(8)悩める二人

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 < Side:兵家長介 >

 

 キラ殿が屋敷を去ってからすぐに、儂はお館様のもとを訪ねた。

 先ほどキラ殿から聞いた件は、放置すればするほど厄介になっていく。

 ――そう判断してのことだったが、お館様を見てすぐにそれが正しかったと安堵した。

 かつてないほどに優れない表情をしている見れば、かの方が既にお館様の元へ来たとすぐに分かった。

 同時に呼ばれずとも現れた儂の姿を見て、お館様も儂のところで何があったのかを理解したのだろうか何とも言えない表情を浮かべていた。

 もしかするとかの方からキラ殿のことを聞いたのかもしれぬ。

 

 お互いに視線を交わしただけである程度の事情は理解できたが、思い込みだけで話を進めると余計にややこしくなる。

 ここは私が口を開くべきだと、改めてお館様に話を振ることにした。

「――お互いに食い違いがあると今後困ることになるので、すり合わせが必要かと存じますがいかがでしょうか?」

「そうだな。ああ、そうだ。先に言っておくが、守護様からは数日の猶予はもらえた。その間に事を進めなければならない」

「数日……よくぞ確保できましたな、というべきでしょうか。すぐにでも動けと言われると考えておりましたから。とにかく、お互いに聞いた話をこの場でまとめましょう」

 儂の言葉に同意したお館様は、すぐに近くに立っていた文官の一人に視線を向けた。

 それぞれの言葉が後日聞き違いの無いように、公式の記録として残すことになる。

 もっとも事が完全に終わるまで、それが表に出ることはない……はずだ。

 お館様が住まう城には才家の手の者もいるが、そこから本家に伝わったとしても問題ない程度の話しかするつもりはないし、それで十分通じると考えておる。

 

 守護殿が動くと宣言された以上は、本当に数日しか猶予が無いのであろう。

 それはお館様と共通の認識であるので、無駄なことに時間をかけている暇はなかろう。

 とにかく時間を惜しむように、それぞれで話を聞いてどこまでの認識があって、さらに違いがあるのかを確認し合った。

 そこで分かったことは、やはりというべきか、守護殿の襲撃(?)を受けたお館様が得られた情報はかなり少なかったということであった。

 

「そなたから話を聞けて良かったな。いや、むしろ事前のそなたの元を訪ねて来た精霊殿に感謝すべきか」

「それならばかの方を……と言いたいところですが、それよりもまずは事態の解決を急ぐべきかと」

「わかっておる。すでに忍びは動かしてある。ここでの話もおって連絡が行くはずだから、結果は一両日中にでも出るはずだ」

「それは良きことです。ただ事が事だけに、早計に結論をお出しになるのは止めるべきかと存じます」

「そうだな。とはいえ、まだ第一弾の調査の結果すら来ていない時点で結論を出すべきではなかろう」

「いかにも」


 守護殿からの突撃を受けても未だ冷静を保っているらしいお館様を見て、さすがと言うべきか一瞬悩んで言うのはやめておいた。

 ここでそんなことを言っても誉め言葉に受け取られない可能性もあったし、この場で言うべきようなことでもない。

 それよりも今は、守護殿が動いた事態をどう終着すべきかに頭を使うべきであろう。

 もっともここで下手な動きをすれば足利ごと吹き飛ぶ可能性もあるので、才家をかばい立てするつもりは儂もお館様も微塵もないのだが。

 

「――それにしてもミヤコで、か。あのお方は、何かに巻き込まれぬと駄目な星の下にでも生まれついているのではなかろうか?」

「お館様、そう仰って下さるな。かの方も巻き込まれたくて巻き込まれたわけではないでしょうから。某としては、常態化していたことのほうが恐ろしいですぞ」

「分かっておる。むしろお陰で事が明るみになったということだから、感謝してもしきれぬ。それに守護殿も抑えて下さっているようだからな」

「ことここに至っては、あのお方が見つけて下さって有難かったと思うべきかもしれませぬな」

「確かに。まあ彼のお方の件についてはこれくらいにして……それにしても、才家の増長か。いや、むしろ増長しておることに気付いていないことの方が問題か?」

「さて。調査結果が出るまでは結論を出すのは時期早々でしょうが、身に覚えがあるだけに某個人としては何とも言えませぬな」

「ふふっ。そういうな。それといわれると儂も同類であろう?」


 かつてキラ殿に向けて増長しかけたことがあるだけに、お館様も苦みの混ざった笑いを浮かべていた。

 まさかかようなお方が市井の町をふらふらと歩き回っていること自体あり得ないことであるのに、周りから浮かずに町中を歩けること自体信じられぬ。

 御許を知っている儂からすれば信じられぬのだが、少なくとも町人たちはキラ殿の特異さには気付かずに普段通りに過ごしているとのことだからの。

 いや。正確いえば目立つ集団ではあるのだが、あくまでも人の常識の範囲に収まっているというべきだろうか。

 

 話し合いを終えてお館様の部屋を辞してから半日後には、キラ殿が語られてた内容が全て事実であることの確認が取れた。

 まだ裏の事情が取れるところまでは行っていないようだが、それも一日があれば終わると言っていたのでそれまでしばし待つことになる。

 そもそもシノビたちはこの事実をどうして放置していたのかという問題はあったが、こちらから問い詰めることはやめておいた。

 お館様からの叱責もあったようだし、何よりも儂と対応しておる忍びの長が何ともいえない表情をしていたので、これ以上こちらから責めても仕方ない。

 彼らにとってみればこれ以上ないほどの失態であることは自覚しているようなので、無駄に追い詰める必要はない。

 それに加えて今は状況を確認することが優先すべきことで、それ以外のことで彼らの手を煩わせるような真似をするつもりもない。

 

 それからさらに一日待っておると、予定通りにある程度の状況が確認できる内容の報告があった。

 それによれば、そもそもの始まりは二十年ほど前からであの地で出て来るラットの多さに一度ギルドで調査が行われたそうだ。

 その時は何故か巣の破壊をせずに、才家の調査という横やりのようなものが入ったそうだ。

 そのこと自体は学術的な観点から必要であると判断したのだと理解できるので、失点というものには当たらないだろう。

 問題なのはその後で、その調査団にいた才家内でそれなりに地位のある者がその場で氾濫には至らないという結論を出したそうだ。

 ギルドはその結論に従って、わざわざ犠牲を出してまで巣の破壊をする必要はないとしたそうだ。

 まさか巣の反対側に別の入口があって、その先にあるユグホウラの拠点から魔物の数の調整が行われていたなんてその時点では夢にも思わなかっただろう。

 

 それからギルドマスターも代が変わったが、才家の出した結論だけが伝わって現在のような状況になっているらしい。

 なんとも頭の痛いことだが、ギルドだけではなく地元の冒険者でさえもあそこは手を出す必要が無いという認識になったとか。

 冒険者たちも自分の命がかかっているだけに、下手に巣を突くような真似はしたくはないという心情は理解する。

 実際二十年近く放置していても氾濫が起きていないのだから「あそこは大丈夫だ」という認識になっても仕方ないのであろう。

 

 正直なところ、この件に関してはどこに責任があると明確に結論を出すのは難しい問題になるであろう。

 最初に「問題ない」と結論を出した才家は調査不足だったということもあるし、冒険者ギルドはたった一つの結論で二十年以上も放置……どころか積極的に関わらないようにしていた向きさえある。

 敢えて上げるとすればそれら全てをどこにも報告せずに、内々だけで決めて動いてしまった才家に問題があると言えるかもしれないが。

 既に守護様が動かれている以上、ギルドと才家の両方に責任を負わせることになるが……その決定もお館様の頭が痛くなる要因のひとつになるのであろうな。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


※いつもギフトありがとうございます。


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る