(7)人族と魔物

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 貴族組と別れてスイと雑談をし始めてから三十分ほどが経った時、ふとスイが何かを思い出したような顔になって言った。

「――そういえば、ご主人様。歪みの扱いは今どうなっているのでしょうか?」

「うん? どうって、どういう意味?」

「歪みは世界樹と精霊樹が管理しているというお話でしたが、今のご主人様は歪みに関わりがあるのかと」

「ああ、そういうこと。それだったらスイに分かりやすくいえば、世界樹の巫女的な立場だと思えばいいかな。今でも世界樹の中に入って処理は出来るけれど、必要ないからね」

「そうですか……」

「歪みで、何かあった?」

「いいえ。そういうわけではないのですが、折角色々と情報を集めているのが無駄になりそうかなと」

「えっ……! もしかしなくても、スイで歪みの情報を集めてくれていたんだ?」

「ご主人様、エイリーク王国は宗教国家ですよ。それにかこつけて世界樹の巫女の育成もしていましたから。……残念ながら私はそちらの能力は覚醒していませんが」

「ナイス!」

 スイが落ち込みながら言った後半の言葉は聞こえていたが、それよりも前半の話の方が重要だった。

 スイがエイリーク王国内で発生している歪みの情報を纏めてくれているのであれば、わざわざ足で駆けずり回らなくてもよくなるかもしれない。

 

 改めて詳しく話を聞くと、スイが四百年ほど前にこの国の守護獣になってから巫女の育成を始めたとのこと。

 この国が宗教国家になっているのは、元からその傾向があったのだそうだがスイのその方針が加速させた要因の一つだそう。

 スイにとっては世界樹を主神とする宗教国家が誕生すること自体はむしろ歓迎するものだったので、敢えて止めずにそのまま流れに任せた。

 結果として同じ神様を崇める者として、吸血族の居場所もできたので一石二鳥の効果があったとのこと。

 

「――なるほどなあ。正体をばらせないのは、エイリーク王国以外でも同じだからいいか。それよりも歪みの方が気になるな」

「すぐに資料を取り寄せます。それから巫女には歪みを研究している者もいるはずなので、その者も連れてきます」

「それはありがたいな。アイリと一緒に話をさせれば、色々と違いが出てきそうだな。あとはクファも同席させるか」

「アイリはわかりますが、クファもですか?」

「ああ、そっか。クファは巫女服は着ていないけれど、巫女としての素養があるみたいでね。アイリの教えを受けて、ただいま勉学中」

「そういうことですか。……ご主人様も相変わらずですね」

「流れでそうなっただけだけれどね。スイの時とは状況が違うよ」


 俺がそう言うと、スイは昔のことを思い出したのか特徴的な赤い目を細めながら小さく笑っていた。

 かつてのシーオでは吸血族はあまり住み良い地域ではなく、その結果として両親を失ったスイを引き取ったのはオトとクファの時と同じように流れに身を任せたからともいえる。

 その頃のスイはオトとクファを引き取った時よりも小さかったけれど、今となってはその面影を残すのみで完全に大人の女性になっている。

 ……ちょっとばかり色気方面で変わり過ぎだと思わなくもないが。

 

「ところでご主人様。今は人族になられているのですよね?」

「どうだけれど、何かあった?」

「いえ。さすがご主人様と言えるのですが、普通の人族にしては随分と魔力が多いように思います。それと何か別の魔力が複数?」

「おっと。やっぱりスイクラスになると気付かれるのか。複数の魔力はこれだね」

 貴族組と話をしているときには表に出していなかった三つの魔力珠を取り出して、フワフワと浮かせて見せた。

 それを興味深げに見ていたスイは、納得した様子で頷いた。

「なるほど。魔力の元はこれでしたか。ご主人様の魔力を移してあるのですね」

「正確には地脈から得た魔力を変換して移しているんだけれどね」

「地脈から……なるほど。さすがご主人様です。誰もできないようなことを平気で行うのですね。それにしても地脈の魔力を自分用に変換するなんて、まるでマナを変換している世界樹と同じですね」

「あ……。そうか。見ようによってはそう見えるのか」

 自分にとっては世界樹が近すぎる存在なのか、そんな単純な構造に気付けていなかった。

 

 掲示板でその辺りの話は出ていたかと少し考えてみたけれど、いくら記憶の底を探ってみても出て来ることはなかった。

 そんな俺に向かって、スイがさらに続けて言った。

「地脈を流れているのは魔力ですから世界樹そのものとは言えないでしょうが、そもそも人族でそんなことができる人はいないはずなのであまり違いはないでしょうね」

「え……なんだって?」

「いえ。ですから、マナは領域主にならないと触れませんから、人族からすれば地脈の力を変換するというのは同じようなことなのではないかと……」

「あっ……! そ、そうか! そんな単純なことに気付かなかったなんて! スイ、本気でナイスだ!」

「は、はあ……。お役に立てたのでしたら嬉しいです?」

 興奮する俺とは対照的に、スイは意味が分からずに首を傾げていた。

 ただしスイの言葉をきちんと考え直すことに集中していた俺には、その仕草は目に入っていなかった。

 

 マナを魔力に変換するのは、スイが言ったように領域主かダンジョンの役目になる。

 それじゃあ人族は? ――という問題は掲示板で話題にされている話の一つだった。

 それがもしスイの言うように、地脈から魔力を得ることが代用になっているとしたら?

 地脈の力をある程度制御できるようになって、地脈の『中央』を目指すというのは自然の流れなのかもしれない。

 

 ガイアに言われるままに中央を目指すようになっていたけれど、その一連の流れ……というか思い付きがあって初めて中央を目指すという目標が生まれて来る。

 そう考えるといきなりマナという知識を知っているプレイヤーだからこそ、いきなりガイアに問いかけて答えを得られたともいえる。

 どちらにしても今行っている中央を目指すという行為は、この世界の『攻略』という意味では正しいルートだということになる。

 それからもう一つ。いきなりガイアに問いかけるのではなく、スイの言った正規ルート(?)があるのであれば思いつくことがある。

 

「――ラック、クイン。あれから地脈への接触って試している?」

「は……? はい。空いている時間を見つけてはやってみていますが……クインや他の眷属も同じではないでしょうか?」

「ええ。私もどうにかできないか試してみていますが、今のところは誰も出来ていないと聞いています」

「そうか。それだったら朗報だよ。スイのお陰で、君たちも地脈に触れられるだろうということがわかった。ただ、もしかしたら世界樹がさらに変わる必要があるのかもしれないけれど」

「な、なんと……? それは本当ですか?」

「うん。スイが言ったように、人族でも地脈に触れられるようになっているのであれば、魔力の扱いに長けた魔物が触れられないはずがない。ただ『自我』があることが条件だとは思うけれどね」

「私たちが触れられていないのは、主様が仰ったように世界樹が変化しないと駄目ということでしょうか」

「そこはまだ分からないな。ただし少なくとも絶対に触れられないということはないと分かっただけでも良かったんじゃない?」

 その言葉に、ラックとクインは同時に顔を見合わせてから頷いていた。

 

 これまでは本当に出来るかどうか分からないといった状態だったのが、出来るようになると分かっただけだけでもかなりの進展になる。

 あとは、本人たちの努力や何かの条件さえ分かればいいのだから。

 世界樹の成長待ちだと少し可哀そうな気もしなくもないけれど、少なくとも地脈に触れるべく努力していることは無駄にはならないはずだ。




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m(__)m

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