(15)虎の威を借る狐?

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 今、目の前で不思議そうな顔をしているヒルダもそうだが、どうも辺境伯や国王まで一つ重要なことを忘れているような気がしている。

 もしくは気付いていても敢えて無視しているというべきか。

「ユグホウラから見れば、ノスフィン王国も他国の一つでしかないのですが? まあユグホウラは国じゃないと言われればそれまでなのですが、そもそも私はユグホウラに属しているのであってノスフィン王国の国民でも何でもないのですよ?」

 他国に影響を受けるという意味では、辺境伯に色々と贈り物をしている時点で既に受けているともとれる。

 ノスフィン王国側から見れば俺に対する他国からの余計な介入を避けたいと考えることは分からなくもないけれども、そんなことは俺にとってはどうでもいいことでもある。

 言外に何故ノスフィン王国の思惑通りに動かなければならないのかという意味を込めて言った言葉は、しっかりとヒルダに通じてくれたようだった。

「……この国に定住するつもりはないと?」

「元からそのつもりでしたが? 出来た縁をこちらから切るつもりはありませんが、だからといって無理して維持するつもりもありません。ここに残りたいと思う人たちまで無理に連れて行くつもりはありませんが、一緒に行きたいという人たちくらいは連れて行きますよ」

「待って。何故いきなり出国する話になっているのかしら?」

「おや。そういう方向に話を持って行ったのはあなたではありませんか。そちらが無理を通すというのであれば、こちらは躱すだけです。わざわざ付き合う必要もないのですよ」

 掛け値なしの本気の言葉に、ヒルダは何を考えているのか、ジッとこちらを見てきた。

 ちなみにヒルダは気付いていないのかもしれないけれど、アンネリは例の通信具を使って辺境伯へこちらの会話を中継している。

 あちらから言葉がないのはこの場をヒルダに任せているからなのか、それとも同時に国王へとつないでいるからなのかは分からない。

 

 ヒルダの表情からは俺のことを『虎の威を借りる狐』と見ているのか、単に虚勢を張っているだけの若造と見ているのかは分からない。

 どちらにしても今までの態度からみて、あまり高い能力を持っているとは考えていないだろう。

 特に意識をしているわけではないけれども、そちらの方が都合がいいのでそう思ってくれていた方が良い。

 ――のだけれど、折角の機会なので話の流れ次第ではちょっとした能力を開示していいとも考えている。

 

 俺がそんなことを考えていると、何故かヒルダはフッと余裕のある笑みを見せた。

「もしかして夫の介入を期待してそんな態度に出ているのかもしれないけれど、無駄だからやめておいたほうがいいわよ?」

「意味が分かりませんが?」

 唐突にそんなことを言ってきたヒルダに、本気で首を傾げることしかできなかった。

「今私がここにいるのは、あくまでも『激流』個人としてになるわ。……これが大人のやり方というものよ」

「……ああ。そういうことですか」

 要するにヒルダがヘディンで何をしようが、辺境伯家や王家は預かり知らないといいたいのだろう。

 そんなわけがあるか! ――と言ったところで、知らぬ存ぜぬを通してしまうことを出来るのが、国というものを背負っている者が持つ権力というものだろう。

 いわゆる『政治』という言葉が当てはまるやり方ではあるけれども、残念ながらそんな駆け引きをしようなんてことは全く考えていない。

 むしろこちらにとって都合がよさそうな展開になったことで、ヒルダ「さん」に感謝さえしたくなってきた。

 

 そんな心の内を見せないようにしながら、一応しかめっ面っぽい顔になって見せたがそれが意図通りに通じているかは分からない。

「それで『激流』さんは、個人的に動いて新しいクランを作ると?」

「そうなるでしょうね。既に子爵の『許可』はとってあるから」

 これが切り札だと言わんばかりのヒルダの表情にアンネリがハッとした表情になっていたけれど、そういうこともあるかと予想していたので特に驚きはない。

 むしろヒルダが言われるままの操り人形ではなく、きちんと自ら動ける能力があると証明してくれて助かった。

「――あなたは驚かないのね。『激流』の名を持つ私が、子爵の許可を得てクランを作るのよ?」

「何故、焦る必要があるのですか? 動いているのが国王である以上は、色々な作戦が練られると考えるのは当然ではありませんか」

 言外に今言われたことは想定済みだと言ったつもりだったが、ヒルダにはしっかりと通じてくれたようだった。

 

 眉を顰めていぶかるヒルダに、さらに畳みかけるように続けて言った。

「お言葉でがね、『激流』さん。たかがSランク程度の実力でこちらの動きを止められるとお考えでしたら、あまりに甘すぎるので考え直したほうがよろしいですよ?」

 ここで敢えて口にした挑発の言葉に、ヒルダはもとよりアンネリたちまで驚く様子を見せていた。

 Sランクを『たかが』といって喧嘩を売るような真似をしたのだから、この世界の常識としては当然の対応と言える。

「フフッ。これはまた随分な大言壮語を吐いたものね。パーティ単位でようやくBランクになった者が言っていいセリフではないわよ?」

 そう言いながら軽く威圧をしてきたヒルダに、敢えて普段使うことのない言葉遣いで答えを返す。

「直接対峙している相手の実力すらまともに見抜けていない未熟者なのに、何故駄目なんだ?」

 その言葉にすぐさま反応して何かを返そうとしたヒルダだったけれども、その先は言わせなかった。

 これまで身の内に留めていた魔力の『一部』を解放して、周りにいる人にだけ分かるように広げてみせたのである。

 

 それに対するヒルダの反応は劇的なものだった。

「なっ……!? こ、これはっ!!」

「何を今さら慌てているんだ。実力ある者がそれを見破られないように対策をするなんて、いくらでもやられていることではないのか? それもこっちだとこんなことすらできないのかな?」

「………………」

 内心で少し言い過ぎかなと思いつつも煽り文句を言い切ると、ヒルダは完全に黙り込んでしまった。

 一応こちらを睨みつけて来る程度の気概は残っているようだけれど、実力の差はこれだけで理解できているようだった。

 二つ名のある魔法使いだけに、今放たれている魔力を相手に悟らせないように完璧に制御できていたということがどういうことか、きちんと理解できているのだ。

 

 さすがにちょっといじめ過ぎたかと反省したので、威圧のために放った魔力はまた元通りに引っ込めて続けて言った。

「――まあ、そういうわけです。自分自身や今回頼ってくれた人たちを守るくらいの実力は持っているつもりです。もしそれさえも潰すおつもりでしたら、国をなくす覚悟で来てください」

「…………あなたは――それがどういう意味が分かって言っているのかしら?」

「当然ですよ。ああ、そうそう。――辺境伯、聞いていますね? 国王に伝言を願います。ノスフィン王国が本気で守護獣を失いたいというのであれば、今後もお好きなように動いてください――と」

 一応辺境伯が通信具の向こう側で話を聞き続けていることを前提に話しかけたけれど、直接の応答はなかった。

 実際には聞いていなかったとしても、この場にはヒルダがいてそこから話が伝わるはずなので、別に問題はない。

 

 ヒルダは、完全に未知のものを見るような顔になってこちらを見ていた。

「――お父様、お母様。ですからお止めくださいと申し上げたのです。これ以上は本当に言ったとおりになってしまいますので、お引き取りください。今一度、今後の対応を話合うことを願います」

 アンネリのこの言葉が最後のとどめとなって、ヒルダとその部下たちはほぼ表情をなくす感じでその場を去っていた。

 ほぼ脅しのような形になってしまったけれど、これで引いてくれればまだ一応の繋がりは残しておくつもりはある。

 

 さすがにこの段階になって国王側がクランを作るのを止めるなんてことは、全く考えていない。

 妥協点として、こちらのクランの存在を認めてくれるというのが落としどころになるのではないかと考えていた。




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m(__)m

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