(3)情報開示
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本は時間にして数秒ほど手の中で大人しくしていたが、やがて震え出した。
なんだと思わず目をやるのと同時にペカッと光ったかと思うと、手の中から逃げ出す何かの生き物のように逃れていった。
そして何もしていないのに独りでに開いてペラペラとページがめくり始める。
まるで見えない書架か何かに本を速読しているかのように見えただろう。
ただし残念ながら俺自身は速読なんてものはできないので、何か文字が書かれていることは分かっても何が書かれているかまでは分からない。
……そう思っていたのもつかの間。
ページの最後がめくれて裏表紙が閉じた瞬間、本に書かれていた内容が突然理解できた。
それを確信しているかのように問題の本はひとりでに空中を移動して、そこあるのが当然だと言わんばかりに元あった場所へと戻っていた。
それ自体も気にはなったけれど、それよりも今は別のことに気が取られてしまっていた。
何しろ速読術なんて使えないはずだったのに、あのペラペラとページがめくられ終わった瞬間に色々な知識がまとめて教え込まれていたから。
一気に知識を詰め込まれた影響なのか、十秒以上はぼーっとその場で立ちっぱなしになってしまっていた。
教え込まれた内容を考えればよくそれで済んだと言えるのだけれど、残念ながら周りにいる者たちはそんな内情など知る由もない。
後からアイリに確認して分かったことだが、十秒という時間は何が起こったか分からない人間にとっては長かったようで思わず声を掛けそうになったそう。
魔術的な何かが起こっていることは確実だったので、すぐに声を掛けるのは我慢したとのことだった。
お陰で周りにいた司書さんたちが騒ぐことはなかった。
もっとも本が自動的に動いた上に、自らもう一度机の上に納まったのだから何事かと思うのは当たり前だと思う。
「――あ~、びっくりした」
「お体は大丈夫ですか?」
「うん。そっちの方が問題ないね。ただ一気に知識を詰め込まれたからちょっと眩暈みたいなのを感じただけで」
「ああ、あれですか」
以前、アンネリの時にも似たようなのを見ていたアイリは、すぐに納得した様子になっていた。
あれだけ一気に多くの知識を詰め込むことができることにも驚いたが、それよりも今はその内容のことが気になって仕方ない。
そんなことを考えるのとほぼ同時に、それまで黙ってこちらを伺っていた一部の司書さんたちが詰め寄ってきた。
「――ち、知識を詰め込まれたって!?」
「ど、どんな内容なんですか? 是非、話を聞かせてください!」
「こらこら。無茶なことを言うんじゃない」
とある事情によりどう答えたものかと悩んでいると、例の老司書が落ち着いた様子で何故かその二人を止めた。
「な、何故ですか? 折角の知識を得るチャンスですよ!?」
「お前さんは知らんのかもしれんが、あの御本から得た知識を無理に得ようとすると天罰が下ることになるからの」
老司書が「天罰」と口にすると、詰め寄ってきた二人の司書はビクリと体を揺らした。
さすがにその知識までは教えられなかったので、こちらも驚いて思わず老司書に確認を取ることにした。
「そのようなことになるのですか」
「あくまでも口伝で伝えられていることですがの。あなたにも心当たりがあるようですな」
「はい。どうなるかまでは知りませんでしたが、あの本から得た知識は下手に口にすることは出来ないと」
「ふむ。惜しいことではあるがの。付喪神様がそうおっしゃるのであれば、仕方のないことであるの」
納得した様子で頷く老司書。
それを見て、ここではインテリジェンスブックのことを付喪神が憑いている本だと認識しているのだと妙なところで感心してしまった。
確かにヒノモト(日本的)な解釈だとそちらの方がしっくりと来るなあ――と余計なことを考えている傍で、他の司書たちは何とも言えない顔になっている。
彼らにしてみれば、これまで手が届かなかった本から知識を得た人物が現れたのだからどうにか詳細を知りたいと考えるのは当然だと思う。
その一方で、得た知識が知識なだけに簡単に話すことができないということも理解できる。
ここにいる司書たちは例の本の存在を知っているから大丈夫かもしれないが、普通に考えれば一足飛びに運営の話をしたところで何を言っているのかといわれるのが落ちだろう。
とはいえこのままだと、どうしても『本』からの知識を得たいと騒ぎになる可能性がある。
ここにいる司書たちが騒ぐことはないは思うけれど、彼らも公僕であることには違いないのでここであったことの報告は行うだろう。
その報告を見た上司なりそれに近しい者たちが、何かを仕掛けて来ることは十分に考えられる。
兵家と足利家の後ろ盾があるとはいっても、どうせばれないと俺自身がどんな人物かまで分かっていなければ手段を選ばずに事を起こす輩は一定数存在すると考えた方がいい。
となると、今ここである程度のエサを与えた方が後々楽になる。
そう考えた俺は、とあることを思いついてその情報を教えることにした。
「ここにある本を読みたければ、魔力操作の訓練をすることをお勧めしますよ」
「魔力操作?」
「ええ。魔力操作の行き着く先が地脈接触になります。そこまで行くことができれば、あとは条件によって本から動いてくれる……かもしれません」
「魔力操作も驚きだが、少し曖昧だの」
微妙に中途半端な言い回しになってしまった俺に、老司書が不思議そうな視線を向けて来た。
「この本に限らずインテリジェンス……付喪神付きが気まぐれなのは皆さまもよくご存じなのでは?」
確信を持ってそう告げると、司書たちは黙り込んだ。
付喪神に関して言っていることは正しい。だけれど魔力操作についてはどうなんだという顔だろうか。
そもそも地脈に接触をするという技術はこちらの世界でもある。
ただし当然ながらそんな高度な技術を使えるのはごくごく一部の魔術師だったり魔導師だったりするので、そのアドバイスに意味があるのかと考えているのかもしれない。
彼らがそのことを言葉に出さずともそう言いたいことは伝わってきたので、さらにもう一つアドバイスを付け加えることにした。
「勘違いされがちですが、魔力操作自体は何も高レベルの魔法使いだけが使える技術ではありませんよ。魔力操作と魔法を扱う技術はイコールではありません」
「何と。いや、しかしそれは……」
「より分かりやすくいえば、道具に魔力を付与している技術者たちも魔力操作という基礎があって出来ています。技術力が高い技術者ほど魔力操作に長けるということは、すでに知られていることではありませんか?」
「むむっ……いや、確かにそれはそうだの」
技術者が使っている魔力を扱う技術と本職である魔法使いたちが扱うものは別物――そういう認識(常識ともいえる)があるからこそ、俺が言ったことをすぐに受け入れるのは難しいという顔になっている。
普段から多くの『一般的な』知識に触れているからこそ、常識的なことから外れたことを言われると受け入れがたいというべきか。
もっともそんな彼らだって時に技術革新が起こった時にはそれを受け入れて来たのだから、今回は絶対に受け入れないなんてことにはならない……と思う。
俺の話を聞いて探りを入れるように顔を見合わせている司書たちを見ながら、そんなことを考えていた。
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是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
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