(13)数政老人

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 マキムクダンジョンの第十層以降に出入りするようになってから数日後。

 この日も、全員を連れてダンジョン内の探索を行っていた。

 例の食事処の状況はほとんど変わっておらず、暴力沙汰が起こったという話も聞いていない。

 あまり長期化するようだと店で働いている人たちの精神面が心配にはなって来るが、常連さんを始めとしたお客が日々通っているので問題はないだろう。

 一番いいのは店を囲んでいるごろつきたちがその内飽きて止めてしまうことだけれど、どうなるかは分からない。

 組織的に動いているわけでもなく個人的な恨みつらみだけで動いているだけなので、そこまで長期化することはない……と思いたい。

例の受付嬢兵家 夏については相も変わらずで、必要最低限の絡みしかないので何かの騒動に発展するようなことも起きていない。

 というわけでダンジョンでの探索を続けているわけだが、子供たちはこの日も張り切って動き回っていた。

 

 やはり経験に勝るものはないという言い回しが正しいのか、子供たちはダンジョンを探索するたびにスムーズに動けるようになってきている。

 いきなりパワーアップする主人公のような変化は起きていないが、着実に連携を含めた経験で補える部分が強化されているのが見て取れる。

 周りで大人たちが見守っているので、安心してのびのびと戦えているというのもあるのだろう。

 たとえば一対一で同年代の子たちと戦えば負ける相手はいくらでもいるだろうが、ことダンジョンの探索という点においてはトップクラスだと思う。

 

 そんなことを考えつつ、ダンジョン内をうろつきながら既に午後の休憩が終わってから一時間ほどが過ぎていた。

 今はアイリとの連携を考えながら子供たちが頑張っている時間で、他の大人組はその戦いぶりを見守っていた。

 それはいいのだけれどダンジョンに潜ってから気になり続けていたことがあったので、ついに確認することに決めた。

 実のところずっと眷属たちに教えられてから気にし続けていたのだけれど、が全く動く様子がなかったのだ。

 

 魔物との戦いを終えて『処理』をしている子供たちは他の大人たちに見守らせることにして、俺はその場から動かずに後方にいた人物に問いかけた。

「――ご老人。もうそろそろこちらを見ている目的について教えてもらえないでしょうか?」

「ふむ。やはり気付いておったか」

 そう言いながら少し離れたところにある物陰から姿を現したのは、六十前後の刀を持った男性だった。

 六十代で老人かどうかは意見が分かれるところだろうが、この世界の平均寿命はあちらと比べて明らかに短いので老人と呼んでも構わないだろう。

 もっとも少しだけ黒髪を交えた白髪をたたえたその姿は、一人でダンジョンに潜っているだけの風格を漂わせている。

 見た感じでは、もっと奥深くまで一人で潜ることも可能にみえる。

 

 全くの自然体で近づいて来る老人に少しばかり警戒度を上げながら見ていると、相手はフッと笑みを浮かべて刀から手を離してからさらに続けて言った。

「いや、すまない。本当ならすぐにでも離れようと考えていたのだが、子供たちの戦いぶりに見とれてしまってな」

「ああ、なるほど。そちらが目的でしたか」

 一応冷静さを装って答えたものの、上手く行ったかは自信がなかった。

 自分のことならともかく、自慢の子供たちのことを褒められればうれしいと思うのは当然だ。


「うむ。以前から子供を連れてダンジョンに潜っている者がおると話が出ていてな。休むことなく続けて潜っているという噂になっておったから様子を見に来たのだ」

「そうですか。特に無茶なやり方はしていないと思うのですが……」

「そうだな。儂にもそう見えたぞ。ただ実際に見るまでは、相当無茶なことをしていると考えていたがな」

「それはまあ、仕方ないでしょうね。私も実際にそんな噂を耳にすれば、そう思ってもおかしくはありませんから」

「そうか。自覚もあったか」


 ここまで連続して子供たちを連れてダンジョンに潜っていれば噂になることも分かっていたし、心配する者が出て来ることも予想はしていた。

 まさかダンジョン内にまで付けて来る者が出て来るとは思っていなかったけれど。

 とにかくこの老人が子供たちのことを心配してここまで来てくれたことは事実だと思う。

 それを口実にこちらに近づいて来ることを目的としている可能性も無きにしも非ずだが、目の前で笑みを浮かべている老人まで疑って切って捨ててしまう他人との付き合いができなくなってしまう。

 

「――ところで邪魔をしてしまったお詫びと言ってはなんだが、探索を終えた後でいいから家に来ないか? それなりのご馳走は振る舞えると思うが」

「幾らお詫びとはいえ、そこまでしていただく理由はないと思うのですが?」

「いや。正直なところ子供たちの戦いぶりだけならそこまでするつもりはなかった。だが、どう見てもそなたたちの教え方も素晴らしいと分かったからな。ぜひ落ち着いた場所で話を聞いてみたくなったのだ」

「そういうことですか。それでしたら……と言いたいところですが、そもそも私たちはあなたの名前も存じ上げないのですが……」

 俺がそう言うと、老人はハッとした表情になってカッカと笑った。

「これは済まなんだ。儂の名は近藤数政。こう見えて北斗一刀流の宗家での。道場を訪ねて来てくれればいつでも会えるようにしておく。気が向いたらでいいから来てくれると嬉しいの」

「そういうことでしたらまた日を改めてということでよろしいでしょうか。――それよりも一つだけお願いしたいことがあるのですが、いいでしょうか?」

「ふむ。何かな?」

「是非とも近藤様が戦っているところを見たいのです」


 その言葉に数政老人は、一瞬虚を突かれたような顔になってからすぐに笑みを浮かべた。

 等価交換ではないのだけれど、子供たちの戦いぶりを見られたことに対する対価だと思われたのかもしれない。

 別にそこまで考えてのことではなかったのだけれど、目の前にいるこの老人がどのくらいの剣の冴えを見せるのかは見てみたかった。

 今いる階層は老人の実力に見合った敵が出て来るわけではないが、それでも見どころ満載になるという確信がある。

 

 

 ――そして俺の言葉を了承した数政老人は、次に出会った敵と戦うといって先頭を歩き始めた。

 それから十分もせずに敵が出てきて戦いを見せてもらうことになったわけだが、

「すげー」

 トムのその一言が全てを物語っていたといっても過言ではないだろう。

 トムの隣で見ていたオトやクファは、ダンジョン内にいることも忘れて大口を開けてその結果に驚いている。

 その場に出てきた魔物は全部で三体いたのだけれど、数政老人はその全てを一刀のもとに切り捨ててしまっていた。

 それでもまだまだ余裕があるように見えただけに、なおさら数政老人の実力が突き抜けたところにあるということがわかる。

 少なくとも二周目を開始してから会ってきた人族の中では、文句なしに一番の実力と言えるだろう。

 

「お見事でした」

「なんの。この辺りの敵だとこのくらいのことはできる。それはお前さんも同じであろう?」

「私の場合は魔法ですからね。剣を使うとなるとまた話は別ですよ」

「そうかの? まあ、そういうことにしておこうかの」


 言わずともわかると言いたげな数政老人に、敢えて具体的なことは何も言わないでおいた。

 別に数政老人が敵になると考えたからではなく、冒険者は早々簡単に力を他人に見せてはいけないというこの辺りにある暗黙の了承を守ってのことだ。

 正直なところそれに意味があるかは分からないけれど、ありがたく利用させてもらうことにした。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る