(6)ちょうどいい機会

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 上司との初会話が終わったあとは、そのままアルさんも一緒にいなくなるのかと考えていたけれど何故かこの場に残った。

 そして少し困ったような顔をしてから、その綺麗な声で申し訳なさそうにこう言ってきた。

「申し訳ございません。あの方が仰った直後にこういうことを申し上げるのは申し訳ないのですが……」

「どうしました? 何か問題事でも?」

「そうではございません。私から一つお願い事がありまして……マナに関する訓練については引き続きこちらでお願いいたします。好きに生きればいいと申し上げた直後なのにこのようなことをお願いする立場にはないのですが」

「そのことですか。何もアルさんが謝るようなことではありませんよ。それに、何となく理由はわかりますから」

 マナは下手に扱うと、時にとんでもない威力を発揮することは分かっているので安全圏で訓練するということが必須なのはよくわかっている。

 地脈の中央でも大丈夫かといわれると不安なところがあるが、他の場所で訓練するよりも遥かにましなことも理解できる。

 

「そうですか。ありがとうございます」

「わざわざ礼を言われるようなことじゃないですよ。私だってこの星……というか世界を壊すつもりなんてありませんから。それよりもここであれば訓練は続けてもいいのですね?」

「そうですね。幾つか注意点がないわけではありませんが、概ね大丈夫です。駄目だと思われることは、ガイアから注意か指摘されるようにしておきます」

「それは助かりますね。ただの思い付きだけで世界を壊すなんてことはしたくありませんから」


 魔力を扱った魔法の訓練でもそうだけれど、周辺に多大な影響を与えることは出来る限り避けておきたい。

 世界の管理者になったからといって、星の上で生きている生命たちをぞんざいに扱うつもりは全くない。

 元が人間だっただけに、善も悪も併せ持つ性質のことはそれなりに理解しているつもりだ。

 どこで線引きをするのかというのは完全に個人個人によって変わってしまうのだろうけれど、それこそが機械的なガイアではなく個人というプレイヤーに任せる意味だと受け取ることにしている。

 

 アルさんが残っていたのは訓練場所のことを伝えたかっただけだったようで、それだけを言って地脈の中央から去った。

 彼女は彼女で忙しいはずなので、わざわざ残って言伝してくれるだけでもありがたい。

 訓練場が制限されたことよりも、むしろある程度安心して訓練できる場所だと言ってくれただけでも嬉しかった。

 以前から言われていたことの延長でしかないけれど、管理者になった状態でも大丈夫だと言われたことは大きい。

 

 アルさんが残ったのはそのことだけを言いたかったようで、すぐにこの場からいなくなっていた。

 残された俺は、予定していた通りに訓練を済ませてから地上(?)へと戻った。

 地上に戻る時には人族と精霊の姿どちらも選べるが、基本的には人族の姿になることが多い。

 眷属たちだけに会う時には精霊の姿の方がいいのだけれど、やはり人族と会う時には人族の姿になっていたほうがいいからだ。

 

 精霊の姿になって一時間ほど眷属たちと触れ合ったあとは、人族の姿になってクランの様子を見に行った。

 そこでたまたまいたカールに捕まった俺は、クラン開設当初からいるホーカンについての相談を受けることになった。

 なんでもソロでの限界を感じて、パーティを組むかを悩んでいるらしい。

 ソロのままでいるのか、パーティを組むのかはクランとしては別のどちらでも構わないのだが、悩んだ状態でダンジョンに挑むのは危険なのでどうにかできないかということだった。

 

 早速ホーカンに話を聞いてみればカールの懸念が見事に当たっていて、ソロでのダンジョン探索を感じていて今後のことを悩んでいるようだった。

 俺としても別にどちらでも構わないと考えてはいたが、本人から話を聞いてみるとやはりソロで居続けたいという思いを感じたので、ソロでダンジョン探索をする場合の立ち回りを実際に見せてみることにした。

 ホーカン自身の能力は高いので、こちらが見せればあとは本人がどうにかするのではないかと考えてのことだ。

 実際その効果があったのかは分からないが、ダンジョンから出た時には明るい表情をしていたので多少は参考になったのだと思いたい。

 

 その後は、クラン関係の諸々の書類を整理してから拠点へと帰った。

 自分自身が戻った時にはまだハロルド以外の誰も戻っている様子がなかったので、久しぶりに二人で話をすることになった。

 

「――あれ? まだ誰も戻ってなかったのか」

「そうですね。戻って来るまであと数時間といったところでしょうか。またどちらかにお出かけになられますか?」

「うーん。いや、良いかな。久しぶりにのんびり……は出来なさそうだけれど、ハロルドと話でもしようか」

「私とですか? 特に業務のことで話すようなことはないと思いますが……?」

「いいから、いいから。二人だけになるなんてことも滅多にないから、ちょっと雑談でもしようかなってね」


 クランとパーティの会計は完全に別に分けていて、それらの管理はほぼハロルドに任せっきりになっている。

 ただ今は折角の機会なので、そうした公的な話ではなく私的な話をしようと思いついていた。

 もっともハロルドは奴隷なので何を話しても公的な内容になりかねないけれど、それはそれで必要なことなので問題はない。

 

「――前から聞きたかったんだけれど、ハロルドはもう冒険者として活動しようとは思わないのかな?」

「私ももう年ですからね。無理をすれば怪我をすることは、理解しております。何よりも今はご主人を支えることに喜びを感じておりますので、特に戻りたいとは考えておりません。勿論、必要なら冒険者として活動いたします」

「なるほどね。確かに無理はさせられないか」

「はい。それに、ご主人様の専任冒険者としてはトムが育ってきておりますから。今はあの子の成長を見守ることが楽しいのですよ」

「おっと、そう来たか。確かに端から見ていても楽しそうに見えていていたから、その印象が正しくてよかったよ」

「ええ。実際にしっかりと成長してくれておりますからね。……本人には、私がそう言っていたと言わないでいただきたいですが」


 意地悪目的でハロルドがそんなことを言っているわけではないことは理解しているので、素直に頷き返しておいた。

 さらに付け足しておけば、ハロルドがトムのことを息子のようにかわいがっていることは見ていてもわかる。

 トムの例を見ても分かるように、別に奴隷だからといって恋愛禁止をしているわけではないのだけれどハロルドは既に諦めているようにも見える。

 そもそも年齢的にも厳しいと考えているのかもしれないが、折角の機会なのでその辺りのことも聞いてみることにする。

 

 そして返ってきた答えといえば、特に必要はないということだった。

 そもそも奴隷のためにそこまですることは無いという考えもあるのだろうが、ハロルド自信がそちら方面には淡白な考え方を持っているようだ。

 若い時から奴隷として過ごしてきた経験から基本的にそちら方面での欲が少なくなっているようにも見える。

 ただそれはあくまでも第三者の視点から見た感想なので、実際のところどうなっているのかは当人でないと分からないだろうが。

 

 とにかくハロルドといわゆる『男同士』の話をする機会などほとんど無かったので、今の機会は嬉しかった。

 結局その後も、女性がいると大っぴらには話せないようなよもやま話をして盛り上がることになった。




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m(__)m

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