(2)奥の部屋

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 調査開始してから二~五日目は、大きな進展はなく一通り棚にある書物たちに目を通すだけで終わった。

 背表紙なんてものが当たり前のように存在している現代書籍と違って、紙の束を申し訳程度に背表紙と裏表紙でくくられている物がほとんどだったりする。

 そのため一々中を確認して作業を行わなければならなかったのだけれど、それがまた神経を使う要因になっていたりした。

 何しろ昔に作られた書物なだけに紙の質もあまり良いものではなく、下手に扱えばボロボロになりそうなものも平気で置かれたりしている。

 そうした書物を失わないように大人数で写本をしてるのだそうだが、それでも追い付かないのが現状だそうだ。

 司書さんに言わせれば「予算が……」ということらしい。

 どこの部署であったとしても直面する問題なだけに、それは仕方ないと話を聞いた時にはお互いに苦笑することしかできなかった。

 まだ一応魔法で室温コントロールされてしっかりと書棚で管理されているだけマシだと思うしかなかった。

 

 世の無常にお互い落胆しつつ少しずつ会話もしていれば、それなりに仲も良くなってくる。

 司書さん側は俺たちの様子をそれとなく探るように言われているようだけれど、特に隠すことは何もないのでむしろ作業を邪魔しない程度の会話は大歓迎だ。

 さすが司書さんというべきか、作業の邪魔にならない合間合間に話しかけて来ている。

 むしろ作業の抜け落ちなんかも指摘してくれることがあったりするので、こちらとしてはプラスになっていることも多々ある。

 

 そんな数日を過ごした結果。関係しそうな棚にある書籍の調査も残り少なくなって来ていた。

「――そうなって来ると、そろそろ奥の部屋に行くことを視野に入れないといけないんだよなあ……」

「やはりそうなりますか」

 そんな会話をアイリと交わした後は、揃って二人で視線を奥に続いている扉に向けた。

 

 その扉は明らかに異彩を放っていて、見るからに何とも言えない雰囲気が漂っていた。

 それは別に『何となくそんな気がする』という感覚的なものではなく、あからさまに色のついた靄のようなものが扉の隙間から漏れている。

 その色も一色ではなく、派手目の色から暗い色まで様々に変化している。

 その様子を間近で見れば、出来れば入りたくはないと考えるのは人として当然だと思う。

 

 とはいえ折角ここまで来て中に入らないという選択肢はない。

 覚悟を決めて扉に手をかけると、静電気が走った時のように一瞬だけ手がピリッとした。

 思わず手を引いたがそれ以上は何も起きる様子もないので、改めて扉に手をかけた――ところで、アイリが話しかけて来た。

「キラ様。今、何をなさったのでしょうか?」

「いや、特には。なんで?」

「先ほどまであった靄のようなものが消えていますよ?」

「えっ!? ああ、本当だ。

 アイリに言われて改めて扉の周りを確認してみると、確かに先ほどまであった靄というか霧のようなものがきれいさっぱり消えていた。

 静電気のようなものに気を取られて、全く気付かなかった。

 

「うーん。なんだろ? 特に意識的に何かをしたつもりはないんだけれど……?」

「どうでしょう? 私にも原因はわかりませんわ」

「ホッホッホ。これは珍しい。お前さん、随分と歓迎されておるの」

 二人で話していると、そんなことを言いながら司書の一人が近づいて来た。

 その司書は、長い間この図書蔵に勤めている主のような存在だと聞いている。

「何かご存知なのでしょうか?」

「さてな。ワシが知っておるのは、この奥にあるに認められた場合、今みたいなことが起こったという話だけだの。ワシが新人の時に先達から聞いた話だからの。本当かどうかはよく分からん」

 最後は聞きようによっては投げやりにも聞こえるような言い回しだったが、だからこそ事実を話しているということは伝わってきた。

 周りを見れば幾人かの司書が『そういえばそんな話もあったな』という顔をして頷いていたので、少なくとも老司書の作り話というわけではない……はず。

 

 起こった現象については過去に同じことがあったので分かっても、理由については分からないらしい。

 老司書さんの「中に入っても悪いことは起こらないはず」という言葉に押されるように、多少の不気味さを感じつつも奥の部屋に入ることにした。

 そして部屋の中では何が待ち構えているのかと考えつつ扉を開けると、一般的な子供部屋程度の広さの部屋が見て取れた。

 当然のように書籍が置かれている棚が所狭しと置かれてたが、特に変わった様子は見られなかった。

 

 ただしそんなのんびりとしたことを考えていたのは俺やアイリだけだったようで、周囲にいた司書さんたちは後ろでコソコソと話をしている。

「ちゃんと全ての書が棚に納まっているな」

「火花も飛び散っていないし、風が渦巻いていたりもしないぞ」

「いや、待て。そもそも『出ていけー』という言葉が聞こえてきていないからな!」

「フォッフォッフォッ。皆、少し落ち着こうか。こうなることは分かっておったであろう」

 ――などという何とも不穏な言葉が聞こえて来た。

 最後は例の老司書さんが落ち着かせたようだが、聞こえて来てしまった言葉を消すことは出来ない。

 恐る恐る老司書さんを伺ってみたものの「こちらのことは気にせず大丈夫」と言われてしまった。

 色々と不穏ではあるけれど、さすがにここまで来て引き返すという選択肢はないので一見ごく普通の図書部屋のように見える部屋に入った。

 

 部屋の中を数歩進んでも特に何も起こらず半分だけ安心したところで、ふと奥に備え付けられている机が目についた。

 図書室に机が置かれていること自体は不思議でもなんでもないのだが、何故だがその机からどうしても目が離せなくなった。

 より正確にいえば、その机の上に置かれているとある『本』から視線が引き付けられているというべきか。

 しっかりと綺麗な装丁までされているその本は、自らが主であることを示すかのように机の受けに一冊だけで置かれていた。

 

 さすがにここまでお膳だえされれば、その『本』が何を言いたいは言葉で聞かなくとも分かる。

 アイリからの来る視線をはっきりと感じつつも、何も言わないまま歩を進めてその本を手に取れる場所まで近づいた。

 その本に近づくまでの間、もしかすると周囲にある数多くの禁書たちから妨害めいたような何かが起こるかもしれないと考えてはいたが、結局ないも起こらなかった。

 ただしその本を取ろうと手を伸ばしてすぐに、机そのものが何かの魔道具になっていることに気が付いた。

 それが何のための魔道具かとまじまじと観察して見ると、本を『何か』から守るためのものだとすぐにわかった。

 

 その結界に気が付いてどうするかと一瞬だけ迷いを見せたその瞬間、目の前にある本から抗議めいた感情が流れて来るのがわかった。

 既にインテリジェンスブックを目の当たりにしているので感情を持っていること自体では驚かなかったけれど、張られているはずの結界をものともせずに伝えて来たことにさらに驚いた。

 そこまでされれれば先ほどまであった躊躇はあっさりと消え去って、その本を手に取る決心がついた。

 ただし結界そのものを壊すのではなく、本と『協力』して結界の網の目をくぐるように手を伸ばしてみる。

 その意図が本にも伝わったのか、何かを伝えるように机の魔法陣に何らかの魔法(のようなもの)が流れ込むのがわかった。

 その後は結界に手を通せるだけの穴が開いたので、そこから手を入れて無事に本を取り出すことに成功した。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る