(3)疑念

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 < Sude:ヴィクトル(ノスフィン国王) >

 

 普段は書類の整理をするための用意されている執務室に、今現在一人の客人が訪ねてきていた。

 客人といっても我が国の宰相であり、私にとっては絶対に必要な右腕の一人となる。

 だからこそ応接室ではなく執務室であり、面倒な形式を省いたほぼ私的に近い面会となっている。

 もっとも私的といっても、国王と宰相であるため会話の内容は国にとって必要なものとなるのは当然だろう。

 そして宰相はすぐに用件を告げてきて、その内容がある意味いまこの瞬間でさえも待ち望んでいたものだということを理解できた。

 もっとも中身に関しては、理解はできたが納得しがたいものではあったが。

 

「――では、本当に図書館通いをしているだけなのか?」

「はい。館に勤めているものに聞いても、特に不自然なところはなかったと。それどころか研究者のごとく真剣に読み込んでいるそうです」

「……ふむ。何をそこまで熱心に調べているのだ?」

「最初のうちは国史も調べているようですが、ここ数日は神話や伝説などを中心に調べているようです」


 宰相からの回答を聞いて最初に受かんだ答えは『何故』というものだった。

 彼の方がこの国に関わるようになってからかなりの月日が経っている。

 それにも拘らず王都に来たのは今回が初めてで、今更そんなものに興味を持つ理由が全く思い当らなかった。

 必要であれば学者の一人や二人つけることをしてもいいのだが、当人が求めない限りは余計なことをしない方がいいということはこれまでの経験でよくわかっている。

 

「そんなものを調べて何をするつもりだ……?」

「さて。調査結果としてもよくわからないとしかありませぬな。私個人としても意味不明としか」

「であろうな。別に調査が不足だと言うつもりはないから安心するといい」

「ここで怒られても部下たちを責めるつもりもありませんが」

「フフッ。確かにそうであろうな。それはいいとして、どうしたものか……」

 そう言って頭を悩ませるように顔をしかめた私に、宰相は少しだけ考える様子を見せてからとある提案をしてくれた。

「いっそのことこちらから接触を図ってみては? 私の趣味は陛下もご存知でしょう」

「それは……そなた自身が話をするというわけか」

「このまま何も知らずに事が起こるよりもまだましだと思うのですが。できる限り怒らせることのないようにするつもりです」


 宰相の言葉を聞いた私は、思わず「ウーン」と首をひねってしまった。

 確かに誰かを向かわせるのであれば、宰相ほどの適任者はわが国にはいないと断言できる。

 宰相としての能力は勿論としてのこと、彼はそもそも古代の研究者としての一面も持っている。

 彼の兄が不慮の事故で亡くならなければ家の存続もせずに、宰相として働くこともなく研究者として働いていたであろう男だ。

 

 宰相からの提案を聞いてひとしきり悩んだ私だったが、さほどもせずに結論を出した。

 彼が接触を図って何も情報を手に入れることができなければ、他の誰にもできないだろう。

 それだけは断言できるので、この段階で打てる手としては最高の手段といえる。

 問題は失敗した時だが、それはまたその時に考えるしかないだろう。

 

「――すまんが、頼めるか?」

「勿論です。お任せください……と断言できないのは不服ですが」

「仕方あるまい。かの者たちは気まぐれだ。そもそも何が失敗と言えるかも微妙な状況だからな。一つだけ言えるとすれば……」

「ええ。彼らを怒らせるような真似をするつもりはございません」

「うむ。それだけは頼む。これまでの聞く限りでは、そこまで理不尽な御仁ではないようだからな。そなたであれば、匙加減は分かっているであろう?」

「そうですな。ただ、やはりどこかで貴族とも平民ともずれているところがあるようですから難しいこともあるでしょう」

「それは仕方あるまい。そうした情報を手に入れることができただけでも良しとするしかあるまい」

「畏まりました。とはいえ私も宰相の地位を頂く身。そうそう簡単に負けを認めるわけにはいきませぬからな」

「フフッ。何が勝ちで何が負けかもよくわからない状況ではあるがな」


 冗談交じりに言った私に、その意図が伝わったのか宰相も「そうですな」と笑いながら返してきた。

 これまで国内国外に限らず、多くの賢人たちを相手にしてきた宰相であるが故の自信のようなものが見え隠れてしている。

 まただからこそ、今回の件に関して最高の人選だと私自身も考えている。

 宰相も忙しい身であるがゆえにすぐに向かうことはできないだろうが、あとはゆっくり結果を待つことにしようか。

 

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 < Side:キラ >

 

 ノスフィン王国の王都に来てから半月ほどが経ったある日のこと。

 これまで直接の接触が無かった王国から使者が現れた。

「――いつか誰から来るだろうとは思っていましたが、まさかあなたが来るとは思いませんでした」

「おや。話が早いですな。では、挨拶は不要ということでよろしいかな?」

「勿論ですよ。ロマン宰相」


 そんな簡単な挨拶を済ませた後は、すぐに場所を移動した。

 宰相と初めて対面した場所は読書室の中だったので、気軽に会話ができる場所ではない。

 それが分かっているのか、すぐに宰相が場所を移動しないかと提案してくれたのに乗っかった。

 こちらとしても王国側の人間と話をする目的があったので、これ幸いとその誘いに頷いた。

 

「さて。私が来たことでもう理解されていると思うが、確認しておきたいことがある」

「何でしょうか?」

「何の目的で神話なぞを調べておるのだ? 基本的にこの辺りは似たような話ばかりで、国での違いはほとんどないぞ?」

「おや。そうなのですか。それはいいことを聞きました。それも知りたかったことの一つなんですよね」

 本気でそう思ったからこそそう返したのだけれど、ロマン宰相はジッとこちらを見つめて来た。

「そんな顔で見ないでください。恐らく勘違いされていると思うのですが、この国やシーオのことを調べようとしているわけではないのですよ。ただ純粋に過去のことを知りたいと考えているだけです」

「……ふむ。それを信じるとして具体的に何が知りたい? 私であれば助けになれるかもしれないぞ?」

「え……? どういうことでしょう?」

「おや。そなたであれば、この程度の情報は集めていると考えていたのだが。いや、済まない。揶揄でもなんでもなく、率直な感想でな」


 そう答えて来た宰相の顔を見る限りは本気で言っているように感じたので、こちらも素直に答えることにした。

「今のところ明確に敵対しているわけでもないのに、わざわざ個人的な情報まで調べたりはしませんよ。必要ありませんから」

「そうか。それで先ほどの話の続きだが、そもそも私は家を継ぐ前は歴史学者としての道に進もうとしていた身でな。そういう意味で、私が力になれるのではないかと来たわけだ」

「それはまた、珍しい……というわけでもないですか」

「まあ、そうだな。私ほど極端ではないにせよ、長子が無くなって二番目三番目が継ぐということはそれなりにあることだからな」

「そうですか。それは、まあいいとして、確かに宰相……ではなく、学者である貴方に話を伺えるのは、ちょうどいい機会ですね。――お時間を頂けますか?」

「無論だ。そのために来たのだからな」


 そう言いながら鷹揚に頷く宰相を見て、まさしく求めていた人材が来てくれたと内心で喜んでいた。

 向こうは向こうでこちらの情報が欲しいのだろうと当たりはつけているのだけれど、特に知られたところで問題はない。

 こちらが何を調べていたのか知られたところで、国家として新たに何かができるようになるわけではないのだから。




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m(__)m

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