(10)小さな台風襲来

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 件のサポーターに対する事件……というか事故が起こってから既に数日が経っている。

 冒険者の間ではこの件に関する噂は、既に下火となっていて話に上がる事すら無くなっていた。

 ダンジョンでは日々それなりの数の冒険者が返らぬ人となっているので、サポーターの一人が大けがを負って善意の誰かさんに怪我を直されたという程度の噂ではそこまで関心をもたれることはないのだろう。

 というよりも未だに噂の火が消え去っていないのは、新しいクランを作ろうとしている例の冒険者パーティが関係しているからということがある。

 幸いだったのは、その冒険者パーティが戻ってきて清算した結果がいつもよりも若干稼げたくらいで大差がなかったという噂が出たことだろうか。

 これでもし五割以上の稼ぎになったとかであれば、改めてサポーターに注目が集まることになり、新しくできる予定のクランに入りたいという希望者が増えた可能性もある。

 その可能性が潰れたことでホッとしたのはいいけれど、まだまだ油断できる状況にはない。

 背後にいる男爵もまだまだ諦めていないようだけれど、こちらはまだ新しく施行されることになっている法の情報が入って来てないからだと思われる。

 

 俺たちもただ情報を集めたりしていただけではなく、一度だけダンジョンにも潜っていた。

 理由としては勘が鈍るからというだけではなく、いつも通りの日常を過ごすことにして相手にこちらの動きを気取られないようにするためだ。

 もっとも冒険者ランクがBになっているとはいえ、一冒険者の動きだけで自分たちがどうこうされるとは相手も考えていないだろうが。

 そもそも眷属から上がって来る情報でも俺たちについては注目すらしていないようなので、そこまで気を使う必要もないのかもしれない。

 

 とにかく来る法律の施行日までいつも通りの日常を過ごすようにしていたけれど、ここでちょっとした台風がやってきた。

 俺自身はその『台風』を見ても何も思わなかったのだけれど、その女性に対面したアンネリの顔を見れば何事も起こらずに終わるとは思えなかった。

 何の連絡もなしにいきなり俺たちの拠点を訪ねて来たその女性を見て、アンネリは非常に複雑な表情を浮かべながらこう言った。

「――お久しぶりです。お母様。このようなところで何をなさっているのでしょうか?」

「あら。本当に久しぶりなのに、いきなりご挨拶ね。娘の顔を見に来たという理由じゃダメ?」

「駄目とまでは言いませんが、お母様は辺境でやるべきことがあるのではありませんか?」

「たまには私も羽を伸ばしてもいいじゃない。それよりも、こちらの方が例の冒険者――キラ君ね」

 モルテの町にいた時には一度も顔を合せることのなかったアンネリの母親――ヒルダは、何やら意味ありげにこちらを見てきた。

 一応アンネリからは日常の話題として人となりは聞いていたけれども、実際に会ってみて受けた第一印象は『強烈』というものだった。

 

 ヘディンの町で『激流』の二つ名を得て一流の冒険者となったヒルダは、その容姿も相まって側室ではあるが見事に辺境伯夫人という席を見事に勝ち取っている。

 見た目だけでいえば、さすがに親子だけあってアンネリとよく似ているのだけれど受ける印象の強さでいえばヒルダのほうが上だと思える。

 アンネリの場合はどこか優し気な印象を受けることもあるからだろうけれど、やはり育ちが出ているのか教育の差なのか、もしかすると人生経験の差なのかもしれない。

 魔法使いとして名をはせているヒルダだけれども、見た感じではそれなり以上に近接戦闘も出来るだろうと思われる。

 

 こちらに視線を向けてきたヒルダに、俺は頭を下げて挨拶をした。

「初めましてキラです。いつもアンネリにはお世話になっております」

「お世話になっている……ね。どちらかといえば、お世話をしているのはキラ君じゃない?」

「お母さま!!」

「あらあら。ただの冗談よ」

 ヒルダの混ぜっ返しにアンネリがすかさず突っ込んだけれど、やはり一枚上手なのは母親の方に見える。

「もう。それよりも本当に何をしに来れられたのですか? まさかサポーターの件で来たのではありませんよね?」

「あの人から話を聞いてね。居ても立っても居られずに来ちゃったわ」

 改めてのアンネリの確認に、ヒルダは隠すこともせずにすぐに同意してきた。

 

 正直なことをいえば、この段階で辺境伯家の中でもある程度の権限のあるヒルダに混ざってこられると非常に面倒なことになると言わざるを得ない。

 もう既に新しい法律の施行は決まっていることで、たとえヒルダであっても止めることは不可能だ。

 それが決まっている以上は、既に俺たちに出来ることはほとんどないだろう。

 例の男爵の手が入ったクランができたとしても、法の通りに行動しなければならなくなり俺たちが懸念したことのほとんどは解消されてしまうからだ。

 

 そうなると何のためにヒルダがここに来たのかとなるのだけれど、恐らく男爵と同じようにサポーターに目をつけてのことだろうと思われる。

 しかもヒルダはこの町の出身で、冒険者として活躍してきた時にはサポーターの走りのような存在もいたはずで、その価値は俺たちと同等かそれ以上に知っていても不思議ではない。

 サポーターの扱いを規制するための法律ができたからこそ、大手を振って技術を持ったサポーターを辺境に連れて行くということをしてもおかしくはない。

 そのこと自体は当人が望むのであれば構わないし止めることもできないけれども、例の男爵やヘディン子爵をかき回すようなことをしてほしくはないというのが本音だったりする。

 アンネリとは既に辺境伯家に限らず他の貴族が介入して来ても、サポーターの利にならない場合は止める方向で動こうと話し合って決めていた。

 この場合は、ヒルダがサポーターをどうするつもりで動いているのか、あるいは別の目的があって来ているのかが問題になるだろう。

 

「その件に関しては、既に法が施行する方向で決まっております。今更何もできないと思いますが?」

「あら嫌だ。アンネリは折角のこの機会に、辺境伯家の者として利を求めないのかしら? それは貴族の家に生まれた者として失格では?」

「利と言われても……何をされるおつもりなのですか?」

「決まっているじゃない。まずは辺境伯家の名において、子供たちに無法を働こうとしている馬鹿な貴族を成敗するのよ。それに、辺境伯家の力を使って新しいクランを作るのもありね」

「クランを作るのは構いませんが、余計な波風はたてないでください。はっきりいえば、子供たちにとっても冒険者にとっても迷惑でしかありません」

「あら。無駄な犠牲を出さないように釘を刺すだけなのに、何故止めるの?」

「それは国王の名の下に出された法で決めることです。私たちがわざわざ動くようなことではありません」


 娘であるアンネリが諭すように言っているが、ヒルダの顔にははっきりと『それだとつまらない』と書いてある。

 それを見ただけでも辺境伯家の手の入ったクランを作る云々は建前で、本命は子爵と男爵のやり取りに一枚かみたいというところだろう。

 それだけヒルダ自身か辺境伯がサポーター価値を見出しているとも言えなくはないけれども、ここでさらに辺境伯家が絡んでくるとややこしくなりすぎるのでご遠慮願いたいのがこちらの本音だ。

 それはアンネリも同じ気持ちのようで、どうにか母親ヒルダの暴走を止めようと奮闘している。

 

 問題なのは母親という立場のせいなのか、あまりアンネリの言葉がヒルダに届いているような気がしないということだろう。

 ここはやはり他人である俺が動くべきだろうとヒルダの暴走に待ったをかけることにした。




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m(__)m

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