(11)平行線

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「一応確認させていただきますが、辺境伯家が男爵家に釘を刺すという件は、当然辺境伯様もご存じのことなのでしょうか?」

 にらみ合う母子に割って入るように俺が口を開くと、ヒルダは何が言いたいという表情になってこちらを見てきた。

「当然でしょう? 貴族家の一員として動いているのだから」

「だとすると少しおかしいのですが、本当によろしいのでしょうか?」

「貴族家が利を求めて動くことのどこがおかしいのよ?」

「ああ。そこではありません。――そもそも国王の名の下に法を作ったのは、辺境伯との話し合いの結果生まれた対応策でした。そこには辺境伯家はこれ以上の口を挟まないということも含まれていたことは、ご理解いただけているのでしょうか?」

「さあ? 少なくとも私はそのような話は聞いていないわね。私が聞いているのは、故郷である同胞の孤児たちが危険にさらされそうになっているということよ」

「だとすると情報の齟齬がありますので、今一度確認を取られた方がよろしいと存じます。アンネリと同じように遠距離通話できる魔道具はお持ちなのでしょう?」


 それは疑問ではなくただの確認だったけれども、その意味はしっかりと通じたようだった。

 この場での議論を一旦引かせて、お互いに時間稼ぎをしたいという目論見を含んでのことだったのだが、残念ながらヒルダはここで引いてくれるような女性ではなかった。

 小さく首を傾げた後で、少しばかり不思議そうな顔になっていた。

 

「確かに持っているわよ? ですが、ここで使わなければならない理由は見つからないわね」

「お母さま!!」

 あくまでも知らぬ存ぜぬを通そうとしたヒルダだったが、ここでアンネリが珍しく怒りを孕んだ表情で母親を止めに入った。

 さすがにこの状況になってくると、俺がに介入する余地を与えていると気付いているのだろう。

「もうおやめ下さい。いくらお母様でも、辺境伯家を潰すことになるような権限は持ち合わせていないはずです」

「随分とおかしなことを言うのね。何故このようなことで、辺境伯家が潰れると? たとえ男爵への制裁が上手く行かなかったからといっても――」

「そうではありません。今、あなたのその言動が、ユグホウラを本格的に動かす可能性があると言っているのです」

「それこそ何を言っているのよ。確かに彼はユグホウラと取引ができるだけの繋がりがあるのでしょう。だけれど、だからといってこのようなことで一々――」

「……もういいです。これ以上言ってもらちが明かないということがわかりました。――お父様、よろしいでしょうか。緊急事態です」

 ヒルダとの話を打ち切ってアンネリが懐から取り出したのは、辺境伯と直接通信するための魔道具だった。

 

 ヒルダもその魔道具が辺境伯と通話するためのものだと気付いているらしいが、だからどうしたのだという顔をしている。

 その顔を見れば、未だに自分のしていることがどこに繋がっているのかわかっていないのだろう。

 それもある意味では無理もなく、俺とユグホウラの繋がりは単に商取引だけではなく、眷属たちとも深い繋がりがあることまで知らないのだろう。

 逆にアンネリはこれまでの経験で多くの眷属を動かせると理解できているからこそ、かなり慌てて辺境伯と連絡を取りはじめていた。

 

 ヒルダはそのアンネリの動きを全く止めようとしておらず、本気で辺境伯家のために動いているということがわかる。

 となるとこの件に関しては辺境伯も知っているということになり……いや。ここで結論を出すのはやめておくことにした。

 折角アンネリが連絡を取ろうとしているのだから、その話を聞いてからでも遅くはないだろう。

 辺境伯家の介入が確定した時点で今の俺の考えとは相いれないことになってしまうけれども、できればそうなってほしくはないところだね。

 

「――アンネリ、どうしたんだ?」

「お父様。お母様が到着されました」

「……ああ、なるほど」

 辺境伯の返答があるまでわずかに間があったように感じたけれど、それが何を意味しているのかまでは分からなかった。

 アンネリが使っている魔道具は声だけのものなので、残念ながら表情を見て考えを推察するなんてことはできない。

「なるほどではありません。このままでは折角の関係が切れることになるのですが、よろしいのですか?」

「待て。何故そうなる? 男爵の短慮で国王まで動くことになったのだ。それに対する措置は必要だろう?」

「そういう問題ではありません。これ以上、貴族が動いてサポーターが不利益になるようなことは止めてください」

「そうは言ってもだな……。このままだと男爵がクランを作ることになるのではないか?」


 その辺境伯の言葉を聞いて、ようやく何故こんなことをしようとしたのか理解できた。

 辺境伯自身の考えなのか、それともヒルダの考えが入っているのかは分からないけれども、辺境伯家としては男爵がこれ以上ヘディンで余計な動きをするのを止めたいのだろう。

 確かに端から見ればそのこと自体は悪くないようにも見えるけれど、サポーターとより近くにいて現実を見ていると違った見え方ができる。

 はっきり言ってしまえば、貴族の利権争いに巻き込まれて右往左往する羽目になるのはごめんだと言う意見が大半になるはずだ。

 

 そのことがアンネリにもわかったのか、きちんと言葉にして辺境伯に伝えていたが、それに対する返答は次のようなものだった。

「――不用意に動いてほしくないという理由はわかった。ヒルダはまだそこにいるんだな?」

「ええ。いるわよ」

「とりあえず早急に動くのは止めだ。ひとまず保留にして家としてどう動くべきか検討する」

 その言葉を聞いたアンネリの顔には、『検討』ではなく今すぐに止めてほしいと書いてあったがそれを口にすることはしなかった。

 ただしその代わりというわけではないだろうけれど、ひとまず引く気配を見せたヒルダを見てから通信具に向かってこう言った。

「お父様。言っておきますが、少なくともこの件で家と彼のどちらかを選べと言われれば、私は彼の方を選びます。できればそのことは忘れないようにしていただきたいです」

「……わかった考慮しておこう」

 半ば脅しのようなアンネリからの言葉だったけれども、辺境伯はここでもはっきりと断言するようなことはしなかった。

 

 たったこれだけのやり取りしかしていなかったが、もしかすると辺境伯は別の理由があってヒルダを動かしているのかもしれない。

 その理由が国王だったりそれに近しい権力者からの言葉なのかもしれないし、それ以外の誰かの可能性もあるだろう。

 国内でもそこそこの権力がある貴族家の当主が、今この場で決断できないとなると背後にそういった動きがあってもおかしくはないだろう。

 というよりも、むしろ今までの態度からすれば今回はいささか態度が固いような感じを受ける。

 

 ただでさえ貴族が絡んできて厄介だったこの件だけれども、もしかするとさらに諜報の手を広げなければならないかもしれない。

 最初はただのサポーターの問題に首を突っ込んだつもりだったのだが、それ以上のことに巻き込まれた気がしなくもない。

 とはいえ、ここで手を引くようなことはするつもりはない。

 当初に決めた通り、サポーターに降りかかりそうな不利益はできる限り排除する方向で動くつもりだ。

 

 通信具を介したアンネリと辺境伯の会話を面白くなさそうな顔をしながら聞いていたヒルダの顔を見ながらそんなことを考えていた。




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m(__)m

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