(16)勘違い
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< Side:藤原清定 >
せっかくお越しいただいたタマモ様をずっと立たせておくわけには行かない。
いつまで頭を下げているのかという問いもあったので、そのまま場所を移して用意されたソファに対面で腰かけた。
このソファという様式をヒノモトに持ち込んだのは、かつてのタマモ様だったそうだ。
もっともそのタマモ様もユグホウラで使われているのを知って気に入られたのを、藤原家に持ち込んだという経緯があるらしい。
家に残されている歴代の記録から知られていることだが、タマモ様も否定されていないということは本当のことなのだろう。
畳ではなく板張りの床にはこの形式があっているので、身近な者を招く際には利用している。
慣れた様子で歴代当主が利用してきたソファに腰かけたタマモ様は、穏やかな様子で声をかけてくださった。
「――さて。改めて呼び出された用事はなんだ? 例の件の続報かの?」
「それもありますが、そちらは報告だけです。基本的には、是行を領内に留めおくということで決着がつきそうになります」
「ふむ、そうか。随分と軽いと思わなくもないが、是行にしてみれば十分に罰になるか」
「……タマモ様がご不満なのでしたら変更することもやぶさかではありませぬが?」
「いや。必要なかろう。今後、あの屋敷に来ることはないのであろう?」
「それは必ず守らせます」
「ならばそれ以上は、こちらから言うことはない」
タマモ様がそう断言されたので、内心でホッと胸をなでおろしていた。
もしタマモ様のご不満が収まらないのであれば、それ以上の処分を考えなくてははならなかった。
領内に縛り付けるというのは実質的に緩い監禁のような処分になるので、それ以上となると命のことまで考えなければならなくなる。
流石にそこまですると、領内から行き過ぎだという声も上がりそうだったのだ。
もっともタマモ様のお言葉だと言えば、そんな不満はすぐに収まりそうではあるが。
是行のことを報告したので、いよいよ次はタマモ様へ胸の内を告げて確認しなくてはならなくなった。
ここまで緊張するのはかなり久しぶりではないかという思いが伝わったのか、先にタマモ様から話しかけてくださった。
「うん……? どうした。話したいことがあるのではないのか?」
そう問われて視線を合わせると、タマモ様の瞳の優しさに思わず息を飲みそうになってしまった。
その優し気な瞳を見て、私が子供の時分、父上に連れられて初めてタマモ様と会った時のことを思い出してしまった。
直弼と話した時もそうだったが、妙に昔のことを思い出してしまうなと不思議な気持ちが沸いてきた。
とはいえわざわざタマモ様にここまで来ていただいたのに、このまま黙ったままでいるわけにはいかない。
そう奮い立たせて、ついにこれまで抱えていた想いを口にすることにした。
「タマモ様は、今の状況がご不満ではないのでしょうか?」
とうとう口にしてしまった。
――そう思ったが、一度口にしてしまった言葉は戻すことはできない。
少し待ってから恐る恐る視線を戻しタマモ様を見たが、タマモ様は何故か微笑みを浮かべて先ほどと同じような瞳でこちらを見ているだけだった。
その瞳を見ていると、全てわかっていると言われているような気になって来る。
時間にすれば数秒の間だったのだろうが、心臓が早鐘のごとく打っていた私にとっては永遠の時のようにさえ思えた。
何しろ、今の体制を批判するようなことをタマモ様へ口にしたのだ。
受け止め方によっては、タマモ様へ批判しているように取られてもおかしくはない。
それ故に今まで一人身の内に抱えて、どうにかタマモ様をユグホウラから解放できないかと考えて行動していたのだ。
まるで叱られた子供のように答えを待っていた私に、タマモ様は優し気な口調で問いかけてきた。
「清定よ。逆に問うが、今までの藤原の当主が一度も同じ問いをしてこなかったと思うのかの?」
「――そう仰るということは……」
「そうよ。当たり前だが、同じように私をこのヒノモトの完全なる支配者とすべく動いていた当主は何人もおったわ。それに対する私の答えは全て同じであったがの」
「……その答えとは?」
「『私は今までもこれからもユグホウラの支配を排除しようなんてことを考えることはない』だったな。無論、今もその考えは変わらぬ」
「何故ですか! 遥か西のシーオではユグホウラの影響力を排除して、立派にやっていると聞き及びます。タマモ様にそれができぬと!?」
「できるできないかと問われれば、できると答えるであろうな。ただしことムサシの地に限って言えば、であるがの。ヒノモト全体をと望めば、どうなるかはわからん。世界樹の精霊様は、ヒノモトに関しては思い入れが強かったようだからの。そなたはムサシの地だけで満足するのかの?」
「しからば――っ!?」
打って出ればよい――勢いのままにそう言葉にしようとしたが、タマモ様が小さく笑いながら自らの右手の人差し指を私の口元へと持ってきた。
まるで親が子供に対して静かにするようにと教えるときのように――。
「そもそもそなたは大きな勘違いをしておるの。我はムサシの地のみで満足しておるよ。それ以上というのは高望みのし過ぎだからの」
「何故……何故、ヒノモト全てをと望まれぬのですか!?」
「簡単な話よ。勝てぬからだ」
あまりにあっさりと告げられたその事実に、思わず聞き逃しそうになってしまった。
いや。まともに聞くことを頭が拒否しようとしてしまったというべきだろうか。
その言葉を言ったタマモ様は、相変わらず子供を諭すように穏やかな笑みを浮かべていらっしゃった。
「…………なんですと?」
「ホッホホ。我に同じことを問うた歴代の当主たちもそなたと同じような顔をしておったの。もう一度はっきり言うぞ。我ではユグホウラの眷属には勝てぬ。だから一同盟者として丁寧に扱ってくださっている今の立場にあるのだよ」
「それは、まことに……」
「ああ。本当のことだとも」
決して激高されるわけでもなく、変わらない表情のまま語っているだけにそれが真実だと徐々に実感が沸いてきた。
「まさか。……そのようなことが……」
「信じられぬか。そうさの。そなたに分かりやすくいえば、先日キラが来ておっであろう。その際にユグホウラの眷属も一緒におったはずだが、誰がいたかの?」
「……は? ユグホウラの眷属ですか?」
「やれやれ。そこからか。一昔前では勘の鋭い者が一人や二人、気付いておったのだがの。まあよい。それより――」
そこからタマモ様の確認で、常にキラ殿の背後に立っていたクインとラックという者がユグホウラの眷属、すなわち魔物が変異した者だということが分かった。
完全に人族に化けることができる魔物は、それだけで強い能力を持っていることが知られている。
そんな力のある魔物が傍にいたということに今更ながらに気付いて、冷や汗が流れる思いだった。
しかもタマモ様が語ったことは、それだけではなかった。
「もし我がユグホウラを相手に戦うとなれば、どうにかその二人は死を賭して防ぐことはしよう。だが、私の他の子たちは、どうあがいてもユグホウラの他の眷属に勝つことはできぬ。我が子たちが亡くなるとわかっておるのに、危険な橋を渡ろうとは思わぬよ」
「そのようなことが――」
「残念ながら事実だからの。そなたももう一度考えるとよい。はっきり言っておくが、もし藤原家と我が眷属たち――どちらを取るのかの選択を迫られれば、我は間違いなく我が子たちを選ぶ。そのことだけは覚えておくがよい」
タマモ様はそれだけを言って、あとは黙ってしまわれた。
私もまたそれ以上の言葉を継げることはできず、しばらく無言の時が続くことになる。
そしてその後は政に関わるようなこと話はせずに、日常の小さな出来事を話すだけで終わった。
タマモ様が去って残された私はといえば、今更ながらにとんでもない勘違いをしていたことに気付かされて、しばらく心ここにあらずといった感じで呆然としてしまうのであった。
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是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
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