(41)親子の戦い

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 各辺境伯家では国境警備という重要な任務があるために、他の貴族家と比較しても比較的大きな騎士団を持っている。

 もっともアンネリの実家であるアルムクヴィストにおける騎士団の業務は、他国からの侵略ではなく北方にあるユグホウラの領域から来る魔物の対処が主になっている。

 辺境というだけあって広大な領地で自然発生する魔物の対処もあるのだけれど、メインはやはり人の手が入っていない土地から来る魔物に対して目を光らせなければならないそうだ。

 それと合わせてユグホウラの眷属たちも警戒しているようだが、こちらは人の力でどうこうできるような強さではないためあくまでも何かあった際の盾と報告役になることが求められているとのこと。

 はっきり言ってしまうと辺境伯の騎士団規模だと第三世代の眷属一体だけでも相手取ることができるだろうと思う。

 ただそれだとギリギリの戦いになる可能性もあるので、自分が対処する場合は複数体で当たるように指示をするだろう。

 今のところノスフィン王国に直接手を下すような事にはなっていないので、ユグホウラの眷属たちが出て来る可能性はほとんどない。

 ノスフィン王国でもユグホウラを敵に回すよりも周辺各国と国内の魔物の対処に戦力を回す方が得策だと考えているので、よほどおかしな事態にならない限りは敵対することにはならないと考えている。

 

 そんなアルムクヴィスト辺境伯家には、当然のように騎士や兵士が訓練するための訓練場が備え付けられている。

 それも通常の訓練場一つだけではなく、魔法の使用に適応した広い訓練場も用意されている。

 土地持ちの貴族家であればそうした設備も用意されていることがほとんどだけれど、辺境伯家ほど充実した設備があるところは珍しい。

 逆にいえば、それだけ辺境という地域が過酷な地域だということを示している。

 

 そんな魔法使い訓練用の訓練場で、二人の女性が模擬戦を行っていた。

 一人がアンネリで、もう一人は彼女の母親であるヒルダだ。

 

「フフフ。しばらく顔を見せていなかったから怠けているかと考えていたが、さぼってはいなかったようだ」

「クスッ。そんな余裕を見せている場合じゃないということは、お母様が一番実感しているのでは? 段々と余裕がなくなってきているように見えるわ」

「抜かせ!」


 そんな煽り合い(?)なんかを入れつつも、お互いに打ち合う魔法を止めることはなかった。

 言葉だけを見れば小学生の喧嘩ともいえなくはないが、お互いに打ち合っている魔法を見ればそんな低レベルの戦いではないこはすぐに分かる。

 実際、二人の戦いの見学が許されているために様子を見に来ていた魔法使いたちの顔色は、戦いが進むほどに顔色が変わっていた。

 真剣に見守る者、顔色を青くする者などそれぞれの受け止め方によって反応は様々だったけれど、全員が自身の想像を超えた戦いを見せられて影響を受けていることだけは確かだ。

 

『激流』の二つ名持ちであるヒルダは、それこそその実力で今の地位を勝ち取ってきたのだからまだ分かる。

 だがその娘であるアンネリは少なくとも数年前では才女と呼ばれるの範囲に収まっていた……はずだった。

 それがどうして、天才と名高いヒルダと堂々と渡り合っている、どころか時折押しているようにさえ見えることがある。

 そのこと自体が、特に古くから辺境伯家に仕えている者たちからすれば信じられない事実なのだろう。

 

 二人の戦いを見ながら周囲を観察していると、少し離れた位置で同じように様子を見ていた辺境伯が近寄ってきた。

アンネリが話を持ってきた時にはどうかと思ったが、中々どうしてやるじゃないか」

「えーと、それはどちらの意味ででしょう? ヒルダさんが、ということですか?」

「逆に決まっているじゃないか。それとも何か。君は、アンネリが勝てるとでも考えていたのかい。二つ名持ちのヒルダに?」

「勿論そうですよ。というか、アンネリが最初から負けると分かっている勝負を吹っ掛けると考えていたのですか? 私にとってはそちらのほうが驚き何ですが」


 俺のその言葉に、辺境伯は口を閉じて戦っている二人に視線を向けた。

 彼の中ではアンネリがヒルダに勝てるはずがないということが当たり前の感覚になっているのだろうけれど、アンネリの性格もまたよくわかっているのだろうと思った。

 負けず嫌いというよりも、勝てない勝負には挑むことは無いという性格なのは父親譲りだとアンネリが良く言っていたからだ。

 

「だが、見た感じではヒルダの方が押しているように見えるがね」

「確かにそうですね、今は。経験の差を埋めるのは難しいということでしょうか。ただ、ヒルダさんが押し切れていないこともまた事実ですよ」

「……押しきれていない、か。確かにそんな風に見えるけれどね。だがアンネリにも逆転の目があるようには見えないがね。それとも未だ何か隠しているのかね」

「有り体言えばそういうことです。アンネリとしては使わずに行ければと考えているのでしょうけれど、さすがにそれは甘かったというところですか」

「奥の手ということかい。そんな都合のいい物が本当にあるのかね」


 半信半疑といった様子の辺境伯に、「見ていればわかります」とだけ返しておいた。

 そもそもこの勝負は、ヒルダの実力に勝る力をアンネリが持っていると証明できれば貴族籍を抜けても問題ないだろという話から来ている。

 ヒルダは、彼女自身の力で今の辺境伯と繋がり、そのまま貴族として収まっている。

 そのヒルダを負かすことが出来れば、辺境伯の心配はなくなるはずだという理屈の下でこの模擬戦が行われている。

 

 俺としては模擬戦の結果がどうなろうとアンネリを引き受ける気満々だ。

 ただしアンネリ自身が一つの区切りとしてヒルダに勝つということを目的にしているようなので、敢えてこの筋書きで構わないと決めていた。

 いくら当人アンネリの了承があるとはいえ、ご両親の了承も得ずに未婚の女性をあちこち連れまわすというのも外聞が悪いという問題もある。

 アンネリは既に成人しているので両親の了承を得ずに駆け落ち同然に結婚をしてしまうという手段も取れなくはないけれど、アンネリと辺境伯家どちらのためにもきちんと了承を得た方が良いということは間違いない。

 そうした諸々の理由で、アンネリが今回の筋書きを立てたというわけだ。

 こちらとしてはアンネリが負けないと分かっているので、茶番と言ってしまえばそれまでなんだけれど。

 

「――どうした? 大口をたたいた割には今までと変わっていないんじゃないか? 謝るなら今のうちだぞ?」

「本当に経験というのは厄介よね。大人しく辺境伯夫人として家に収まっていればいいのに、未だにあちこち飛び回っている戦闘狂だし……」

「貴族令嬢だというのに子供のころから冒険者になるんだと剣を振り回してたアンネリに言われたくはないな」

「それを止めなかったお母様にも問題があると思うわよ。――と、そんなことはどうでもいいわね。現状把握は終わったので、そろそろ終わりにしょう」


 そう言いながら唐突に魔法の打ち合いを止めたアンネリに、ヒルダは「どういうことだ?」と首を傾げた。

 その一瞬空いた隙を狙って、アンネリが『奥の手』を発動した瞬間、ヒルダだけではなくその場で見ていたほとんどの者が驚くことになった。

 それもそのはずで、アンネリが何か呪文のようなものと小さく口にしたとたんに、魔力爆発と表現していいほどの魔力の奔流がアンネリを中心に渦巻き始めたためだった。

 

 その魔力はアンネリが発現させていることは明らかで、それは今までのものとは比較にはならないほどの量ということは明らかだ。

 そしてそれほどの量の魔力を使って魔法を発現すればどうなるのか、魔法使いを名乗っていない騎士であっても答えは明らかなのであった。




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