(20)複雑な動き

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 アンネリから模擬戦の報告を受けた翌日は、たまたま禁書庫での調査の予定が入っていたので城に向かった。

 そこでいつものように宰相の部屋で少しだけ顔を合わせてから禁書庫に向かう……はずだったのだけれど、その日は少しだけ呆れた様子で声を掛けられた。

「――そなたたちは、思ってみないところから余計なトラブルを引き付けるんだな」

「別に狙ったわけじゃないですけれどね」

「わかっている。話を聞けば何故そんなことを言いたくなるような理由だからな。私から言わせれば、生徒の身でありながら学園がしっかりと選んでいる講師にかみつくこと自体あり得ないのだが」

「わざわざそう仰るということは、ただの一生徒の暴走であることは間違いないようですね」

「そうだな。しかも何年かに一度はありそうな内容だけに、こちらも下手に首を突っ込めないところがな」

「それが聞けただけでも十分ですよ。親からの変な力は働いていないのですよね?」

「少なくとも喧嘩を吹っ掛けた時点ではな」

「……それはまた微妙に返答が困る言い方ですね」

 明らかに今の時点では親の力が働いているという言いたげな宰相の言葉に、不快な様子をわざと表に出して見せた。

 

 その意図が伝わったのかは分からないが、宰相は小さく首を左右に振っていた。

「それが政治的に繋がるような大きな動きならともかく、親の面子だけで動かれてはこちらも動けないさ」

「親の面子……? あ~。もしかして、魔力操作の否定派とかそんな感じですか」

「否定派というほど大きくはないが、一定数はいるな。ただどちらかといえば、魔力操作の訓練なんて無駄なことに時間を使わずにちゃんとした魔法の訓練をさせろといった感じだが」

「ちゃんとした……って、魔力操作の訓練も紛れもなく魔法の訓練の一つなんですけれどね」

「彼らにしてみれば、それがこれまで自分たちがやってきたことの否定だと感じているのだろうな。どんなことでも、新しいことを取り入れれば反対派も生まれて来るということだろう」

「そうなんでしょうが……別にこれまでの訓練を全否定しているわけじゃないんですけれどね。――と、そんなことを言っても通じないんでしょうね」

「通じないだろうな。彼らは否定から入っているからな」

 何が何でも自分の意見が正しく、こちらの意見は聞く耳すら持たないという人は、どんな分野でも一定数は存在するということだろうか。

 

「それは仕方ないでしょうね。どちらにしても結果を見せないと周りも何も言えないでしょうから」

「ほう。そういうということは、結果を出せる自身があるということか?」

「さて。それこそ模擬戦の内容次第じゃないでしょうか? それから当人アンネリはあまり結果にはこだわっていないようです」

「そうなのか?」

「勝負の内容がどうあれ、当人が納得できる結果が出せることができればいいというかんじでしょうか。どうせ冒険者と思われているのだから、今以上に評価が下がることはないだろうと思っているのでしょうね」

「それはまた。随分と自己評価が低いような気もするな」


 アンネリは貴族からの評価に重きを置いていないので、宰相から見ればそう感じても仕方ないのだろう。

 それが良いことなのか悪いことなのかは、それこそ本人たちが生きていく中で個別に判断していくしかない。

 それこそ価値観の相違と言われてしまえばそれまでなので、どっちが正しいということもないはずだ。

 俺としてはアンネリの考え方を尊重したいところだけれど、それを無理やりに周囲に勧めるつもりもない。

 

「――となると、少し困ったことになる可能性も考えておかねばならんか」

「それはお任せしますよ。ただこちらが言えることは、『これまでの対応と変わることは何もない』ということでしょうか」

「……なるほど。現段階で手を出すのは悪手として、方向性によっては――」


 恐らくわざとなのだろうが耳に入ってきたその呟きからは、何やら物騒な展開もあり得ることを示唆している。

 ただし今のところはあくまでもノスフィン王国の内政問題なので、こちらから口を出すつもりはない。

 こちらが口を出すとすれば、アンネリが実害を負った時になるだろうか。

 今の段階でも実害を被っているとも言えなくはないけれど、あくまでも生徒と教師のやり取りでしかないのでユグホウラとして口を出すわけにもいかない。

 宰相の立場であってもそれは変わらないようなので、猶更直接の口出しは控えておく。

 

 お互いに考えることがあったためか、ほんの数秒ほどの時間が空いた。

 それでもお互いに気まずくなるようなことはなく――というよりも宰相は未だに思考に耽っていたので、こちらから再度話しかけることにした。

 

「今言ったように、どう対応するかはお任せいたしますよ」

「ふむ。それはいいが、少しばかり懸念することもあってな」

「おや。あなたがそれを仰いますか」

「そう言ってくれるな。私の力が及ぶのは、あくまでもで起こる事だけだ」

「まさか、他国の介入があると?」

「何故不思議に思うんだ? そなたのことは帝国をはじめとして多くの国に知られている。こちらに不手際があったことを利用せずに大人しくしていると思うかね?」

「はあ~。それはまた、面倒なことですね。宰相が仰るということは、それなりに可能性があるということですか」

「あまり高くないがね。そういうことがあり得ると頭の片隅に入れておけばいいくらいだ」

 

 宰相はそんなことを言って返してきたが、わざわざ言葉にしたということはそれなりの確率であり得るということだろう。

 逆にいえば、王国にもそれなりに他国の間者……とは言えないくらいの影響力を持った人物が入っているということになる。

 間者となると破壊工作などを筆頭に直接的な被害を与えることも想定しているだろうけれど、そうした者たちは普段は普通の生活を送っていながら情報をはじめとした様々な『利益』を他国に与えている。

 そうした働きは外患罪まで問えないような小さなものもあるため、全てを取り締まることなど不可能だったりする。

 あまり厳しく取り締まると小さな店の店主が噂話をしただけで逮捕されるような事態になりかねないので、国としても痛し痒しといったところなのだろう。

 

 そんな国としての裏事情は横に置いておくとして、今大事なのはアンネリに降りかかろうとしている災難についてだけ考えればいい。

「そうですか。どちらにしてもこちらがやることは変わりませんよ。もし他国の関与があったとしても、それはそちらにお任せいたします」

「……よろしいのですかな?」

「どうせアンネリに直接の被害が及ぶようなことはないでしょう? わかりやすい介入があったとしたら話は別ですが、宰相の様子を見る限りではそこまでのことにはならなさそうですし」

「確かに、そうですな。……もしそんなことが起こりそうだとすると、真っ先にお知らせしますよ」

「そうしていただけるとありがたいですね」


 宰相の言葉を百パーセント信じたわけではないけれど、少なくともこの件でユグホウラの諜報部隊を動かすつもりは今のところない。

 眷属たちに聞く限りは諜報部隊も暇しているらしいが、だからといって好き勝手に使うつもりもない。

 なによりもアンネリが個人で動いている段階なので、あまり大げさなことにしたくないということもある。

 そのせいで手遅れになる可能性もなくはないが、宰相がある程度動くと言っているので致命的なことにはならないはずだ。

 というよりも、そんな状態になったとアンネリが知れば、すぐにこちらに助けを求めて来ることは目に見えている。

 そうなったら喜んで力を貸すつもりなので、今の段階から下手に動かなほうがいいだろう。




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m(__)m

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