(19)店長の戸惑い

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 刀魔混流に動きがあったので例のお店に向かう……前に、北斗一刀流の道場に向かった。

 当たり前だが、常連とはいえ顔見知り程度でしかない俺から買収どうのといわれても信用されないと考えたからだ。

 北斗一刀流であれば御用道場というネームバリューもあるし、普段から付き合いのある門下生がいることを期待しての訪問である。

 結果からすれば、宗主である数政老人自身が直接の面識があるということだった。

「――あの店がそんなことになっておりましたか。まさかと思いますが……」

「まだ直接何かされるということはないでしょう。問題は複数回の交渉を行った後になります」

「刀魔混流が暴力的な手段に訴えると?」

「そこまでは言いません。ただあちらが借用書を持っていることだけは確かですから、その前にできる手を打っておこうと考えただけです」

「……ふむ。言いたいことは理解できました。だが、あなたがそこまでする理由はなんでしょうか?」

 それを見極めるまでは回答を保留すると言いたげな数政老人だったが、残念ながらそんな高尚な理由があるわけではない。

 

「だって折角おいしい料理が食べられる場所なのに、そこがなくなったら悲しいではありませんか?」

「…………それだけですかの?」

「それだけと言いますが、冒険者にとって食はとても大事ですよ?」

 大真面目な顔になって答えると、数政老人は少しだけ言葉に詰まってからクツクツと笑い出した。

「それなりに金額が動くはずなのに、それが理由ですか。普通ではありませんの」

「それはごもっともで。ですが、折角助けられる手段があるのに使わない手はありませんからね」

「――いいでしょう。私が話し合いの場に行けばよろしいですかの?」


 最初のうちはそこまでしなくても名前だけ貸してもらえればと考えていたのだけれど、数政老人はすっかり乗り気になっている。

 数政老人自身もそこまでこちらと付き合いがあるわけではないのに、手を貸すことにためらいすらないらしい。

 そのことを不思議に思って聞いてみたら、普段の言動と真面目に子供を育てている点からも強引な手段はとらないだろうという答えが返ってきた。

 失礼ながら面白そうだからという理由だけで動いたのかとも考えていたが、やはり考えるべきところは考えているところは一国一城の主といったところか。

 

 行くなら早いほうがいいだろうと数政老人が言い出したので、すぐにその足で例の店に向かうことになった。

「――おかみ。いるかの?」

「ハイハイ。おや、宗主様。どうされました?」

「いや、なに。ちょっと野暮用での。少し場所とお主を借りられないかの?」

 自分自身が必要と言われて店長は驚いた顔をしていたが、数政老人の顔を見て何かを察したのかすぐに頷いていた。

「――わかりました。余人がないほうがよさそうですね」

「そうだの。そのほうがいいじゃろ」

 普段から多くの人と接しているからか、店長の察しが抜群にいい。

 あるいは、それだけ数政老人と普段づきあいしているということも考えられるか。

 

 とにかく店長の案内に従って俺たちは、扉で仕切られた小上がりになっているような所に案内された。

 そこは食事をする場所というよりも、お店関係で契約を行うときに使われるような場所らしい。

 微妙に店舗とは離れているところにあるので、声が届くことはないだろう。

 俺たちは店側から入ったので幾人かのお客に注目されていたが、これで盗み聞きのような心配はない……はずである。

 

 念のため蜘蛛の偵察隊を忍ばせながらの会談は、女性店長の戸惑いから始まった。

 それはそうだろう。いきなり刀魔混流が店を狙っているなんて言われても、信用できるはずもない。

「――いきなりこんな話をされて困惑するのはよくわかります。今は話半分でそういうこともあるかと考えていただくだけでかまいません」

「はあ。では何故、宗主殿まで連れていらしたのでしょうか?」

「それこそ刀魔混流の人間が来ていま話したようなことを話されても店長が余裕をもって対応できるように、でしょうか。いきなり話を聞かされて驚いたうえに、正常な判断ができなくなってしまうのが一番駄目ですから」

「そういう……ことですか。わざわざ、ありがとうございます」

「いえいえ。私は私の理由があって首を突っ込んでいるだけですから、お気になさらずに。先ほども話したように店長にはいくつか選択肢がありますので、ゆっくりお考え下さい」

「そうさせていただきます。……事前に知っているだけでも、随分と対応できることがあるのですね」

 まだまだ困惑のほうが強いのだろうけれど、店長はそう答えながら小さくため息をついていた。

 

 それを確認してから数政老人を見ると、すぐに理解していると言わんばかりに頷いてから言葉を引き継いでくれた。

「店主。色々と戸惑うことともあろうが、少なくともこの御仁が何か悪さをするということはない……と思いたいの」

「宗主。そこははっきりと断言してほしかったですよ」

「クック。仕方あるまい。われらとてまだ知りおうてからひと月も経っておらんのだぞ? ――まあ、こんな感じだからの。少なくとも今の店の形を守りたいというのは噓ではあるまい」

「いえ。ここまでしていただきありがとうございます。先ほども申しましたが、色々と考えてみます」

「そうするといい。これはあくまでも私的な考えだが、こちらのキラの申す通り今まで通りに店で多くの人を喜ばせてほしいがの」

 数政老人がそう言うと、店長は深々と頭を下げてきた。

 それを見る限りでは、店を今の形のまま維持したいというのは店長も同じなのかなと感じた。

 できることならそのまま頑張ってほしいところだが、これから先のことをどう考えるかは店長次第だ。

 

 後のことは店長に考えさせるとして、このまま黙って見ているわけではない。

 念のため店長のそばには虫系の偵察員を張り付けておいて、万が一のことが起こらないようにはしておく。

 わざわざ借金の手形を手に入れてまで形式にこだわった刀魔混流が武力だけに頼るとは思えないけれども、絶対ではないだけに安心はできない。

 いざというときには、いつでも動けるようにしておくというのがこちらのやるべきことである。

 それをアンネリとアイリに話すとそんなことまでするのかと呆れたような視線を向けられたが、はっきりいえば趣味の範囲に入っている。

 やるからには徹底的に。中途半端にやって最悪の状況になってしまって後悔する気はない。

 

「――それにしても探索のために料理人を、か。正直そこまでするのかという思いもあるの」

 お店からの帰り道に数政老人がそんなことを言ってきた。

「今まではその考えでよかったのでしょうが、これから先はもしかすると同じことを考えるところが増えるかもしれませんね」

「ふむ。そなたでもそう思うのか。これはうちでもしっかりと考えるべきなのであろうな」

「食というのは人族にとっては重要な要素の一つですからね。それを探索に持ち込むというのは、理にかなっていると思いますよ」

「実践しているそなたが言うと説得力があるの。確かにまずい食事だと力が出せぬというのもわからなくはないか」

 どんな時でも十全な力を発揮するのが武士としての役目――という考え方まで否定するつもりはないが、改善できるのであればやっておいたほうがいい。

 

 食事一つでそんな大げさなことをと考えがちになるかもしれないところを柔軟に考えられる数政老人は、やはり御用道場を率いているだけの立場にあるといえるのかもしれない。

 そういう意味では刀魔混流も同じだといえるのだろうけれど、あちらはどうもやっていることがうさん臭く見えるのはやはり第一印象が悪かったためだろうか。




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