(15)忠告

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 < Side:藤原清定 >

 

「――どういうことだね?」

『どうもこうもないな。今、言った通りだ。清定殿が申したように、『是行殿への処分』と『是行殿の領外への影響力の行使禁止』が守られるのであれば、こちらがこれ以上口出しすることはない』

「……本当に、それだけでいいのか?」

 疑り深いと言われそうだが、さすがに信じられなかっただけに繰り返し確認してしまった。

 ただ通信の相手から返ってきた答えは、先ほどと全く同じものだった。

 

 今、私が遠距離通話を行っている相手は遠く離れた位置にいるツガル家当主である。

 話をしていた内容は、例の冒険者――キラが持ち込んできたタマモ様へのこれまでの対応における是行に対する処分についてだった。

 内容としてはキラと話をして決めたことをそのまま話しただけだったが、相手は処分としてはそれだけでよいと言ってきた。

 それは良いことなのだが、相手が同じ御家の一つであるだけにそれ以上の者を要求されると予想していたこちらとしては信じられないと思うのも無理はないはずだ。

 この機会に次代の将軍位に関して自領に有利な候補を推すように――ということくらいは言って来ると考えていたのだが、それすらもないようだ。

 

「……どういうことだ?」

 その対応が信じられずに思わずもう一度呟いてしまったが、遠距離通話を行うための魔道具はしっかりとその声を拾ってしまったようだった。

 相手側――津軽直弼が、我慢しきれなかったという様子で笑い声を漏らしていた。

「そう言いたくなる気持ちは十分わかるが、さすがに他に知られると面倒になるので聞かなかったことにして置こう」

「それは助かる……が、理由は聞いてもいいのか?」

 こちらの気持ちを理解しているなんてことをわざわざ言うということは、理由まで説明してくれると期待してもいいだろうと予想しての問いだ。

「理由、理由か。そうだな。それはキラにあるとだけ伝えておこう。それ以上は言えないし、言うつもりもないな」

「……ここでその男が出て来るのか。何者なんだ、本当に」

 今の会話で分かったが、津軽家の当主にすら気を使わせるような相手だということはすぐに理解できた。

 

 津軽家の当主に気を使わせて、タマモ様が友人だと断言するキラというあの男が気になってそう問いかけるのは、ある意味当然のことだと思う。

 だが返って来たのは、それこそ御家の当主としての固い対応だった。

「それは言えないな。気になるなら自分で調べてみるといい……と、言いたいところだが、下手に深入りをするのは止めておく。いいか。絶対に余計なところまで探ろうとするな」

 直弼殿のその声色が本気であると理解できた私は、思わず内心で息を飲んでしまった。

 

 御家の当主として育てられた私がまさか声だけで圧されることになるとは思っていなかったが、直弼のその声がそれだけ実を伴っていたということでもある。

「……そう言われると余計に知りたくなってくるのだが?」

「まあ、そうであろうな。――そうだな。私から言えるとすれば、下手に影などを使って調べるよりも、直接当人に聞いた方が教えてもらえるかもしれないな。しばらくムサシに滞在するのであろう?」

「そう聞いているが……」

「これも忠告だが、御家の力を使って無理やり会おうとするのも駄目だからな。せめてできる限り自然な形を装って会うくらいならいいだろう。そうしないと逃げられるぞ」

「何だそれは。まるで何かの妖怪か精霊のような存在ではないか」

「ハハハ。それは良い。だが当人には絶対にそんなことは言うなよ?」

「こんなこと言えるか」

 話をしている内容が内容だけに、お互いについ一昔前の感覚が戻って来てしまったようだ。

 

 今でこそ御家の当主としてやり取りをしているが、直弼とは成人する前に一緒に過ごしていた時期がある。

 これは別に直弼だけではなく、他の当主候補とも同じように過ごしている。

 ヒノモトを実質的に治めている七つの御家は、互いに争うことになるとその影響が甚大なものになる。

 そうした影響を出来る抑えるためにそうした措置が取られるようになったと聞いているが、こうして考えると効果はそれなりにあるということだろう。

 勿論、ヒノモトにおいて大きな家同士の当主であるだけに、利害関係のぶつかりなどで敵対することも多々あるのだが。

 家同士がそれなりに険悪なことになったとしても、最悪な状況になりにくいのは根幹にその経験があるからなのかもしれない。

 

 私が感傷に耽っていると、再び真面目な声で直弼が語りかけてきた。

「お互いに抱えているものがあるだけに言いたいことはあまり言えぬが、これだけは教えることはできる。いいか。あの者は絶対に怒らせるな。当人が許したとしても周りが動けばそれだけでが終わる」

「そこまで言うか」

「仕方あるまい、単なる事実だ。そなたが何をしようとしているかは分からないが、今の言葉に嘘はない。それだけは断言しておく」

「……そうか」

「そなたのことだからどうせタマモ様がらみのことなのだろう? ただ先走りせずに、タマモ様に直接相談なり話をしてみるがいい。そのほうが後々の騒ぎにならなくて済むだろう」

「…………考えておく」


 私からの返答は短いものであったのだが、直弼としてはそれで十分だったのか、それ以上は何も言ってこなかった。

 お互いに多くの家を抱えている身だけに、自分の言葉で私を翻意させることはできないと察しているのだろう。

 お互い様であるだけに、一々言葉で聞かなくともわかることもある。

 それ故に、やりやすいこともやりにくいこともあるのだが。

 

 直弼との通信を終えた後、私は近習すら近寄らせず一人で考え事をしていた。

 先ほどまでの直弼との会話がこびりついていて、どうしても落ち着いて仕事をすることができなかったのだ。

 特に今日は急がなければならない仕事も終わらせているので、少し気が緩んでいるのかもしれない。

 いや。むしろゆっくり考える時間ができてよかったと思うべきか。

 

 直弼からの主な忠告は二つで、一つは例の冒険者のことでもう一つはタマモ様に関することだった。

 このうち前者はともかく、後者についてはどうあっても譲ることはできない。

 だが最後の直弼の言葉が身の内に刺さっていることも事実だ。

 それに勝手に一人で動いて事を悪くしてしまうというのは、確かに私の悪い癖ではある。

 

 耳が痛い忠告ではあるが、昔のことを知っている直弼の言葉であるだけに無視することもできない。

 何よりも言っていることが正論過ぎて、否定することもばかばかしいほどだ。

 直弼の言った通り今私が抱えているのものは、タマモ様に関係のすること。

 私にとっては当たり前すぎて誰かに相談するなんてことすら考えられなかったが、確かにタマモ様に何も言わずに事を進めるのは間違いだという気もしてきた。

 

 どうするべきかしばらくの間悩んでいた私だったが、ようやく決心がついて厳重に封がされている棚の扉を開けた。

 そこから一つの魔道具を出して、それを起動した。

 そしてわずかに頭を下げてから待つこと数秒。

 下げた視線の先に、一対の足が現れた。

 

「珍しく呼び出しがあったかと思えば、そなたか。例のことで何か問題でも起こったのか?」

「いえ。今回はそれではございません。……少し、昔馴染みに叱られたので、しっかり話をしようかと思い連絡をしたしました」

「ふむ。良い傾向だの」

 

 魔道具を使って呼び出した相手――タマモ様の声色が優しげだったことから思わず内心で胸をなでおろしていた。

 ここで怒らせてしまっては、話を切り出すことすらできない。

 もしかするとこれからする話でタマモ様を怒らせることになるかも知れないが、もはや後戻りすることは止めておこう。

 ――顔を上げてタマモ様のお姿を見て、改めてそう決心するのであった。




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m(__)m

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