(44)改めて説明

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 人の欲というのは際限がない――なんてことは言わずもがな。

 アンネリと直接の関係がある現辺境伯とその周りにいる身内であれば、アンネリの立場を慮って余計な要求をしてくることはほとんど無いだろう。

 ただしアンネリとの地の繋がりが薄まれば薄まるほど『家』の利益を求めて来る可能性は高くなっていく。

 そんな時のことまで考える必要などあるのかという疑問も沸いて来るけれど、そんな長期的な視点を持っておかなければならないのが貴族というものだ。

 この国においてもっとも厄介な立場になりかねない王家については、守護獣という存在がいるのでユグホウラに対して余計な手出しをしてくるようなことは無いと断言できる。

 だが王家との関係性が薄い家程、ユグホウラから利益を得ようと立ち回ることはあり得る。

 その動きに将来の辺境伯がどういう選択肢を取るのかまでは分からない。

 そんな将来に余計な種を残さないようにするというアンネリの考えは、ヨエルとロジーヌにもきちんと伝わったようだった。

 

 そして今回はアンネリとの結婚式に関しての話をしに来ているわけだけれど、ここで敢えて、というか改めてユグホウラの考え方を話すことにした。

「――改めて言うことではないかもしれませんが、そもそもユグホウラは他国と取引する必要がないということを理解いただければ、と思います」

「そうは言っても、実際には交易は行なわれているだろう? 我が領との取引のこともある」

「ですからそれは、アンネリとの関係があるからこその特別な対応です。ユグホウラが絶対に欲しいと思えるような品は全くないですよ。少なくとも今のところは」

「それは、エイリーク王国との取引があるからではないかな? わざわざかの国を間に挟まなくても直接我が国と取引すればいいのでは?」

「それをすればこの国の守護獣が出て来るような話になるのですが、それをお望みですか?」

「……どういうことかな?」


 伯家側の出席者は、たかが商取引の話で守護獣(様)を引き合いに出す意味が分からないという顔をしていた。

 

「現在ユグホウラと直接取引している国は幾つか存在していますが、辺境伯家を除けば全てがその国の守護獣がユグホウラにとっての眷属という扱いになるわけです。この国の守護獣もかつてはユグホウラの眷属だったこともありますが、今更それを望むとお考えですか?」

「そんなことが……」

「あるはずがない、と疑問に思うのであれば、一度王家に確認してもらうと事実だと分かりますよ。この国の守護獣も隠すつもりがないだろうから接触してきているのでしょうし」

「いや、済まない。別に疑うつもりはなかったんだ。ただそれはあくまでも国全体のことであって、個別に取引する必要がないという理由にはならないのではないかな?」

「多くの人族が作っている国であればその理屈は通じますが、ことユグホウラに限って言えばそれは違いますね。あなたたちから見ればエイリーク王国はユグホウラと取引していると見えるかもしれませんが、広義の意味で見ればあれは『国内取引』と言えますから」

「国内……? だがエイリーク王国はあの場で王国を名乗っているわけで……いや、だからこそ先ほど守護獣様の話を出されたというわけか」

「そういうことです。話が早くて助かります」


 話がややこしくなることと魔物界(?)での重要な話に繋がって来るので、称号(爵位)持ちの領域関係のことは敢えて詳しくは話すつもりはない。

 人族国家の国境だけで考えると分かりずらい話になってしまうのだけれど、魔物の領域で考えれば話はシンプルになる。

 それぞれの国家の守護獣たちがユグホウラの領域に組み込まれる気がない場合は、敢えて商取引をする必要がないということになる。

 地図上でいえばシーオ地域で手に入れる必要がある場合はエイリーク王国を通して手に入れればいいだけなので、敢えてユグホウラとして直接他国と取引する必要はない。

 ――と、いうことを以前辺境伯家と取引をする時にも軽く話したと思っていたのだけれど、今回改めて説明することにした。

 それで理解してくれるのかどうかは別にして、少なくともここらではっきりさせておかないと先々困ったことになりかねないと考えたからだ。

 

 辺境伯家と取引をするときにも似たようなことを話した記憶はあるけれど、それほどのことかとピンと来ていないようないう顔をしていた。

 貴族に限らず商人であったとしてもより多くの利を求めるのは人の性といっても否定は出来ない。

 だからといって守護獣が出て来たという事実を忘れているとは思えない……というか、どこまで踏み込めるのかと試しているような感じがする。

 結果的に辺境伯家はそういった貴族や商人たちの防波堤になってくれているわけで、こうして直接会って話が出来る機会を得たので、改めて説明してみた。

 

「――辺境伯も王家のことがあるからこそ、アンネリのことは黙認しているのですよね。今のところの問題はそうした事情を知らない方々というところでしょうか」

「……そんなところだな。そもそもユグホウラのことを全く分かっていない者がいることが信じられない……おっと。これは聞かなかったことにして欲しいかな」

「仰せのままに。という冗談はともかくとして、とにかく下手に取引品を増やすのはどちらにとっても良いことはありません。こちらが取引したいと思えるような品があればまた話は変わる……でしょうが、それこそその時は王家が出てきそうですね」

「それもあったね。王家は他家の手柄を無理やり奪うような真似はしないだろうが、絶対に無いとは言い切れないからな」


 この『場合によっては』というのは、塩などの戦略物資になりえるような場合は王家が専売する権利を握る可能性があるということだ。

 その程度のことはどの国でもやっていることであり、逆にそうした品を王家が握らない場合には混乱が広がることになりかねない。

 ノスフィン王国では多くの貴族が戦略物資だと認めた場合には、他国への輸出する権利を王家に独占させるための法が存在している。

 様々な派閥がある中ためにその法が発動(?)することはほとんど無いのだけれど、無いのであって全くないわけではないらしい。(アンネリ談)

 

 ノスフィン王国内でも対ユグホウラ用の輸出品をどうにか生産しようと頑張っているようだけれど、今のところはうまく行っていない。

 もしそんなが出来ればエイリーク王国を通さずに個別に交易をすることも考えられる。

 とはいえそんな都合のいい商品を開発することなどできずに、今のところは辺境伯との細々としたやり取りのみが続いているままだ。

 正直なところ魔物が主体の組織であるユグホウラが何が何でも欲しいと思えるような商品が出て来るとは考えにくいとも思う。

 

「――とにかく、アンネリとの結婚はあくまでも個人的なものとして今後も扱います。そもそも私自身がそこまでユグホウラとの関係を公にしているわけではないので問題はないでしょう」

「……こちらからすれば、守護獣様との関係を明らかにしているのに今更過ぎるような気もするけれどね。ただまあ、言いたいことはわかるので、今回のことは国王に伝えるだけにしておくよ。それで国王がどう判断するかだ」

「ノスフィン王国の貴族としては当然の答えでしょう。当たり前ですが、こちらもそれを止めるつもりはありません」

「そう言ってもらえるとありがたいね」


 最後にそう答えた辺境伯の顔は、どこか中間管理職に就いているサラリーマンのように見えたのは気のせいではなかったと思ってしまった。




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