第8章

(1)旅立ち

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 < Side:キラ >

 

 旅の空の下、レオともう一頭の眷属が引いている馬車はのんびりと街道を北方面に向かって進んでいた。

 ヘディンの町を発ってから既に数日が経っているが、未だにノスフィン王国の領土からは抜けていない。

 眷属二頭と馬車の性能を考えればとっくに抜けていてもおかしくはないのだけれど、周囲の目があることと別に急ぐ旅ではないということでゆっくり目に進んでもらっているんだ。

 とはいえ眷属の魔物であるので相変わらず御者は必要なく、全自動で目的地までつくオートマシンとなっている。

 もっとも周囲からあらぬ誤解を受けないようにするために、わざわざ最低一人は御者台に人を置いているのだが。

 その役目のほとんどが執事見習いのトムとなっているのは、ハロルドの教育の賜物である。

 別にトムを虐めてそうしているわけではなく、執事ともなれば自ら御者を務めることもあるからだそうだ。

 長期間移動する予定になっているこの旅は、トムにとってはちょうどいい教育期間となっているらしい。

 

「――正直なことを申し上げますが、魔物に対する見張りが必要ないどころか引いている馬の制御も必要ないと訓練と呼べるようなものではないのですが」

「ハロルドの言うとおりね。こっちに慣れてしまうと普通の馬車で御者するときに苦労することになるわよ。……だからといって今更普通の馬車に戻すかと言われたら無理なんだけれど」

「承知しております。私もご主人様方に不自由な生活をしてほしいとは考えておりません」

「それは有難いけれど……うーん。御者の訓練かあ。クランを作った以上、他のパーティと組む機会もこれから増える可能性があることを考えると出来るようになっておいたほうが良いのは確かだよね」

「そうね。特に今のトムたちのような立場だと、手が空いていると見るなり押し付けられる可能性もあるわ」

「それはこっちが許さない……と言いたいけれど、状況で許されないこともあるか。――寝ずの番の訓練はしているんだよね?」

「それは勿論です」


 ここでいう寝ずの番というのは夜通し運転できるようにするということではなく、御者をしている最中に眠ってしまうことが無いようにするための訓練のことだ。

 単調な風景が続くと、人は急激に眠気に襲われたりすることがある。

 さすがに魔物が出て来る世界だけにそんな緊張感のない御者をする者はほとんどいないのだが、それでも眠気に襲われるときは襲われてしまうものだ。

 そうした時こそ事故が起きやすいので、慣れておく必要があるというわけだ。

 

「寝ずの番の訓練という意味では、ある意味最高の環境ともいえるわよね」

「それは確かに、おっしゃる通りです」

「周辺の魔物の警戒もいらなくて、本当に手綱を握っているだけだからねえ。風景を見るのに飽きた頃が一番か」

「そうですね。私も危うく何度か落ちそうになりましたから、長距離移動が初めてのトムには辛いでしょう。だからこそ訓練になるのですが」


 笑い話のようにハロルドが語っているけれども、そんなことを話しているのはこの場にトムを含めた子供たちがいないからだ。

 訓練中のトムは当然として、オトとクファも外の光景が見たいと御者台に行っている。

 そのため大人組が集まって、お茶をしながら軽い雑談をしているというわけだ。

 最近ではハロルドも雰囲気に慣れてきたのか、こうした雑談にも応じるようになっていた。

 

 ハロルドは、締めるときは締めて緩めるときには緩めるという俺の方針を理解しているようで、トムへの教育もしっかりとその方針に従って行っている。

 ただし一応余所の家に執事として行くことがあってもいいように、そんな方針を認めているのは特殊な場合に限られていると釘を刺しているようだが。

 それに関しては後々困るのはトムなので、敢えてこちらからは何も言っていない。

 もっともトムを余所に出すことはよほどのことが無い限りはないつもりなので、その教えが役に立つかは分からないのだが。

 

「トムのことは良いとして、あの二人はどうなのでしょうか? 一応私も礼儀作法くらいはお教えしておりますが」

「オトとクファのことね。まあ、順調といえば順調だよ。子供らしく遊びの方に意識が向きやすいというのはあるけれど……あの程度は許容範囲内じゃない?」

「そうですか。……普通の孤児であれば必死になるはずなのですが、早くもダレ始めていますか……」

「良くも悪くも、だよね。特に魔力操作の訓練なんて単調で飽きやすいから仕方ない面もあるんだけれどね」

「確かにね。貴族の子供たちを見てきた私からすれば、むしろ頑張っている方だと思うわよ。魔力操作の訓練が一般的にならない理由の一つかもね」

「大人になる前に魔力操作の訓練に飽きて、効果を実感する前に派手な効果がある技に走りがちになるから基礎訓練は忘れられがちになるか……。あり得なくはないね」

「結局のところ目の前で効果があることを実戦で証明しないと駄目なんでしょうね。キラが私たちに対してやったように」

「それだと時間がかかりすぎるのがなあ……。まあ、それは仕方ないことか」

「本来なら秘匿してもおかしくはないようなことだからね。キラが必要だと思うのであれば、時間をかけてもやるべきなんじゃないかな」


 もし本気で魔力操作について教えるつもりだったら辺境伯と知り合った時点で教えておくべきだったのだろうけれど、あの時にはまだそこまで思いついておらず、後のごたごたで不信感がで来てしまったのでそれもできなくなってしまった。

 そもそも西欧シーオ地域にある国家は信用できる関係を築いてはいないので、パワーバランスを崩しそうなことを気軽に教えるつもりはない。

 その割にはカールを始めとした冒険者には教えているじゃないかと突っ込まれそうだが、そこはそれだと割り切っている。

 王家や貴族に教えると周辺に与える影響も多大なものになるが、冒険者はそこまで一気に広まるわけではないという理由もある。

 

 複数の王に教えることができれば互いにけん制し合うことになるので良いのかもしれないが、残念ながらそこまで都合のいい状況にはなっていない。

 いっそのこと元世界樹の精霊という立場を使って頭ごなしに伝えることも考えなくもなかったけれど、さすがにそれをするには早すぎる。

 それを選択肢の一つにするために、今こうして旅立っているということもある。

 そう。今目指しているのはユグホウラの本拠地であるホームであり、今もなお昔のままの関係が続いているというヒノモトだ。

 

 ヒノモトについてはタマモの影響が大きく以前と変わらないことも多いらしいけれど、全く変わっていないというわけでもない。

 特に国家の有り方については大きく変わっていて、以前は各豪族がそれぞれの土地を治めつつ周辺豪族との関係を作って行くという曖昧なものだったが、それが今では徳川の将軍のような存在がいるらしい。

 将軍は一周目の時には存在していなかったので、それがどういう形で各地に影響を及ぼしているかは分からない。

 眷属たちに聞けばすぐに教えてくれると分かってはいるけれど、敢えて聞かずに自分の目や耳で確かめていくことが大事だと考えている。

 

 ――と、そんなことは抜きにしても、今はヒノモトがどういう姿をしているのか見るのを楽しみにしている。

 ホームを目指したあとどこに向かうべきかは眷属たちの話を聞いてから決めようと考えているけれど、ユグホウラが広まるきっかけとなったツガル家がどうなっているのか確認してみたい気はある。

 できることならお家断絶なんてことにはなっていて欲しくはないが……政治形態も変わっているようなので正直残っているかどうかもよくわからない。

 いずれにしても久しぶりのヒノモトがどこが変わっていて、どこが変わっていないのか、しっかりと確認していきたい。




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m(__)m

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