(36)亀さんの日常4

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 < Side:タートル >

 

 キラから入手した卵は、すぐにふ卵器へと移した。

 このふ卵器はプレイヤーメイドで、卵の周辺の温度を一定に保つことが出来る優れモノだ。

 何度も改修されて来たこのふ卵器は、カプセルのようなもので覆われていなくても温度を保つことが出来る。

 魔物の卵には魔力を与えなければならないのだけれど、蓋のような覆いを一々取り外したりしなくてもいいようになっているところが多くのプレイヤーが気に入っている機能になる。

 要はコンビニとかスーパーとかにある冷蔵棚の保温バージョンになっているといえば理解しやすいかも知れない。

 当たり前だけれど孵化するまでは時間がかかるので、とりあえずは日に何度か魔力を供給することになった。

 

 卵をふ卵器に納めて初めての魔力供給をしたあとは、いつも通りの業務をしようと場所を移動した。

 ……ところで眷属の一人に呼び止められることになった。

 

「タートル様。ちょうどよかった。少々お耳に入れておきたいことがあります」

「ん? 何か問題でも起こった?」

「問題……には今のところなっていませんが、ゆくゆくはなりそうといったところでしょうか」

「なるほどね。ということはそこまで急ぎじゃない感じかな?」

「そうですね。一日二日でどうこうなるようなことではないでしょう」

「なるほどね。だったらいつものように土地を整えてから話を聞くよ」


 話を持ってきた眷属の様子からそこまで急ぎではないと判断して、土地の調整を優先することに決めた。

 土地の調整も絶対に必要な作業というわけではないのだけれど、毎日のようにやっている日課なので後回しにすると何となく落ち着かない。

 この作業を行うと魔力操作の訓練にもなると分かってからは、以前よりも熱心に欠かさず行うようになっている。

 サボってからといってすぐにどうにかなるわけではないけれど、やらなかったらやらなかったで落ち着かない。

 

 というわけで土地の調整を終えた後は、小さな亀の姿になって眷属の一人に運んでもらって執務室へと向かった。

 土地の調整は外でやっているので大型の姿でも全く問題はないのだけれど、業務の話を聞くとなると室内で聞いた方が落ち着ける。

 この辺りの感覚は、元『人』であるということが作用しているような気もする。

 眷属たちは僕がもともとそういう感覚を持っていることを理解しているので、特に疑問に思うことなくむしろそれが当然だと言わんばかりに対応してくれている。

 

「――それで、急がない問題って何かな?」

「そうですね。今のところ火種があるという感じで、それが火事になるかはわかりません。簡単に言ってしまうと、ただの小競り合いで終わるのか、本格的な戦争になるかはまだ分からないといったところでしょうか」

「あ~、なるほど。人族の国の政治的な話ね。納得したわ。一応聞いておくけれど、どの国が争いになりそう?」

「中心にあるのはD国で、その周辺がどの程度関与するのかによって変わって来る――といった感じでしょうか」


 眷属が国名をはっきりとした名称ではなくアルファベットで呼んでいるのは、ぼかしているわけではなくこれが眷属たちの中で当たり前に呼ばれているからだ。

 そもそも魔物である眷属は、国の名前が覚えずらいという問題がある。

 それに加えて結構な頻度で国自体が無くなったり吸収されたりことがあるので、いっそのこと繋がりが出来た順にA、B、C……とつけて行こうということになった結果だ。

 さすがにその国を相手に話をするときには正式名称を呼んでいるけれど、眷属内ではアルファベット名で呼ぶことが普通になっている。

 

「それだけ聞くとよくありそうな話でしかないけれど、何かそれ以外に問題が?」

「ご明察です。問題なのはそのD国の主張でして……魔物は全て排除すべき、もしくは奴隷にすべきと主張し始めているようです」

「ああ~、そういうことか」

 

 人族至上主義など今に始まった問題ではないのだけれど、それを領域内にある国が主張し始めるということに問題がある。

 こちら側としては、所詮は小国の戯言と言って無視しても構わないのだけれど、領域内の国が巻き込まれ始めるとそれこそただの火種が火事になりかねない。

 火事レベルまでに問題が大きくなるとそれはそれで面倒なので、今のうちに消火活動するかどうかが悩ましいといったところか。

 

 話を持ってきた眷属は怒りや呆れというよりも戸惑いが強いようで、恐らくそれが眷属内での共通の認識と考えたほうがいいだろう。

 D国をこちらの庇護から切り離すことなど簡単なことで、その後のことも用意に想像ができるだけにそうなるのも無理はない。

 恐らくD国の者たちはこちら側が領内で魔物を間引いている事実を知らず、それが無くなったらどうなるのかすら理解できていないように思えるからだ。

 

「あの辺りは領域内だからと魔物の間引きもこちらである程度やっているんだけどな。まさかそのことを理解していないと?」

「いえ、それはないでしょう。我らの領域内であることを知らせたときにきちんとそれについても教えておりますから。ですが、我々がいなくても自分たちだけでできると勘違いしているようでして……」

「ああ~。上位種から率先して片付けていることを理解できていないわけか。人里近いところに出る魔物は比較的弱いものだけだからなあ……」

 

 詳しく話を聞けば、なんということは無い。要するにこちらがどういう行動をとっているのか理解しないままに、自分たちにとって都合のいい解釈をして暴走し始めたというところだった。

 もっとも魔物を狩るのは領域内にある国家への配慮だけではなく、魔石を得るためという理由の方が大きい。

 質のいい魔石を得るためにはランクの高い魔物を倒すことが手っ取り早いので、人族国家のために動いているというわけではない。

 

「――まあ、いいか。D国の動きは無視で。万が一こちらに刃を向けるようなら動く必要はあるけれど、そうじゃないなら気にする必要もないな」

「畏まりました。既にむやみやたらに動くなと指示は出しております。これまで通りと変える必要はないとも。無論、無抵抗のままでいろとも言っていませんが」

「それは当たり前だね。こちらにだって命はあるんだ。黙ってやられる必要はない」

「はい。ただD国のことはいいとして、どうも周辺国家が騒がしくなりそうです」

「何だ。そっちの方が問題じゃないか。その様子だとD国だけが孤立しているわけではなさそうだね?」

「その通りです。幾つかの国がD国と同調する様子を見せているようです。共通しているのは、元から魔物の被害が少ない国というところでしょうか」

「普段から魔物の被害に合っている国は、こちらのありがたみも理解しているということだね。わかりやすいといえばわかりやすいかな」


 どのプレイヤーも同じ悩みを抱えているのだけれど、この世界の人族は出現ポップする魔物に対して実力が低すぎる。

 良くそれで文明を保つことが出来ていたなと色々な意味で感心できる。

 勿論それには理由があって、この世界の魔物は基本的に自分の縄張りから出ることをほとんどしないからだ。

 強い魔物ほどその傾向があり、だからこそ実力的に弱い人族は文明を維持できるくらいの人口を保つことができている。

 

 人族至上主義の国家が勘違いをしたまま不用意に魔物に対して刺激することを、他の国々が警戒しているという。

 結果としてこれまでになかった緊張感が両者の間で生まれつつある――というのが今回の話の肝だった。

 今のところはお互いに牽制しあっているだけで、実際に何かが起こったというわけではない。

 人族至上主義にしてもまだ芽が出て来たばかりなので、それがどうなっていくかもわかっていない。

 どちらにしてもこれからのことを考えれば、無関係のままではいられないだろうということが新たな悩みの種というところだった。




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m(__)m

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