(6)微妙な空気

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 < Side:兵家長介 >

 

「な、なんだ、あれは!?」

 そう声を上げたのは、どの御家の当主だったのか。

 儂は目の前に起こっている光景に釘付けになっていたため、確認することは出来なかった。

 ただいつもパーティを組んでいるという情報のある娘二人は、さほど驚いていなかったので確認できたのだろう。

 その内の一人である津軽家の娘が、すぐにその声に応じるように返答をしていた。

「枝根動可、というらしいです。見たとおりに木の枝や根を自在に操って、対象を縛り付けたり動けなくする魔法だそうですわ」


 それは見ればわかる。

 だが相手はこれまで見たこともないような体色をした一つ目の巨人。

 先に見せていた動きからも特殊な固体であることは誰にでもわかる。

 そしてその動きから一流の戦士であっても渡り合うことが難しいということも。

 

 そんな相手に簡単に縛り付けるような魔法が存在するのかというのが、まず一番目の驚きだった。

 その縛り付ける方法が木の枝や根というのが、次に来る驚きであろう。

 そしてその驚きに遅れて、一つの伝説が頭の中をよぎった。

 そう。かつて存在していたといわれている世界樹の精霊様が得意としていた魔法のことだ。

 

 そっと周りを見回してみれば、ご当主様方が固まっていることがわかった。

 恐らく儂と同じように伝説の話に行き着いたのは想像に難くない。

 だとすると次に打つべき手がどうなるかもまた、簡単に想像できるわけで……。

 誰が先に言葉を発するのか、という葛藤がご当主様方の中で見受けられた。

 

 そんな無言のやり取りがある中で、既に勝負の方は決着がついたようだった。

 キラという冒険者が枝根動可を使ってからは、さほどの時間もかからずに終わっている。

 その決着の付け方も疑問になると事は多いが、すでに場の雰囲気は別の方向に向いていた。

 いや。正確にいえば、狙った獲物を逃さない鷹のような目をしているご当主方と殿を含めた気持ちは分かると言いたげなご当主方に別れているというべきか。

 

 前者はともかく後者については、多少なりともキラと直接の関わりのあったご当主方ということはすぐにわかった。

 そしてついに、一番キラに慣れていると思われる津軽家のご当主様が口を開かれた。

「皆。気持ちは分かるが、手出しは無用だ」

「そうは言うがな、津軽の。あれほどの手練れを見逃すことなどできん!」

「いや、済まない。そうではない。我が家で確保しておきたいとか、そういうことではない。なあ、足利の」

「ここで私に振るのか。まあ、そうだな。ユグホウラを敵に回したくないのであれば、手出しは止めておけ」

「……どういうことか?」

 殿にそう問いかけたのは、津軽のご当主ににらみを利かせたご当主とは別の方だった。

 他の方々も同じように問いかけるような顔をしているのは、当然の反応と言えるであろう。

 

 ある程度の事情を知っている津軽、藤原、足利のお三方は一度だけ顔を見合わせてから、そのまま我が殿が続けて言った。

「そうだな。一言でいえば、ユグホウラを……いや、違うか。始まりの方々を怒らせたくなければ、余計な手出しはするな――といったところか」

 殿はそう言いながら、部屋の隅に目立たないように立っていた一人の男性へと視線を向けられた。

 恐らく同じ場にいる冒険者たちを守るためにいるであろうその存在こそ、ユグホウラの始まりの方々の一人である。

 

 ヒノモトにおいて始まりの方々といえば何を指すか、御家のご当主様方であればすぐに察することができるはず。

 実際、殿の言葉に事情を知らない方々の顔色が変わったことがわかった。

 早々簡単に内心を読ませないようにしている殿様方であるだけに、それだけでもヒノモトにおいて始まりの方々がどういう存在であるかがわかる。

 迂闊に触れてはならない相手だということは、これまでの長い間に皆が認識していることなのだ。

 

 その始まりの方々の一角を担う方は、こちらの話は聞こえているはずだが特に何の反応も示しておられなかった。

 我らの話などどうでもいいと考えているのか、冒険者たちを守ることに集中しているかどうかは儂のあずかり知るところではない。

 それを知ってか知らずしてか、殿の言葉に事情を知らない四名のご当主方はそれぞれ個別の反応を示していた。

 中には疑う視線を向けている方もいらっしゃったが、こればかりは致し方ないのであろう。儂であっても、事情を知らなければそのような反応をしたであろうからな。

 

 殿の言葉で室内は何とも言えない空気になったが、事情を知っているお三方はそれ以上は何も言わないと決めているようであった。

 事情を知っている殿様方にしても、下手にこれ以上のことは言えないということもあるのだろうが。

 幸いにして問われたら何かしら答えざるを得ない儂に対しては、特に何か聞いて来るというようなことはなかった。

 もしかすると儂のような身分では知らないことなのかと勝手に解釈されているのかもしれぬが。

 

 各々方が何を考えていらっしゃるかは分からないが、あとは個人で考えていくしかあるまい。

 それよりも儂としては、キラについて今後どう扱っていくかを考えていくことにした。

 とはいっても先ほど殿がおっしゃったように、普段使っている手段を取ることは出来ない。

 だからといってマキムクどころかヒノモト中を探してもいないような強さを誇る冒険者をただ放置しておくわけにはいかぬ。

 

 今回キラが相対していた一つ目の巨人は、一般的に知られている一つ目巨人とは違っている特殊固体だと思われる。

 一般的な一つ目巨人は、話にきく限りではあそこまでの利力やスピードを発揮することはないであろう。

 その辺りはさすがマキムクダンジョンの魔物というべきなのかもしれぬが……いや、そうではないな。

 あの巨人がダンジョンを抜けて表に出てきたことを考えると、そのような悠長なことを考えているわけにはいかぬ……のだが、そもそも最下層まで行けていない以上はあまりそこは考えても仕方ないのかもしれぬ。

 

 とにかくその巨人を圧倒できる力を持つキラには、是非とも足利領のためにも……とはいかないまでもヒノモトのためにも働いてもらいたい。

 個人の力を自由にできることは不可能だとしても、できることなら我が国の武力を上げるような手段がないかと。

 そこまで考えて、ふと思い出したことがあった。

 そういえば、キラは北斗一刀流の師弟を連れてダンジョンに潜っているなと。

 

 そもそも同じ場にいる冒険者たちは、キラが設立したというクランのメンバーだという。

 それならばわざわざ儂が直接依頼をしなくとも、いずれは目的に適うのではないか。

 多少迂遠なような気もするが、こちらから直接手を出すことができない以上は今のままでいるほうがましだと思われる。

 キラが何の目的で冒険者を育てようとしているのかは分からないが、そこは考えても仕方ないのであろう。

 問い詰めたところで答えるとは思えないし、そもそも問い詰めることなどできぬ。

 一つだけ安堵できることがあるとすれば、これまでの期間で多少なりとも友誼を結ぶことができた……と思いたいところだが。

 

 自らが持つ権力を使うことが出来ぬというのが、これほど歯がゆいことだとは思わなかった。

 だからといって何が何でもキラを手に入れようと暴走する気にはなれぬが。

 当人でさえあれほどの強さを持っているのに、その背後に始まりの方々がいらっしゃるのだ。

 勝てぬ戦をして、自ら破滅に追い込まれるようなことをするつもりはない。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る