(40)報告&駆け引き

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 辺境伯家の応接間らしき部屋に通された俺たちは、そこで数十分ほど待たされることになった。

 そもそも貴族にアポも取らずに会いに来たのだから、それくらいに待たされるのは当然だろう。

 辺境伯当人ではなくアンネリの母親であるヒルダが来なかったことは少しだけ気になったけれど、二つ名持ちの冒険者でもあるので忙しいのだろうと気にもしていなかった。

 それは俺だけではなくアンネリに話を聞いても似たような答えが返ってきたので、そんなものかと頷き返しておいた。

 そういうわけで見た目はそこまで派手派手しいわけではなく、それでいながら高級品に囲まれているような応接室で話をしてると、辺境伯であるヨエル・アルムクヴィストが姿を見せた。

 

「――さて。放蕩娘がいきなり戻ってきて何用かな?」

「放蕩娘であることは否定しないけれど、一言目がそれなの? 貴族としての礼儀はどうなったのかしら?」

「何を言っているんだい。すでに貴族家の娘としての役目を放棄しているだろうに」

「それこそ何を言っているのですか。私は既に十分すぎるほどに役目を果たしていると思うわ」


 喧嘩腰というほどではないけれど、皮肉に近い言葉のやりとりに一瞬止めるべきかと悩む羽目になった。

 もっとも次の瞬間にはアンネリの口元が笑っていることに気が付いたので、そのまま放っておくことに決めたのだけれど。

 

「――もし今以上を望むのであれば、それは望みすぎね。たとえキラが許可しても私が受け入れません」

「やれやれ。相変わらず、頑固だねえ。一体、誰に似たのやら」

「それは勿論、お父様だと思うわ。お母様は、あれで中々柔軟なところもあるでしょう?」

「ハハハ。これは中々、手厳しいな。だが確かに、その通りなのだろうな」


 さらりと交わされた会話であっても、貴族当主と貴族としての教育をしっかりと受けた二人の言葉はそのまま素直に聞くことは出来ない。

 貴族であればその家に利益をもたらす存在になることは当然であって、ヨエルも当然そのことを念頭において話をしている。

 他家に嫁ぐことになる女性貴族はそれとは別に、嫁ぎ先の家だけではなく生家のことも考える必要がある。

 もっとも生家のことを考えなければならないのは、女性だけではなく家を継がなかった男子も同じなのだけれど。

 

 それらのことを前提として考えると、今の二人の会話ではもう少し利をよこせと言ってきたヨエルに対してアンネリは望み過ぎだと躱したということになる。

 特に俺からアンネリに対して辺境伯家への取引を増やすとも減らすとも言ってい無いのだけれど、アンネリ自身は必要ないと考えているようだった。

 既に嫁として受け入れることを決めた以上は望むならそのくらいは構わないとこちらは考えているのだけれど、その辺りの匙加減はアンネリに任せている。

 俺がアンネリのことを妻として受け入れたことが、他の貴族への『勘違い』にならないするための牽制も含まれているのだろうと思う。

 

 そんなことを考えながら二人の会話を聞いていると、ここで話の内容が変わった。

「――それで。話を戻すが、何かの用があって来たのかな? 今の今まで家には寄り付かなかったのだから、重要な話があるのだろう?」

「そういえば、そうだったわ。お父様にお願いがあってきたのよ。そのお願いというのは、私の貴族籍を外してほしいというものなの」

「それは――」


 表情から反射的に反対しそうなヨエルだったが、その時アンネリがこちらを見たことに気付いてすぐに開きかけた口を閉じた。

 アンネリの表情と態度から、すぐに何故そんなことを言いだしたのかを理解したのだろう。

 貴族家に生まれた娘が他家に嫁ぐとき、嫁ぎ先が貴族ならそのまま貴族籍に居続けることが出来るのだけれど、平民の元に嫁いだ場合は貴族から籍を抜かなければならない。

 もっとも家の事情によってその扱いは変わって来るため絶対ではないのだけれど、アンネリ当人が除籍を望んだので自分は好きにするようにと言ってある。

 

「……いや。それは駄目だ。これまでのことで市井の暮らしのことを知らないだろうなんて言うつもりはない。だが、また貴族籍を得るための苦労を知っているとは思えない。一度失ったものを得ることは簡単じゃないんだよ。こんなこと、既に成人しているアンネリが知らないはずがないだろう?」

「そうね。でも私がこのままノスフィン王国の貴族として居続ければ、それだけで家にとっても私個人にとってもいいことはないわ。それが分からないお父様ではないでしょう?」

「言いたいことは理解できる。だが、いい意味でも悪い意味でもこの辺境という立地が上手く他家の間を立ち回ることができる理由になっていることも確かなんだよ」

「そうでしょうか? その『辺境だから』という理由でさらなる土地の拡大を期待されていることも確かでは? 守護獣様がいらっしゃるので大丈夫でしょうが、兄や弟の世代では? さらにその先になればどうなりますか?」

「……それは、守護獣様に何かあると言っていると取られかねないのだが?」

「私が貴族籍を残したままユグホウラの利を他家が求め続ける未来を考えれば、その『何か』があると考えることはさほどおかしいことではないでしょう」

「それは、しかし……」


 辺境伯という立場にあるがゆえに、アンネリの言ったことは既にヨエルも考えていたことではあるのだろう。

 すぐに否定することはなく、一瞬考え込むような顔になったがそれでもすぐに顔を左右に振っていた。

 

「いや、やはり駄目だな。辺境伯当主としてもアンネリの父親としても、やはり除籍は認められない」

「頑固ね」

「それは君には言われたくはないな」


 そう言ってしばらくにらみ合っていた父娘だったけれど、やがてアンネリの方が根負けしたように小さくため息を吐いた。

 もっとも既にこうなることは事前にアンネリから聞いていたので、そのため息が父親の説得を除籍を諦めたわけではないということを分かっている。

 

「――仕方ないわ。それでしたらお父様を納得させる手段をとりましょう」

「……私を脅すつもりかい? だが、いくら『彼』が後ろにいるとはいえ――」

「違うわ。いくらキラがいるとはいえ、それは私自身には関係ないと言われることは分かっています。要するに私が一人でやっていけるとお父様が納得できればいいのよね?」

「そんな方法が、あるわけが……」

「何を仰いますか。私たちにとっては、ごくごく身近なところに平民から貴族になった者がいるではありませんか」

「まさか……」


 完全にアンネリの言いたいことを理解できたヨエルが、完全に口元をひくつかせた。

 二人にとって身近にいる平民から貴族になった者というのは、アンネリの実の母親であるヒルダのことだ。

 何しろヨエル自身がヒルダを貴族に迎え入れた張本人なのだから、嘘や誤魔化しなどできるはずもない。

 そしてヒルダを引き合いに出したアンネリが何を考えてそんなことを言いだしたのか、ヨエルも完全に理解できていた。

 

「本気なのかい?」

「勿論。一番わかりやすくて手っ取り早い方法よね?」

「アンネリが取ったという弟子たちが活躍をしていることは知っているが、それでもヒルダを相手にしてとは思えないのだがね?」

「だからこそ戦う意味があるのではありませんか?」


 この時のヨエルが少し増長しすぎではないかと考えていたのは、アンネリの横に座っていた俺でもその顔を見れば分かった。

 それが当然の感覚だろうということはアンネリも分かってはいたので、特にそれについて何かを言うことは無かった。

 とにかくこれでヨエルとついでにヒルダを説得できる状況が整ったので、結果としてはアンネリの思惑通りになった。




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