(6)長の提案

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 驚愕の表情を浮かべているアイリを見てから長へと視線を移して、

「何故、彼女に教えたのでしょうか?」

「おや。あなたがどうなっているのか知りたいとお聞きしたのですが?」

「……え? どういうことでしょう?」

「ユグホウラのヒノモト進出のきっかけとなったツガル家がどうなったのか知りたいと、こちらに連絡をしてくださった眷属の方が仰っていたのですが、違っていたのでしょうか?」

「いえ。ツガル家のことは知りたかったのですが、それが彼女とどういう関係が?」

「ああ。そういうことですか。それでしたら……巫女アイリ。いつまでも惚けていないで、できればご自身で挨拶なさったほうがいいのではありませんか?」

 長に促されてようやく正気(?)に戻れたのか、アイリはハッとした表情を浮かべてから正座した状態からきっちりと頭を下げた。

「――コホン。失礼をいたしました。私は現ツガル家当主の長女に当たるアイリになります」

 不思議なことに巫女服を着ているのはそのままなのに、そうした挨拶をしていると本当に貴族――やんごとなきお方という感じがしてくる。

 

 同時に長が何故この場にアイリを留め置いた理由がよくわかった。

 確かに彼女がツガル家の関係者――というよりも当主の長女という立場であるのならこの場に残していくことも意味がある。

 俺がツガル家のことを知りたがっているということで、関係者から直接話を聞くことの出来る機会を設けておきたかったのだろう。

 とてもありがたいのでそのこと自体は感謝したいところだけれど、あまりの都合のよさに仕込みさえ疑いたいところだ。

 勿論転移装置の傍に彼女がいたのは偶然だったはずなので、たまたま彼女が案内役にならなければ成立しなかったことなのだろうが。

 

 それはそれとして、アイリを見て真っ先に不思議に思ったことがある。

「それにしても、アイリさんはどう見てもヒノモトの人の系統には見えないのですが、どういう……?」

 その俺の疑問に、アイリはむしろ意外なことを聞かれたという表情を浮かべてからすぐに納得した顔になった。

「精霊様がいらっしゃらなくなってから長い年月が経っているので、ご存じないのも当然でしょう。私の母はシーオにある国から嫁いできた者になります。もっともツガル家は母だけではなく何度かその国からお嫁を受け入れている事実がありますが」

「……そんなことが? 随分遠いだろうに」

「遠いというのは……そちらにいらっしゃる方々も転移装置を使っていらっしゃったので大丈夫かと思いますが、ツガル家にはまだシーオにあるその国との転移装置が残っております」

「そ、そんな話は……!?」

 アイリの説明に一番反応したのは、シーオ諸国にある一国の貴族として生まれたアンネリだった。

 そもそもシーオ全体として転移装置は既に伝説に近い存在になっているので、あり得ないと言いたくなるのは理解できなくもない。

 それはアンネリの横に座っているハロルドの様子を見ても分かることだ。

 

 ただし以前のユグホウラの状況を知っている俺としては、全く違った感想を持っていた。

「――ツガル家は未だにあの約束を守り続けてくれていたんだ。律儀というか義理堅いというべきか……」

 俺が独り言のようにそう告げると、アイリは益々表情を引き締めた様子でこう言ってきた。

「やはりそのこともご存知でしたか。ツガル家では一族の者に当主から教訓として『我が家が残っているのは精霊様のお陰だ。かの方からいただいたものはそのまま守り通すのが我が家の使命』と教わります」

「うーん……。それがツガル家の教訓となって存続に役立っているんだったら良いんだけれど、当事者としてはくすぐったい感じで何とも言えないね……」

 俺の率直な感想に、アイリはようやくクスクスと笑い顔を浮かべた。

「『万が一、始まりの方々が仰るように戻られることがあっても、精霊様の重荷になるようになることはあってはいけない』とも伝わっていますから、そこまで気にされる必要はないかと思います」

「なるほどね」

「それに、今となってはご先祖様が守り通してきた数々の物が我が家の力になっていることは、紛れもない事実です。あまりお気になされる必要はないかと存じます」

 ツガル家が代々語り継いできた内容が俺にとって重荷になると感じたのか、アイリは最後にそう付け加えてきた。

 

 とにかくこの時点でツガル家の関係者から生の声を聞けたのは、非常にありがたい。

 それもこれも俺たちの会話を聞いてニコニコしている長のお陰だけれど、その当人がアイリへと視線を向けながらこう言ってきた。

「巫女アイリ。折角の機会だから帰郷してはいかがかな?」

「え? しかし私には巫女としての修行が……」

「あなたが巫女として厳しい修行を積んでいることは知っていますが、今回は話が別ではありませんか? むしろキラ様のご案内をする方が大切だと思いますが? 勿論、巫女頭には私からも口添えをいたします。必要ない気もしますがね」

「それは……」

 長の言葉に、アイリが悩ましい表情になった。

 時々こちらを見て来ているので、長の言うとおりに俺を案内することと巫女としての修行を天秤にかけているように見える。

 ――後から聞いた話では、天秤にかけていたというよりも俺の案内をしたいという欲求の方が強かったのだけれど、それで修行が疎かにならないかを心配していたそうだ。

 

 そんな彼女の心中を慮ってか、長が助け舟を出すように続けて言った。

「どちらにしてもキラ様はこの後、巫女頭様とお会いになるようです。その場で相談されてはいかがですかな?」

「それは……そうしてみます」

 長からの助言に、アイリは少し考える様子を見せながらも最終的には頷いていた。

 

 何やらこちらを抜きに話が進んでいるようにも見えるけれども、実際にはそんなことはない。

 というよりも、長はしっかりとこちらの様子を確認しながら話を進めているので断る様子を見せていればアイリに勧めようともしなかったはずだ。

 その辺りはさすがに、人の顔を読んで町を治める立場にあるだけのことはあるといえる。

 実際には先触れとなった眷属とも事前に話をしていたのかもしれないけれども、そこは別に知ろうとは思わないし、知っても意味はないだろう。

 

「巫女アイリ。私はしばらくキラ様に里の様子をお話しするので、あなたは先触れとして巫女頭の下にいかれるのがいいでしょう」

「はい。ではそのように」

 長の言葉に従って、アイリはスッと頭を下げてからその場を辞していった。

 それが長のアイリに対する配慮だということはこの場にいる皆が分かっていた事だけれども、それを指摘する者はここには誰もいなかった。

 

 その後は、実際に長から今の里の現状を聞くことができた。

 その話を聞いて、益々町の拡張が必要だということを改めて認識することができた。

 ユグホウラにとっては、人族が住む場所が際限なく拡張されるのは困ったことになるけれども現状において村の一つや二つ増えたところで大した違いにはならない。

 一応眷属に話をしたうえで、という条件は付けることになったが、予定地として考えていた場所に二つの村を作ることはその場で了承しておいた。

 

 俺以外にも冬に育てられる植物についてだったり、眷属たちに関わりなんかについても中々興味深い話が聞けた。

 今まで眷属から見た話は聞くことができていたのだけれど、こうして直接関わっている人族の話を聞くとまた違った面が見えて来る。

 だからといって人族だけに肩入れするつもりはないので、それがどうしたと言われればそれまでなのだけれど、融通できる点は融通することも考えられる。

 もっともこれまで五百年という月日を俺無しでやってきたのだからこれからもどうとでもなると思えるが、それを言ってしまっては何事も進まないので今は考えないことにしておいた。




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m(__)m

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