(43)模擬戦のあとで
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魔力量による圧倒的なパワーだけで模擬戦を押し切ったアンネリだったけれど、今は辺境伯に呼ばれて屋敷の一室で話し合いをしていた。
話は模擬戦に関わることだけではなく、俺とアンネリが一緒になることも含まれているらしく当然のように同席している。
辺境伯が今更貴族籍の除籍に関してどうこう言ってくることは無いだろうとは思う。
ただそれ以外でも話をしたいことはあるようで、そのことについて席を設けたといったところだろうか。
俺自身は辺境伯が何を話そうとしているのか思い当ることは無いのだけれど、アンネリには分かっているようで完全にお任せ状態にしている。
特に貴族的なあれこれな話になるとついて行けない可能性もあるので、その辺りはアンネリに任せた方がいい。
ユグホウラが関係することなら眷属たちの圧倒的な戦力を使って交渉することもできるのだけれど、今回は役に立つことは無いはずなので素人同然といっても過言ではない。
特に婚姻関係となると国独自のルールなんかもあったりするので、余計な口を出すとドツボにはまる可能性が高いこともある。
辺境伯側の出席者は辺境伯本人とアンネリの母親であるヒルダ、それに正妻であるロジーヌとなっている。
こちら側はアンネリと俺、それに加えてアイリがいる。
アイリは直接関係するわけではないけれど、アンネリと同じように俺と一緒になることが決まっているので、その紹介も兼ねている。
余談だけれどアンネリとアイリの間には敢えて正妻、側室の差は設けないようにしている。これは俺だけではなく、二人の意見を組み込んだ結果でもある。
そうして始まった話し合いは、まずはアンネリの貴族籍放棄に関する話から始まった。
ヒルダとの模擬戦がそのまま決闘と同等の扱いとなっているために、わりとあっさり貴族籍放棄の手続きは進められることになった。
割と古臭い習慣として残っている決闘ではあるものの、逆にだからこそその結果を無視するわけにはいかないという風潮も残っているようだった。
それにヒルダを嫁の一人として迎えた辺境伯だからこそ、アンネリのあれほどの力を見せられてしまうと反対しにくかったということもあるはずだ。
というわけで貴族籍放棄に関する話はすぐに終わったのだけれど、問題はその後で続けて来たロジーヌの言葉だった。
「――私としても色々と言いたいことはありますが、既に決まったことですのでこれ以上は何も言うつもりはありません。それよりも式はいつ上げるつもり?」
「公に向けた結婚式ということでしたら、特に上げるつもりはありません」
「それはいけません。それではあまりにもあなたが、アンネリが不憫すぎます」
「私自身が必要ないと考えているのです。不憫も何もないでしょう。むしろ公に式を挙げた時の方が、色々と面倒事が増え過ぎます」
「……面倒事とは?」
「ロジーヌお母様ともあろうお方が、そのような言い方をされるとは思いませんでした。今の私に貴族的な言い回しをしても無意味ですよ」
アンネリそう返された時のロジーヌの表情は、戸惑いが大きいように見えた。
そもそも貴族の結婚というのは、大々的に行って両家の繋がりを示すことが大きい。
そこまで大きな貴族家ではなかったとしても、どことどこが婚姻によってくっついたということを気にする。
政略結婚はその最たるもので、結婚式は両家の繋がりを公にすることでお互いの家に利をもたらすための最大の宣伝となる。
逆にいえばこの世界のこの時代では、結婚式という儀式はそれ以上でもそれ以下の価値もなく、だからこそアンネリは式にはこだわっていないともいえる。
俺自身としてはアンネリが望むなら式を挙げても構わなかったのだけれど、当人が望まないものを無理強いしても仕方ない。
そもそもユグホウラのホームで簡単にした式を上げるつもりでいるので、敢えて貴族家としての宣伝のために挙げる気にならないというアンネリの言い分も理解できる。
それにアンネリは既に辺境伯家の貴族籍から抜けることが決まっているので、敢えてこちらで式を挙げる必要もないと言っていた。
アンネリの言葉を聞いて困ったような表情になったロジーヌは、助けを求めるように
「いくら貴族籍を抜けるからといっても、私たちもそこまで薄情ではないつもりなのだが? 身内だけ集まって挙げるだけでもいいのではないかい?」
「その『身内』が集まることが問題なよ、お父様。私とキラが式を挙げた。その事実だけで勘違いしてくる者が出て来ることは確実です」
「そのような不心得者は気にかけなくともいいだろう?」
「……はっきり言いましょうか。今の代はそれでいいかも知れませんが、先の代に勘違いされると困ったことになると言っているのです」
「それは……。確かに絶対ないとは言い切れないな。下手をすれば、ユグホウラの領域を侵しかねない、か」
アンネリの懸念をようやく察することが出来た辺境伯は、少し険しい顔になった。
ヨエル自身はアンネリの弟妹が後を継いだ代であれば、そこまで大きな問題にはならないだろう。
それはヨエル自身も含めてユグホウラの領域へ手出しすることを愚かさを十分に理解しているためだ。
その考え方が代を重ねて行くうちに薄れていく可能性が絶対にないとは言い切れない。アンネリが心配しているのはその点だった。
「それに加えて、今も周りから色々と言われているのでしょう? これ以上の騒ぎになったら、下手をすれば守護獣様が出てきかねないわよ」
「それは……確かに無いとは言えない、かな」
アンネリの言葉に、ヨエルは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
貴族籍を抜けたとはいえ紛れもなく辺境伯の実の娘であるアンネリがユグホウラの一員になったともなれば、間違いなく他の貴族たちは騒ぎ出す。
守護獣と直接話が出来る王家は別にして、それ以外の貴族はより多くの取引がされるようになると期待して何かしらの繋がりを求めて来ることは間違いないだろう。
それでもどうにかできると判断しているからこそ式を挙げろと辺境伯側は主張しているわけだけれど、騒ぎが大きくなればなるほど守護獣が出張って来る可能性がある。
守護獣には守護獣としての考え方があるので、それに抵触すると貴族家ごと潰されるような事態になりかねない。
そうなると折角安定している国内が荒れるという最悪の可能性だってあり得るわけだ。
ヨエルが起こりえそうな未来に頭を押さえていると、次にロジーヌが問いかけて来た。
「それでは、アンネリは完全に家とは縁を切るつもりということ?」
「それを選ぶのは私ではなく、辺境伯家ということになるでしょう。たとえユグホウラとの関係が進まないと分かっていても、私との繋がりだけでも保ちたいと考えているのであれば、これまで通りの関係でいられるかと」
「勿論、それで構わないよ」
「
「そうですね。だからこそ猶更、たとえ身内だけだとしてもこの家で式を挙げることは出来ないと申し上げているのです」
「……これまでのように表立ては知らぬ存ぜぬと通して、裏では繋がったままということね」
「それが両方にとって最善でしょう。何度も言いますが、これ以上ユグホウラとの繋がりが強くなったとしても辺境伯家にとっては良いことになりませんよ」
アンネリがはっきりそう断言すると、ロジーヌは諦めたように小さくため息を吐いていた。
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