり取りをした。
この時の二人の心境は、まさしく『触らぬ神に祟りなし』であった。
下手にここでなだめようとでもすると逆鱗に触れるということは、これまでの経験でよくわかっている。
だからこそこれ以上この話題に触れることも止めておこうとアンネリと二人で示し合わせたわけだ。
それが功を奏したのかは分からないけれど、とにかくこの日のアイリは終始無言――というか話しかけて来るなというオーラを発しながら眠りについた。
さすがに翌日は一緒に着いていこうと考えかけたが、それもまた『余計な手出し』になりかねないのでアンネリに任せていつものようにハウスへと向かった。
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次話から少しの間、アイリ&アンネリの話になります。
フォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
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