(12)他愛もないやりとり

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 現ツガル家当主である直弼との話を終えた後は、夜食に招かれての食事となった。

 こちらもさすがに家族が全員集合とはいかずに、ツガル家側は当主である直弼と正妻であるクリスティーナとその子供たちが揃っていた。

 クリスティーナとの間に生まれた子供は三人で、うち二人はアイリと晴宗、残りの一人は年が離れた弟で孝景という。

 病気で亡くなることも多いこの世界のヒノモトでは、五歳を超えられると一応「人」として認められることになっていて、孝景君は昨年無事にその儀式を終えている。

 とはいえまだまだ子供といった感じで、兄や姉に追い付こうと頑張って挨拶をしている姿は見ていて微笑ましい。

 特に久しぶりに家に帰ってきた姉――アイリに会えたことが嬉しいらしく、一生懸命に話しかけていた。

 時折こちらの存在を忘れて身内の話になっていることもあったが、子供らしいことなので特に気にすることもなく話を聞いていた。

 ツガル家側もそのことに気付いているのか、本来は無作法を注意してもおかしくはないところをただ笑って見守っていた。

 

 そんな一幕もありつつ時間も経過していけば、お酒の時間――いわゆる大人の時間となった。

 さすがにこの時には孝景君は、侍女に連れられて退場となっている。

 アイリに会えたことが嬉しくてはしゃぎ過ぎたのか、後半は眠そうにしていたので当然といえば当然だろう。

 ちなみにヒノモトでは成人が十五なので、全員お酒を飲む分にはなんの問題もない。

 

 お酒が入ったといっても、しばらくは当たり障りのないヒノモトの日常生活の話が続いていた。

 そんな中で、話の流れを変えるような話題を振ったのはアンネリだった。

「そういえば、クリスティーナ殿はエイリーク王国のご出身とお聞きしましたが間違いはございませんか?」

「ええ。間違いありませんよ。一応あちらでは公爵家の娘ということになっておりましたが……今ではあまり意味のある地位ではありませんね」

 そんなことを微笑みながら言ってのけたクリスティーナだったが、勿論そんなわけがあるはずもない。

 ツガル家とエイリーク王国(イギリス)との交流が途切れていないのは、転移装置での移動という手段が残っているのもそうだろうが、それに伴う人的交流が残っているのが大きいのだろう。

 人の関係が途切れてしまえば、いかに経済的に繋がっていても信頼関係を維持し続けるのは難しいはずだ。

「そんなことはないと思いますが、それよりもこうして公爵令嬢が嫁ぎに来るほどに関係があるとは少々驚きでした」

「エイリーク王国にはユグホウラとの交易によって得られる品々があります。そういった品について情報を出し過ぎると関係が切れてしまう可能性もあるので、少々封鎖的だと思われていますからね」


 公爵家という王国を代表するような家の者を他国に嫁がせておいて何が封鎖的だと思われるかもしれないが、実際シーオ各国のエイリーク王国での印象はそんな感じらしい。

 過去の出来事ではあるが、エイリーク王国が取引しているユグホウラの品々を狙って戦争を仕掛けた国も多くあるらしいので、それらの品については禁輸とまではいかないまでも取引数はそこまで多くはないようだ。

 エイリーク王国国内ではユグホウラの品がそれなりに出回っているのに関わらず、国外にはさほど出していないことから封鎖的と思われている――というのがシーオにいる商人の印象だそうだ。

 勿論、それぞれの国の上層部になれば違った意見もあるのだろうが、そんなことまでこの場で話すようなことではない。

 

 アンネリもそのことはよくわかっているので、エイリーク王国の内情についてそれ以上聞くことはしなかった。

「――そうですか。それよりもいくら繋がりが強いといっても、あちらとこちらではかなり風習も違っていると思うのですが、かなりご苦労なされたのではありませんか?」

 これもこんなところで聞いて「そうですね」という答えが返って来るはずもない。

 何しろ『ご苦労』をかけている元となっている直弼が、すぐ横で話を聞いているのだから。

 だからこそクリスティーナはアンネリのその質問の意図を意味で理解したのか、少し驚いた表情を見せてから楽しそうな表情を浮かべた。

「あらあら。まあまあ。――そうですね。苦労がないとは言いませんが、私の場合は違いを楽しさとして見るようにしています。そう気の持ちようを変えたら風習の違いなど気にならなくなりましたよ」

「違いを楽しむ、ですか。……なるほど。やはり先人の知恵は偉大ということでしょうか」

「あら。私はそこまで年嵩ではありません、と言いたいところですが、この場合は素直に受け止めておきますね」

 茶目っ気を混ぜたようなクリスティーナの返答に、アンネリも少しだけ微笑みを浮かべて「ありがとうございます」と頭を下げていた。

 

 女性二人の会話に微妙に居心地が悪くなってきた。

 その思いが通じたのか、何故か直弼が意味ありげな視線を向けてきた。

 表情を見る限りでは、あちらも同じような思いを抱えているように見える。

 面と向かって(席は隣同士だが)「苦労していた」と言われたのだからそうなるのも仕方ない。

 

 そこで問題だったのは、俺とご当主様の微妙なやり取りをしっかりとその娘アイリに見られていたということだろうか。

「お母さま。それくらいにしてあげてください。お父様が身の置き所がなさそうにしております」

「コホン。愛莉。余計なことは言わなくてもよろしい」

「あらあら、まあまあ。それはごめんなさいね」

 そんなことを言ったクリスティーナは、どう見ても本気で謝罪している様子はなく、口元を隠しつつも目は完全に笑っていた。

 一応お客様である俺たちの前でそんなやり取りができるということは、武家とはいえ完全な亭主関白というわけではないということは見ていて分かる。

 勿論これが全てというわけではないだろうが、クリスティーナが変に抑圧されているということはないのだろう。

 

 そんなことを考えていると直弼がふと何かを思い出した様子で聞いてきた。

「そういえばこのまま陸で藤原領に行かれるということでしたか?」

「そう考えていたのですが、少し迷っております」

「ふむ。途中で用事がなければ船を使ったほうが早いですからな。ユグホウラのものを使われるのでしたら猶更でしょう」

「やはりそうですか。本当なら途中にあるダンジョンの様子も見ておこうと考えていたのですが、直弼様からお話を聞いてしまいましたから悩んでおります」

「領内にあるダンジョンは、陸奥のダンジョンとほとんど同じような構造になっておりますからな。もし陸奥のダンジョンに潜られるのでしたら確かにあまり意味はないかも知れませぬ」


 この場合の構造というのは、出現する魔物も含めて素材全般のことを指している。

 気候や環境が近いためにダンジョンの中身もほとんど変わらないということはよくあることなので、ツガル領内のダンジョンがほとんど同じという説明は納得できる。

 ツガル領内のダンジョンを見て回りたいと考えていたのも、キナイにあるはずのルファのダンジョンに潜る前に別のものも見ておきたかったからだ。

 一応ヒノモトにあるダンジョンでは歪みの発生がどうなっているのかを確認する目的もあるので全くの無意味にはならないだろうけれど、そこまで時間をかける必要があるかと言われると悩むところだ。

 

 ひとまず直弼の助言は有難く受け入れることにして、この屋敷からも近い場所にある陸奥のダンジョンに潜ることは決定した。

 本格的に調査をするかどうかは、潜ってみないと何とも言えないので今夜は屋敷に泊めてもらってそれ以降は町の宿に泊まることになる。

 ダンジョンに潜っている間は屋敷に泊まっても構わないとご当主様は仰って下さったのだけれど、さすがにそれは丁重にお断りしておいた。




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m(__)m

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