(38)亀さんの日常6
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< Side:タートル >
僕の言葉を聞いて慌てて裏を取り始めた眷属たちだったけれど、人族至上主義を広めようとしている意図を感じるような組織はなかった。
いや、正確にいえば数十人単位で動いているようなところは複数確認できたらしいけれど、その程度の組織はこれまでもあった。
問題なのはそれらの組織をまとめるような大きな組織ができたのかどうかというところだった。
ただ調べた限りでは、そこまで大きな組織は見当たらなかったそう。
結局のところ人族至上主義を掲げる組織として一番大きなところはD国ということであり、それらの小さい組織たちもそれに乗っかって活動しているような状況らしい。
人族至上主義が宗教化しているのであるのならともかく、今のところは政治的に利用されているだけと言い変えることが出来る……のだと思う。
まあ、そんな政治的な話はどうでもいい。
僕らは人の国家にそこまで深く関わるつもりがなく、
今のところ領域内にも近隣にも僕らに敵対できるような勢力や個体はいないので、割と好き勝手に動くことが出来ている。
もっともここまで来るのに相応の苦労をしているので、これくらいの見返りはあってもいいだろういうのが本音だったりする。
そんなこんなで特に大きな動きもなく、相変わらずの日常を過ごしていたところでついに待っていた変化が起こった。
それはD国の人族至上主義の動きについてではなく、
できる限り欠かさず魔力を注ぎ続けていたので数日前からひび割れが入り初めていたのは分かっていたのだが、この日の朝にはその日々が大きくなってついに数ミリ程度の穴が開いていた。
ここまで来ればこれまでの経験から数時間もかからずに孵化することは分かっている。
ただ眷属たちと一緒に孵化装置を囲むようにして孵化の様子を見守っているのはいいとして、少しだけ気になることがあった。
それは卵の殻を割って出てこようとしている『中身』が、くちばしのような者ではなく明らかに人の手のような形をしていることだった。
「――うーん。僕の魔力の影響を受けているとはいえ、最初から人型なんてことは……精霊とかだったらあり得るか」
「そうですね。ただ今回はきちんと親が鶴のものだと確認して譲ってもらったのですよね?」
「そうなんだよなあ。キラのことだからその辺りは間違いはないと思うんだけれど、与えていた魔力でこうなったのか微妙なところだなあ」
「まあ、実際にどんな姿かたちをしているのかは完全に生まれてから出ないと分かりません。最後まで様子を見ましょう」
「それもそうか。久しぶりの孵化だからちょっと焦ってしまったかな」
魔物の卵の孵化自体は、日常的に行われているので珍しいことではない。
ただしそれは眷属たちがやっていることであって、自分自身が自ら魔力を注ぎ込んでの孵化は久しぶりのことだ。
そのことが影響してしまっているのかは分からないけれど、少しばかり先走ったことを考えてしまったようだ。
もっともこの状態で生まれて来る魔物が大きく姿かたちを変えることは無い――と言われてる。
さすがに手を使って殻を割っているところは確認できているので、その手が無くなるようなことにはならないと思うのだけれど。
そんな話をしながらも、卵の中から伸びて来る手は少しずつ穴を大きくしていっていた。
見慣れていない人が見ればグロく見えなくもない光景ではあるけれど、割と人型で生まれて来ることもあるので僕自身は見慣れている光景だったりする。
心の中で頑張れと応援しつつその光景を見守っていると、卵の上部でそれなりの大きさの穴が開いた。
そしてついにピョコリとその穴からかわいらしい女の子の頭部が出て来るのを皆で確認できた。
顔を出したその女の子(?)は、少しだけこちらを見てニコリと微笑んでから再び卵の中に姿を消した。
頭を出せたからと言ってそれで終わりというわけではなく、体全体を出すにはもっと穴を大きくしなくてはならないので、また殻を破る作業に戻ったのだ。
卵から生まれたばかりで微笑みかけて来ることが出来るのかと生命の不思議を感じるわけだが、これも魔物ならではといっていいのかもしれない。
こちらの方を見て笑ったのは、生まれて来るまでに与えられていた魔力を感じ取ってのことだということだろうと思う。
卵の中から人型が生まれて来ること自体はそこそこの確率であり得ることなので、特に問題にはならない。
卵時代に与えている魔力の主――今回の場合は僕自身――が持っている能力によって変わって来るらしいのだけれど、プレイヤーが魔力を与えると元の親には関係なく一定の確率で生まれて来ると言われている。
その理由は元の世界で人として生きていたプレイヤーの魂に影響されているのではという説が有力なっている。
実際のところは分からないのだけれど他にそれらしい説が出てきていないので、今のところはそれが最も有力な説となっている。
「頭を出したということはもうそろそろかな?」
「どうでしょう。翼らしきものも見えていますから案外まだ時間がかかるかも知れません」
「ああ、確かに。あれが邪魔になって、出て来るのが難しいか。物理だけで出て来るか魔法も使えるのか、ここでも見分けられるかな?」
「それならもう結果は出ていますよ。殻を破るために魔力らしきものを使っているようですから」
一緒に見守っていた眷属の一人の言葉を聞いて、改めて卵の様子を観察すると確かにその言葉が正しいことが分かった。
一生懸命に卵の殻を除いていっている『手』には、魔力らしきものが纏わりついているのが確認できた。
魔物の卵はそれ自体が頑丈な造りになっているので、彼女(?)の細腕による腕力だけではその殻を取り除くことなど不可能だということだろう。
余談だけれど、魔物によっては腕力だけで豪快に卵を割って出て来る種類も存在している。
――そして初めて顔の確認が出来てから二時間ほど経つと、ようやく半分ほどの殻が壊されて体のほとんどが確認できるようになっていた。
一言で言ってしまうと大部分は人型なのだけれど、その背中には白い鳥の羽が生えていた。
ちゃんと両腕はあるのに羽もあるのはどうなのかと進化論を真っ向から否定している生物だけれど、そもそも精霊や妖精が存在している世界だけにそんな突っ込みをしても通じない。
ちなみに彼女の背中にある白い羽は鶴のもので、そこだけが元が鶴であることを主張する名残になっている。
そうは言っても実際には全くの別種になっている可能性も否定は出来ないので、一応ステータスも確認してみた。
すると種族やスキルなんかは見慣れたものが並んでいたけれど、因子の欄のところに一つだけ見慣れないものがあることに気が付いた。
『説話の縁』
この因子が何を意味するのかは、今のところ全く分からない。
冗談から始まった話で鶴を手に入れたわけだが、まさかそれに関係しそうな因子を手に入れることになるとは思ってもいなかった。
そして当然のようにこの結果を掲示板で報告することにしたわけで、結果として久しぶりに様々な考察で賑わうことになってしまったのである。
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これにてカメさんシリーズは終わりになります。
次話からはキラたちの話に戻ります。
フォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
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