(8)生理的嫌悪

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「――生理的嫌悪をなくせか。また随分と無理難題を出されたな」

「やっぱりそう思う? 自分だとどうにもできないから生理的に拒否感が出るんだと思うんだよね」

 アルさんから話を聞いたその日の夕刻に広場の温泉施設に向かうと、いつものようにラッシュが寛いでいたので昼間にあったことを話していた。

「キラがやろうとしていることにも驚いたがね。普通別の種族に変わろうと思うかね?」

「いや。それを言ったら人外系をやっているプレイヤー全員に当てはまらないかな?」

「確かにな。ランダムはともかくとして、最初から人外であることを選んだわけだからな。だからといって魂の抜けた身体を物のように扱うのはためらうか」

「そうなんだよねえ。でもアルさんが言ったことも確かだからねえ」

「精霊の身体はさっくり消せているわけだしな。人の身体も同じように扱えないとおかしいというのもわかる、か」


 どうしたもんかと首を振った俺に、ラッシュは少しだけ首を傾げながら続けて言った。

「俺の感覚がおかしくなっているのかもしれんが、そこまで抵抗あるかね? ダンジョンでいっぱいを見て来たからかもしれんが」

「それを言われるとなあ。一周目の時はなんだかんだでたくさん見ているから。やっぱり今現在人として生きているというのが大きい……とか? あとはやっぱり、今の生きている体が無事だと確認できているのが大切とか」

「それはあるかもしれんな。今の龍の身体を捨てて、別の何かになれと言われても抵抗感はあるな。要は、主軸をどこに置くかということじゃないか?」

「精霊の身体か、人の身体かということだね」

「いや。それ以外にもあるだろう?」

「というと?」

「おいおい。キラにしては少し鈍くないか? 人でも精霊でもないもっと根本的な存在があるじゃないか」

 少し不思議そうな顔をしてこちらを見てきたラッシュに、意味が分からず今度はこちらが首を傾げた。

 

「――今、精霊の姿になる前にどんな姿になっている? それだけじゃなく、地脈を探索している時だって必ずその姿になっているじゃないか?」

「あっ。ああ~。……そうか。魂の時の姿ね。言われてみれ思ったけれど、プレイヤーがホームで過ごしているときはもしかするとそっちよりなのかもしれないね」

「ホームでか。確かにそう言われてみればそうだな。なんか以前掲示板でそんな話も出ていたような気もするが……少しニュアンスが違ったか?」

「そうなの? それは気付かなかったなあ。見逃していたかな。――とりあえずそっち方面で考えてみることにするかな」


 ホームにいるときのことについては、ほとんど気にしたことがなかった。

 何となく勝手にもとの世界の身体が当てられているのだろうと考えていたのだけれど、実際は魂の姿のままで過ごしていたのだと考えれば納得ができる。

 それもこれもこれまで散々魂だけの存在になってきたからこそ気付けた事実といえるかもしれない。

 もっともプレイヤーの中には事前に指摘していた者もいたようで、百人も集まれば色々なことを思いつけるのだと実感できる。

 

「でも、そう考えると何かプレイヤーってあっちの世界に顕現しているみたいに感じるね」

「顕現って、神とか天使とかか? そう考えると大げさだが、確かにそう思えるところはあるな。世界に出ている体はあくまでも仮初であって、本質は魂ということか」

「そう考えるとしっくりくるよね。上司はともかくとして、運営の目的もそっちがメインなのかも」

「その手の話はいくらでも出ていたからな。他のサーバーのプレイヤーとの交流も始まって、益々そう感じられるようになってきたか」

「そう考えると何のために他サーバとの交流を始めようとしたのか、少し気になって来るね」

「今のところ全く意味が感じられないからな。掲示板だけであっても交流することになにか意味があるのか……」

「案外文章のやり取りをしているだけで、マナの交換なんかもされているとかかもね」

「それは……無いとはいえないだろうな。それに何が意味があるのかは不明だが」

「疑い始めるとなんでも意味があるように受け取れるからね。共通しているのはマナが関わっているということくらいかな」


 少なくとも俺たちプレイヤーが生きている世界――というよりも運営がこれ見よがしに『マナ』は重要な存在だと示している。

 地脈の『中央』にマナがため込まれているということも合わせれば、実際世界とは切っても切り離せない存在だということはわかる。

 

「……って、ちょっと話がずれ過ぎたかな」

「うん? ああ、そうか。元は人の身体を捨てられないという話だったな」

「捨てる……そうか。そういう風に捕らえるからダメなのかもしれないな」

 身体を捨てるのではなく新しく変える――そう認識を変えないといつまで経っても生理的嫌悪から離れられない気がした。

 結局のところ最後は人の身体をどういう形にせよ『処理』しなくてはいけないわけで、そこは覚悟を決めなくてはならないのだろう。

 だとするとアルさんに言われた通りに、あとは自分の気持ち次第ということになるわけだ。

 

「気の持ちようか。それはまあいいとして、そこまで身体の入れ替えにこだわる必要はなんだ?」

「何だと言われると困るんだけれどね。何となくやり始めたことだけれど、折角先が見えているならきちんと最後までやり遂げたい、とか?」

「そうか。それならそれでいいんだが、こだわらずに止めるというのも一つの手だからな」

「それもそうだね。ただマナを使うという意味では必要なことだと考えているから。もしかしたらこの先何かの役に立つ……かもしれないかな」

「そうなったら教えてくれ。ただ俺の場合はやり直しプレイはしていないから難しかもしれないがな」

「要は魂を入れて動ける器さえ出来ればいい話だから、二周目とかにこだわる必要はないと思うよ。ただやっぱりイメージはしやすいだろうけれどね」

「だよな。マナを扱う上で、イメージは魔法以上に大切だと考えているんだがな」

「それはあるだろうね。ああ、だからこその意識改革か」

「元の世界のイメージにこだわっていると、そのイメージに引っ張られたことしかできないということか。なるほどな」


 ちょっとした思い付きから出た言葉だったけれど、ラッシュにはそれだけで言いたいことが伝わったようだった。

 元の世界で得た常識や知識が役に立たないとは全く思わないが、場合によっては邪魔になることもある。

 今回の件は、それがもろに顕在化したということになる。

 ラッシュの言うとおりにここで諦めてしまうというのも一つの手ではあるけれど、今のところは諦める気はない。

 

「――マナは世界に対して直接何かをすることはない。あるのは精神こころなり物質を通して世界に対して様々な事象を起こすということだな」

「何の混じりけの無いただのエネルギーのようなものだけあって、なんでもできるというのが少し曲者かな?」

「だな。だからこそ今回のように常識に縛られてしまうことだろうな」

「そう考えると今のうちに壁にぶち当たって良かったということ……にしておこうかな」


 ため息混じりに言った言葉に対してラッシュから返ってきた答えは「おう。頑張れ」という短いものだった。

 壁に当たっているのは俺自身なので、むしろ励ましの言葉が返ってきただけ有難いことだと思う。

 ラッシュはラッシュでいつかどこかで同じような壁にぶつかることがあるかも知れないが、その時は同じように返すことにしよう。

 そんなことを考えつつ、どうやって生理的嫌悪を克服するべきか頭を悩ませることにした。




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是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

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