(4)悪戯

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 タマモの眷属である一技の登場によって、山の中で迷うという事態は避けられた。

 それは良いのだけれど、一行の空気が悪くなってしまったことについてはどうするべきかと悩ましいところがある。

 まず大人組は、一技が何者か具体的にはわかっておらず、それでも彼女の雰囲気によって下手なことを聞くに聞けないという感じになっている。

 子供組は、大人組の雰囲気に押されて黙って着いて来るだけだ。

 それに大人組がそんな感じになっているのは、一技の纏っている雰囲気のこともあるが、それ以上に同行しているクインが明らかに不機嫌になっているからというのもあるのだろう。

 アンネリは以前ひと月近くも一緒に行動してきたので慣れているはずなのだけれど、こんな雰囲気になっているクインは見たことがないはずだ。

 幸か不幸か俺にとっては見慣れた態度であるだけに、フォローするにできないという事情がある。

 どうも俺が世界樹の精霊だった時からクイン――というよりも、眷属の女性陣はタマモの眷属(第一世代)に対して皆同じような態度を取る傾向にある。

 

 タマモの眷属であり当然のように様々な能力が高い一技がクインの態度に気付いていないはずもないのだが、彼女自身は全く気にすることなく上機嫌のまま先頭を歩いている。

 ちなみに純粋な戦闘能力であればクインのほうが上だったりするのだけれど、一技はここで無用な戦いをするはずもないと分かっているので今の状態のまま歩き続けている。

 そもそもクインの雰囲気が悪いといっても、彼女の周囲からまがまがしいオーラが出ているといったことはなく、単に見るからに不機嫌というだけなのでここで注意するのもおかしい。

 同じ眷属という立場であるラックもクインのことは放置したまま着いて来ているので、アンネリやアンリは内心で疑問に思いつつも着いて来ているという感じだろうか。

 

 ラックや他の面々に頼れないのであれば俺自身がどうにかしたいところだが、残念ながらクインをなだめるという選択肢はない。

 その理由は単純で、世界樹の精霊だった時に同じような状況になって、逆に今以上の雰囲気にしてしまったことがあるからだ。

 というわけで、この件に関しては以前から『触らぬ神に祟りなし』ということが一番だと身に染みて分かっているのだ。

 もしかするとラックもそれが分かっているから、敢えて口を出さないようにしているのかもしれない。

 

 そんな微妙な空気の中歩き続けること十分。

 戦闘を歩いていた一技が突然止まり、右手を掲げながら何かに触れるように動かした。

 するとごく普通の森林地帯に見えていた風景が一変して、目の前に一つの鳥居が現れて神社の境内のように砂利で覆われた道が出現した。

 その道の先には大きめのお屋敷といえる建物が一つ建っていた。

 

 俺は既に何度も見たことがある風景なので驚くことはしなかったけれど、初めて見るアンネリたちはいきなり現れたその光景に驚いて見入っていた。

「何回見ても凄いと思うよね。これは。――それよりも屋敷が大きくなっているように見えるけれど?」

「その通りです。私どもも眷属の数が増えていますから、それに合わせて増築もしております」

「いや。増築って……まさか、狐たちがやっているわけじゃないよね?」

「勿論です。実際は、ユグホウラの皆さんにお願いして建ててもらいました」

「ああ、そういうこと。――やっぱり人形ドールたちが?」

 

 確認のためにクインに視線を向けると、すぐに頷きが返ってきた。

「その通りです。かなり儲けられたと喜んでおりましたよ」

「……クイン、そういうことは黙っていて欲しかったのですが?」

「タマモ様には了解を取っていることですよ、勿論。『我々にはできないことをやってもらうのだから当然だ』ということらしいですが?」

 クインの言葉を聞いた一技は、諦めたようにため息を吐いていた。

 時に金遣いについて暴走しがちになるタマモに対して、しっかりと締めるところは締める一技という関係は、今も昔も変わっていないらしい。

 もっともユグホウラとタマモ(狐一族)のやり取りは、基本的に現金(金、銀)ではなく魔石でのやり取りになるのだが。

 

 そんな会話をしつつ屋敷に向けて歩を進めると、入口近くに寝そべっている三体の体の大きな狐に近づいてきた。

 一技がそちらに向かって進んでいるので、こちらもそれに合わせて近づいていく。

 歩を進めるごとにアンネリたちの緊張が高まっていくことが分かったが、中でも一番緊張しているのはアイリだろう。

 アイリにとっては幼いころから寝物語のように聞かされてきたタマモが目の前にいるのだから、そうなるのも当然かもしれない。

 

 それは良いのだけれど歩きながらに気付いていた俺としては、少しばかり心の中で申し訳ない気になっていた。

 ここでそのことを指摘しても良かったのだけれど、折角タマモが舞台を整えてくれたのでそれをぶち壊しにするのも違う気がして黙ったままでいた。

 それでもアイリたちが三体に狐に残り数メートルという距離のところまで近づいて頭を下げたところで、ついに我慢ができなくなって言ってしまった。

「あ~。一技? もうそろそろいいのかな?」

「何がでしょう、キラ様?」

 言葉自体はとぼけたものだったけれど、その顔は完全に笑いを含んでいたので完全に隠す気がないことがわかる。

 ちなみに、ラックやクインは呆れ顔になっていた。

 

 俺と一技の会話の意味が分からないアイリたちが疑問の表情になっていたので、仕方なく俺から説明をすることにした。

「一応言っておくけれど、タマモはこの真ん中にいる狐じゃないからね」

「「「――ええっ……!?」」」

 全員が一瞬遅れて驚いていたので、ここまで本気で真ん中の狐がタマモだと思い込んでいたことがわかる。

「ああ~、やっぱりわかってなかったのか。それで二枝、いつまで続けるつもりかな?」

 心の中でごめんと頭を下げながらも、後半は真ん中の狐へと向けて話した。

 

 すると真ん中の狐がクツクツと小さく笑いだしたかと思うとこう切り出した。

『――クックック。母上。やはりキラ様は誤魔化せませんでしたよ?』

「なんだ。つまらないのう。人族になったと聞いたから見分けがつかないかと思ったのだがの」

 二枝の言葉に答えながら、真ん中の狐の背後に隠れていた人影が現れた。

「いや。いくら何でもタマモと二枝を見間違えるはずがないでしょう。彼女たちみたいにタマモのことを全く知らないのならいざ知らず」

「そうかの? これでもほとんどの者は騙すことができたのだが?」

「そんなこと試さないでくださいよ。というよりも、そもそも大きさ自体が違っているのに、何故見分けがつかないのでしょうか」

「さてな。我にそんなことを問われても分からぬ。――ああ。狐の姿で会うことのほうが少ないからということがあるのかもしれぬな」

 間違いなくそれが理由だと分かったのだけれど、それを突っ込むとこの場での話が止まらなくなりそうだったので、呆れを含んだ視線を向けるだけで止めておいた。

 

 悪戯好きなタマモらしいやり取りを終えた後は、このまま外で話し続けるのもなんだからと屋敷の中へと案内された。

 外で立ち話を続けているとアンネリたちが緊張で倒れてしまうのではないかと思っていたところだったので、その誘いにすぐに乗ることにした。

 タマモとしては新しくなった屋敷を自慢したかったという思いも見え隠れしていたけれども、それはそれで興味があったのでウキウキ気分で案内をしているタマモに任せて、しばらく彼女に付き合うことにした。




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<おまけ解説>

二枝が「クックック」笑いになっているのは、狐の姿だとそちらの方が楽だからという設定。同じく「」ではなく『』になっているのも狐の喉で言葉を発しているから。



是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

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