(39)実家訪問(アンネリ)

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 < Side:キラ >

 

 辺境伯領へと向かうと決めたといってもこれまでと違って、目的地まで直行したというわけではない。

 この世界の基準でいえばオーバーテクノロジーで作られているとはいえ基本は帆船であることには変わりないので、その速度は飛行機を知っている俺からすればゆっくしとしたものだ。

 消耗品の補充は転移陣が使えるので無視することは出来るといっても、ずっと海の上ばかりだと飽きが来たりするので各地の港には寄っている。

 そもそもの目的である辺境伯家に向かうことに、アンネリ自体もあまり気乗りしていないということもゆっくりとした旅の原因になっていたりもする。

 それは別に実家に帰ること自体が億劫というわけではなく、婚約から結婚にまつわる諸々の面倒が降りかかって来ると分かっているからこそだったりもする。

 実家に帰ると未だ籍が外されていない辺境伯家の貴族令嬢として行動しなくてはならないということが最大の要因なのだと思う。

 

 ご両親への『挨拶』を終わらせたいのであれば転移陣を使って移動してしまえばいいわけで、船を使って移動していること自体アンネリに対して気を使っているからと言える。

 ……というとアンネリへの気遣いだけでのんびり旅を続けているように聞こえるだろうけれど、別にそれだけが理由ではなく単に旅を続けていたいという理由も勿論ある。

 アンネリ自身もそこまで強固に実家訪問を嫌がっているわけではなく、何となく面倒だなと感じている程度なのだから。

 要するに、別に挨拶をするにしても何が何でも急いで終わらせる必要もないので、優先順位的にそこまで高くはないというだけの理由だった。

 

 そんなこんなで数か月ほどかけて辺境伯領近くの海岸線に着いた自分たちは、さっさと上陸をして陸地を歩いていた。

 ちゃんとした港に着岸しなかったのは、騒ぎになることを避けたかったからだ。

 今まで散々きちんとした港に着岸してきたのに何を今更と思われるかもしれないけれど、これからのことを考えるとあまり目立つことは避けておきたい。

 ――というアンネリの言葉があったからこそのこれまでの動きだった。

 

 陸地に着いた頃には既にアンネリの覚悟(?)も出来ていたようで、むしろさっさと終わらそうと歩みも自然と早くなった。

 レオをはじめとした馬種の魔物が馬車を引いているとはいえ、これまでを考えると信じられないくらいの速さだった。

 ちなみに今回はあくまでも『挨拶』なので、トムをはじめとした年少組は着いて来ていない。

 彼らもそろそろ子ども扱いはやめないといけないというわけで、敢えて独自に行動することを許している。

 

 わざと一緒に行動せずに冒険者として辺境伯領の様子を見て来ることも頼んではいるけれど、その行動に意味があるかは今のところ分からない。

 何しろ辺境伯領の近くにもユグホウラの領域はあるわけで、その辺りに住んでいる眷属から大きなことは何もないと情報は上がってきているからだ。

 とはいえ人族の視点で見ると何かあるかもしれないことと、今後のことを考えて最後に俺が許可を出した。

 何よりも本人たちがそれを望んでいたということが大きかったともいえる。

 

 というわけで、年長組だけでアンネリの実家へと向かったわけだが、早速というべきかテンプレ的イベントにぶち当たっていた。

「――あのねえ。私たちが何者であるにせよ、まずは上司なりにきちんと確認を取るのが当然の対応でしょう?」

「フン。お前らのような胡散臭い奴らに隊長の手間を取らせるまでもない。貴族の屋敷を訪ねて来たのにアポすら取っていない常識知らずに、そんなことをする必要があるか」

「だからそれを判断するのはあなたじゃなくて、隊長格だって言っているのよ」


 何が何でも自分のところで終わらせようとする門兵に、さすがのアンネリも呆れ顔を隠せないようだった。

 門兵が完全に間違った対応をしているわけでもないだけに、アンネリとしてもそこまで強気に出ることが出来ていなかった。

 ちなみにこの状態が始まってから既に数分は経っていて、見ようによってはアンネリの行動は厄介クレーマーともとられてもおかしくはない状態になっている。少なくとも対応している門兵にとっては。

 ただしアンネリも敢えてそれを狙っているようで、その狙いは見事に的中することになった。

 

「――おい、お前ら。いつまで騒いで……お、お嬢様!? いつ、こちらにお戻りに?」

「あら。久しぶりね。その紋章を見るに、あなたもようやく一隊を任されるようになったのかしら。数年前まではいつまでもヒラなんだって嘆いていたのに」

「ハ、ハハハ……さすがに部下の前でそういうことを言うはおやめください。私にも立場というものがありますので」

「あら、ごめんなさいね」


 そんなことを言って笑うアンネリに、隊長格の兵士は苦笑を返していた。

 そしてそんな二人の様子を見て、これまで強気に対応していた門兵は何とも言えない表情になっていた。

 その顔は既に自分が何かとんでもないことをやらかしたことを理解しているようで、処断を待つ犯罪者の顔のようにも見える。

 さすがに親し気(?)に話している隊長の様子を見れば、アンネリが誰であるかは理解できているようだった。

 

「全く……私たちの世代は慣れているからいいですが、彼らの世代はお嬢様のなさりようは知らないのですから、手加減してやってください」

「あら。知らないからこそ意味があるのでしょう? それに、彼を怒るなんてことはしないわ。どちらかといえば、あなたたちのためにやっているのだから。――今回は及第点かしらね」

「勘弁してくださいよ、本当に。昔、隊長たちが戦々恐々としていた意味がよくわかりました。……戻って来られるのでしょうか?」

「どうかしらね。それはお父様たち次第でしょう。もしかしたら今回が最後になるかも知れないわよ?」


 アンネリの最後の言葉に、隊長格の兵士は微妙な顔になっていた。

 門兵の隊長クラスであれば、全ての事情を知っているわけではないにしてもある程度のことは聞いているだろう。

 今の彼の対応を見る限りでは、アンネリにとってそこまで悪いことにはなっていないことは分かる。

 とはいえ貴族という体面がついて回る以上は、今後もそうであるとは断言することが出来ないことも事実ではある。

 

 体長はこの場に来る前にきちんと屋敷へと連絡を送っていたようで、入口から迎えの一人が慌てた様子で駆けよって来るのが見えた。

 俺たちはその迎えに案内されるようについて行って、すぐに家の中に入ることが出来た。

 

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「――た、隊長。俺は大丈夫なんですかね?」

「あー、心配するな。さっきも言ったが、あれはお嬢様の御戯れだ。今回のことで首になったりすることはないから安心しろ」

「それは安心ですが……お嬢様? ――は、何度もあんなことを?」

「そうだな。時には別の人間を使ったりして遊ばれたりしていたぞ。辺境伯も兵たちの緊張感を保つことが出来ると積極的に止めることはしなかったな。お嬢様が屋敷にいるときの俺たちはずっと緊張しっぱなしだった。いつ、お嬢様の『いたずら』がくるんだろうってな」

「それは、また。隊長たちの同期が出世しまくっているのは、それが理由で?」

「それだけではないだろうが、あの経験があったからというのも間違いはないだろうさ。――さあ。そろそろ業務に戻れ」

「了解しました!」




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