(3)不穏な動き

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 長い歴史を紡いできた貴族家であるなら当主と執事や家令たちとの間に齟齬は生じにくい。

 その家の当主となるべき子供たちを見てきているので、その家がどう行動するのかも分析しやすいからだ。

 勿論これは、当主になるべき嫡子が家を潰さない程度に能力があるという前提があるのだが。

 優秀な家令を輩出している家であれば、どんな愚物が当主になったとしてもそれなりに上手く御して仕えている家を潰さずに次の代まで守ることも出来るはずだ。

 中には強硬な手段を講じて当主を交代させるなんてこともあり得るのだろうけれど、それはあくまでも最後の手段だろう。

 それに逆説的になってしまうが、家中に不穏な空気を感じて暗殺なんかを未然に防ぐことができる当主は、それだけでも優秀といえる。

 この時代、自分自身の身を守って家を残すことができる力がある時点で、貴族家の当主としては合格点ともいえる厳しい世界なのだから。

 現代日本的な感覚を持っている俺としてはわかりずらいことではあるけれど、この世界に生きている以上はむやみやたらにそれらの考え方を否定するつもりはない。

 

 少し話が逸れてしまったけれど、ハロルドがこの時点であのような問いかけをしてきたのは、一応当主扱いとなっている俺の考え方を聞いておきたかったからだろう。

 これがもし代々家を紡いできたのであれば、先代から仕えてきた家令たちから話を聞いて推測することもできただろう。

 ところが俺の場合は家どころか親の存在さえいない(ことになっている)ので、そうした知識の蓄積が全くない。

 そのため少しでも俺の行動理念を知ったうえで、今後の働きに生かすつもりでのことだと理解している。

 

 距離を互いに縮めつついい関係になってくれればそれで構わない。

 そんな感じでオトとクファに魔法の基礎を教えたりダンジョンに潜ったりする日々を過ごしていた。

 そんな日常に変化が起こったのは、二回目の合同探索から戻ってから十日ほどが経ってからのことだった。

 その情報は、何とも言えない表情をしたカールからもたらされることになった。

 

「――サポーターの運用に貴族家の手が入りそうってこと?」

「ああ。どうもトムの件で本格的に目をつけたらしいな。とはいえあの孤児院じゃなく別のところに話を持って行くのがさすが貴族だというべきだろうか」

「それくらいの情報集めはしているってことか。それともかく、それって許されるの? ヘディン家が黙っていないんじゃ?」

「そのあたりはさすがに分からないな。既に両家の間で話がついているかもしれないし、そうじゃなかったら面倒なことになりそうだが……」

 そう答えたカールの視線は、アンネリへと向いていた。

 正直なところ貴族同士の関係はそれ以外の者たちにとっては複雑すぎて、いまいちよく分からないところがある。

「領民に他家の人間が手を付けたらさすがに怒ると思うけれど……こう言っては何だけれどスラムをうろついているような子供たちでしょう? どこまで守ろうとするかは領主次第よ」

「……正直、期待できないか」

「あれ? でもサポーターの活動は領主に認められているんじゃなかったっけ?」

「認めるというか、黙認しているというのが近いだろうな。領主が直接何かされたことは一度もないはずだ」

「そうなるとあっさりと他家の介入を認める可能性もある、か」

 

 本来無頼者であるはずの冒険者が職として認められているのは、冒険者ギルドという存在があるからこそだ。

 それに対してサポーターは、正式に属している組織がないためお手伝いの小遣い稼ぎ的な扱いにしかなっていない。

 それがもしどこかの貴族家で認められるというのであれば、それはサポーターを職として考えている者にとってはありがたいことといえる。

 ただしその前提として大事なのは、信頼できる貴族家に認められるということだろうか。

 トムの時のように、ただ単に使い潰されるような使い方をされるくらいなら今の中途半端な状態を望む子供も多いはずだ。

 せっかくいい意味でも悪い意味でも安定して運用できているところに、貴族という不確定要素が加わるとどうなるのか分からない。

 カールが戸惑った様子で話をしているのも、そういうことがあるからだろう。

 

 そんなカールに俺の横に立っていたハロルドが問いかけた。

「質問ですが、カール様はご主人様にどうして欲しいのでしょうか?」

「それな。正直なところ俺も分からん。というと無責任に聞こえるかもしれないが、そもそも手を入れてきている貴族家が何をしようとしているのかが分からないからなんとも言えないというのが本音だな」

「あまりに唐突過ぎて相手が何をしようとしているかも分からないってことか」

「そういうことだ。……できるならこういうことに目をつける貴族家がどういう行動を取るのか分かればとも考えていたんだが……」

 そう言ったカールの視線はアンネリへと向いていたので、何を期待しているかは考えなくてもわかった。

 

 そのアンネリは、首を左右に振ってからこう答えていた。

「さすがにこれだけの情報だと何とも言えないわよ。それにヘディン家との関係も分かっていないのでしょう? 私としてはそちらのほうが気になるわね」

「それもあったか。変なことになりそう?」

「変なことというのが具体的に何に当たるのかにもよるけれどね。はっきりいえば、私はヘディン子爵と会ったことすらないからどうなるかは分からないわ」

「俺としては孤児などどういう扱いをされても構わないという考え方がされなければそれでいいんだがな」

 実感の伴ったカールの言葉にふと疑問がわいてきた。

「過去にヘディン家の人間がそんな扱いをしたってこと?」

「いいや。少なくともこの町では聞いたことがないな。ただ元孤児はこの町に沢山流れて来るからな。そこからの情報だ」

「それを聞くとヘディン子爵は大丈夫そうな気もしてくるけれど……油断はできないか」

「利があれば、どんなことでも動くのが貴族だろうからな」

 その言葉を聞くだけで、カールが貴族に対してあまりいい印象を持っていないことはわかる。

 もっともそれはヘディン家に対してのものではなく、一般的に語られている貴族のイメージによるものだと思う。

 

 アンネリも貴族が利を第一に動くものだと分かっているためか、同意するように頷いている。

「そもそもサポーターで稼げると分かっていれば子爵が動くと思うのだけれど……昔にヘディン家が動いたということは無いのかしら?」

「いや。それなら最初の頃にはあったそうだぞ? あまり上手く行かなくて数年で手を引いたらしいが。黙認状態になっているのもそのことがあったかららしいな」

「なるほどねえ。そうなると益々分からなくなってきたわね。他家の手が入って上手く行っても面白くないだろうし……やっぱり今のところどちらにも転ぶ可能性があると思うわ」

「やはりそういう結論になるか。今の情報だけでどうなるかを知ろうとするのは無謀だったな。スマン」

「いいのよ。むしろこの時点で知ることができてよかったわ。お陰で決定的な状態になる前に動けそうだし」

「……いいのか?」

「いいのよ。こっちはこっちで事情があるしね」

 

 そう言いながらこちらを見て来たアンネリは、既に俺が孤児の子たちがあまり不幸な目にあってほしくはないと考えていることをお見通しのようだった。

 そもそもここで孤児たちを見捨てられるのであれば、トムを助けるために動いたりはしていなかった。

 何やら孤児たちに対する不穏な動きがある以上は、既にできる限りのことはやっておきたい。

 既に頭の中ではユグホウラの情報部隊を少数でも動かすことも考え始めていたので、アンネリのその考えは見事に当たっているのであった。




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m(__)m

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