(8)準備

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 < Side:オーラル >

 

 子爵様に呼ばれたので執務室に向かうと、信じられないことを言われて思わず聞き返してしまった。

「…………は?」

「信じられんと言いたいのは分かるが、事実だ。宮廷魔術師長と共に来るらしい。一応例の魔法陣に関する資料は用意しておいた方がいいだろう」

「いや、しかし。何故わざわざヘディンまでいらっしゃるのでしょうか?」

「それは私にも分からぬ。ただ、あの冒険者が関わっていることだけは確かだ。同席を希望されておるからな。ただし極秘裏にということだそうだ」

「な、なんですと!?」

 国王が特定の冒険者と会うと注目されることは確かなので極秘裏にということはわかる。

 だが、そもそも一介の冒険者と対面されるということ自体が普通ではありえないことなのだが。

 

 とはいえ既に命は下っているので、こちらは言われたとおりの準備をするしかない。

 問題は極秘裏にということなので、動けるのが話を下さった儂しかいないということだろうか。

「……子爵様、聞いてもいいでしょうか」

「例の冒険者のことなら私もあまり知っていることはないぞ。ユグホウラと繋がりがあるということと、守護獣様が気を使われているということくらいだ」

 それだけでも十分すぎる情報だ。

 守護獣様が気を使われるなど、いくらユグホウラと繋がりがあるとはいえあり得るような話ではない。

 にわかに信じることができない話で疑いたくなったが、子爵様の顔は本気でいらっしゃる。

 

 どうもあの冒険者と会ってから常識外れのことが続いているが、全ての中心が誰かは考えなくとも分かることだ。

 本気で探りを入れたくなってきたが、子爵様の様子を伺う限りでは下手なことはしない方が良いということは分かる。

 そもそも今の話で分かったことだが、守護獣様が気を使われるという時点で下手なことは出来ない。

 何をどうすればそのような立場になるのかと問い詰めたくなるのは儂だけではあるまい……。

 

 少しばかりあの冒険者に想いを馳せたが、得られぬ答えを求めても時間の無駄だと思考を切り替えることにした。

「余計なことを申し上げました」

「よい。恐らくそなたも私と同じ思いなのであろう?」

 少しばかり笑みを浮かべながらそう問われた子爵様だったが、その通りなので返す言葉はいらなかった。

 その代わりに、これからすべきことに頭を働かせることにした。

「王が来られるとなるとどうあっても目立ってしまいますが、どのようにして来られるかは聞いておりますか?」

「そこは守護獣様のお力を借りるようだ。具体的には指定した場所に転移してくるそうだ」

「転移ですか」

 転移魔法など人族の世界では伝説級の魔法なのだが、守護獣様ともなると気軽に使うことができるようだ。

 

 それならば用意できる場所は幾つか思い当る。

 問題は冒険者と子爵様は転移を使うわけには行かず、面会する理由付けが必要になることだが適当に何かしらの依頼を考えておかねばなるまい。

 儂も同席することは決まっているらしいので、適当な素材を用意してもらえばいいか。

 何の素材を用意してもらうかは、その場で話し合って決めるのが適当であろう。

 

 そこまで考えてふと疑問がわいてきた。

「場を用意するのは構いませぬが、あの冒険者は大丈夫なのですか? できる限り権力には近づきたくない様子でしたが」

「それは恐らく大丈夫だろうとのことだ。今回の件もあちらから打診があったそうだからな」

「それは……何か新たなことでも分かったのでしょうか」

「さてな。そこまでは私も聞いていないから分からぬ。だが守護獣様が動かれていることからもよほどのことだと思われるな」

 まさかあの冒険者からの働きかけだとは思わなかった。

 それだけでも影響力の強さが伺えるが、そこは今更気にしても仕方ないだろう。

 問題は子爵様の仰ったとおりに、魔法陣の仕掛けに真っ先に気付いたあの冒険者がどんな話を持ち込むのかということだ。

 これまでの調査では特に変わったところは見つけられなかっただけに、何か見落としがあったのかと不安が頭をもたげてきた。

 

 儂の考え込む様子に何か思い当るところがあったのか、ふと子爵様がこんなことを仰った。

「今回の会談は例の魔法陣に関わることには違いないが、魔法陣そのものについてではないそうだぞ? 私にはいまいち意味が分からなかったが」

「魔法陣そのものについてではない……? どういうことでしょうか?」

「さてな。それ以上聞こうとしても王から答えは聞けなかった」

「……王から? もしや今回の件は国王自らのお話なのでしょうか?」

「ああ、言ってなかったか。そうだ。王から直接頂いた話になる」

 そういうことは早く言って欲しかったと思ったが、勿論口に出して言うことはしない。

 そもそも王に関わることなので、下手に口に出せるようなことでもない。

 だったら何故今になって言うのかと思わなくもないが、それをここで言ったとしてもあまり意味はない。

 

 考える必要があることが山ほどできてしまったが、国王自ら動かれるとなると時間もほとんどないのだろう。

 これからどうすべきかフル回転で頭を働かせつつ、一つ一つ懸案を片付けていった。

 そうこうしているうちに場が整えられて、例の冒険者を含めた高貴な方たちの会談は始まることとなった。

 何故か、私も同席するという形で。

 

 いや、子爵様が例の魔法陣に関する資料を用意しておくようにとの命を下された時に想像できていたのだが、色々と想定外のことを頼まれているうちにすっかりと頭から抜け落ちていた。

 何よりも守護獣様が同席される場に、子爵様の直臣であるとはいえ一魔法使いが席を許されるとは考えていなかった。

 そんなあり得ない状況だというのに、その守護獣様に対する例の冒険者――キラの対応もあり得なかった。

 その会談に出席していた私が、もう余計なことは考えないようにと心を無にしたのは誰からも責められることはなかったのが幸いだ。

 

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 < Side:キラ >

 

 歪みの件について、ノスフィン王国の守護獣に連絡を取ったら速攻で場が設けられることになった。

 ただ当事者である子爵と使者として来ていたオーラルがいるのはいいとして、守護獣当人に加えて国王と筆頭宮廷魔術師がいるのはどういうことだろうか。

 しかも筆頭宮廷魔術師に至っては、あからさまに疑念の視線をこちらに向けている。

 さすがに煩わしいと思って顔をゆがめた瞬間、それに気づいたヴィクトル国王がその宮廷魔術師に叱責の声を飛ばしていた。

「筆頭! この場では私情を挟まないと申し付けたではないか! ――キラ様、申し訳ございません」

「ああ~。謝罪は受け取ります……が、周囲の視線が痛すぎるのでそれは止めてもらえませんかね?」

 あっさりとこちらに向かって頭を下げてきた国王に、王国側の守護獣を除いた全員が目が飛び出るのではないかと思うほどに驚いていた。

 

 さすがにそれらの視線にいたたまれなくなって、速攻で国王に是正をお願いした。

 するとその当人は、下げていた頭を上げて固くなっていた表情を崩した。

「申し訳ございません。こうでもしないとこちらの立場を分かってもらえないと考えたものですから」

 しかも確信犯かい――とは言えなかった。

 言ったところで最初からこうするつもりだったのであれば、防ぐことは出来なかった。

 それに国王の態度で今後がなったことも確かである。

 多少悪くなった居心地さえ気にしなければいいだけなので、むしろ国王に感謝さえしてもいいと考えていた。




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m(__)m

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