(2)トムの教育
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
< Side:キラ >
無事に……というとおかしいかも知れないけれど、トムが奴隷として引き取ることになった。
かかった金額に関しては、広場にある拠点に保管しておいた俺個人の資産を使っている。
もっとも一周目の時の儲け(?)は、そこまで厳密に個人とユグホウラを分けていたわけではないのだが。
むしろ眷属たちはいくらでも持って行ってもいいと考えているようで、それを俺自身で止めていたというのが本当のところだったりする。
いずれにしてもトムの購入にかかった金額はどこかからの借金とかではなく俺個人のものなので、周りからとやかく言われるようなことはないはずだ。
それでも何かしらいちゃもんをつけて来るかも知れないが、その時はその時になって対処するしかない。
というわけでトムを奴隷として引き取ったわけだが、俺としては特に奴隷としての立場を強制することなくごく普通に過ごしてもらうつもりでいた。
ところが、それに対してアンネリとカールが少し慌てた様子で止めてきた。
「気持ちは分からなくはないが、止めた方がいい」
「そうね。余計なトラブルを背負いたくないのであれば、止めておいたほうがいいわ」
「えーと、どういうこと? 奴隷をどう扱うかは主人の勝手なんじゃ?」
不思議そうに俺がそう問いかけると、何故かカールが意味ありげな視線をアンネリへと向けていた。
「キラは、こういう人なのよ。変なところで常識が無くてね。――それはそれとして、今は奴隷の話よ」
「そうだな。別に奴隷を動物のように扱わなければならないと言っているわけではない。ただその身分にあった扱いをしないとトムのためにならないんだよ」
「えー……ちょっと意味が分からないんだけれど?」
素直に謝罪しつつそう聞くと、アンネリとカールがきちんと説明をしてくれた。
この世界の西欧地域では奴隷が当たり前のように存在しているだけではなく、身分制度がしっかりと根付いている。
奴隷もその中に含まれていて、ふさわしい態度で接していないと勘違いしてなめた態度を取ってくる者がいるそうだ。
それは俺に対しても勿論のこと、トムに対しても同じだという。
そもそも購入した奴隷に対して人として扱わなかったりした場合、主人にある立場は周囲から白い目で見られることになる。
それと同じように、奴隷に対して主人が平民やそれ以上の身分の者と同じ態度で接していると、周囲の者が奴隷ではないと思い込むことがあるそうだ。
例えばトムの場合は俺の奴隷になっているが、それは一種の身分の鎧のようなものであって、それにふさわしい態度を取っていればちょっかいをかけられることがなくなる。
逆に同等の態度を取ったりしていると、適当な態度をとってもいい相手だと思われることになる。
奴隷などいなかった日本で暮らしていた俺からすれば「なにそれ」と言いたくなるような感覚で、話を聞いてもいまいち意味が分からなかった。
「……えーと。ぶっちゃけて言うと、奴隷を奴隷として扱わないと平民以上の人たちがトムに対して嫉妬とかをしたりすると?」
「あー、まあ、なんだ。そういうことも含まれているということだな」
「あなたの場合、そんなものは無視をすればいいと思うかもしれないけれどね。もしそれを実行するなら奴隷制度そのものを変えたりする覚悟がいるわよ?」
「……貴族なりなんなりがいちゃもんをつけて来るとか?」
随分と大げさなことをと言いたかったのだが、アンネリは真面目な顔で頷いていた。
「そういうこともあり得るわね」
「…………面倒くさいなあ」
「だろ? だからそれなりの態度はさせておいた方が良い。お前のためにもトムのためにも、だ」
過去、身分によってファッションが違っていたのは、着ているものによって一目で身分が分かるようにしていたという考え方がある。
それと同じように、身分にふさわしい態度を取っていなければ、それはそのまま他の反発を招く恐れがあるということだ。
勿論そんなことは気にせず、好きなように扱うのも有りだが、その時は俺が周囲から余計な反感を買うことになるそうだ。
その反感は、そのまま先ほどアンネリが言ったように「奴隷制度を変える気があるのか」という俺からすれば大げさな表現に繋がるわけだ。
正直言って面倒くさい。
非常に面倒くさいのだが、よくあるように周囲の評判など気にせず、自分のやりたいようにする……わけにもいかない。
はっきり言ってしまえば、ユグホウラの力を使えば自分の我がままを通すことはできるだろう。
ただそれをすれば、今以上に俺とユグホウラの関係を明らかにしなければならないだろう。
色々と考えているせいで百面相になっている俺に、アンネリがことさら明るめにこう言ってきた。
「トムが将来どうなるかは分からないけれど、上の身分の人間に対する訓練だと思えばいいんじゃない?」
「そうだな。とりあえず外向け用にうちでも訓練していると考えればいいだろう。外で確実に奴隷としての態度が取れるようになれば、内での扱いを変えればいい」
「あー。なるほど。外向け用の訓練だと思えばいいのか。……そのままなし崩し的になりそうな気もするけれどね」
「その時はその時よ。どちらにせよ、最初から崩れた態度で接するのは駄目。たとえあなたが良くても」
「そういうことだな。どちらかといえば、トムのために慣れてもらうしかない」
何かうまい具合にやり込められたような気がするが、トムのためだと言われればこちらの思惑を強制することはできない。
そもそもトムに今まで通りの態度を取ってもらうということは、別に何が何でもそうして欲しいというわけでもない。
そんな気持ちで俺があいまいな態度を取るくらいなら、最初からしっかりとした言動を教えるようにしたほうがいいということだろう。
奴隷に対しては中途半端な態度が一番駄目だと諭されて、結局トムにはそれなりの態度を取ってもらうことになった。
一応トム自身にも確認をしたが、最初からそのつもりだったのか「当たり前だろう」という顔をされてしまった。
そこまで周囲を固められてしまうと、俺としてもそれ以上の反論をすることができず、むしろとある案が浮かんできた。
「……どうせ畏まった態度を取られることになるんだったら、いっそのこと振り切ってみる?」
「どういうことよ……?」
「いやまあ、振り切るというのは大げさだけれど、貴族の使用人とかになってもおかしくないような言動を取れるようになってもらうとかね。その辺りは、アンネリが詳しいんじゃない?」
「それはまた、本当に振り切ったわね。でも悪い考えじゃないと思うわ。私が教えることになるのは別にして」
「いや。どう考えても俺よりもアンネリやヘリの方が詳しいよね」
「ヘリもそっち方面はあまり……よね。いっそのこと本格的に呼んでみる?」
そう言いながらアンネリが悩む様子を見て、カールが「どう考えてもやりすぎだ」と頭を抱え始めた。
もっともトムに教育をすること自体はそれこそ主としても権限の範疇内なので、誰にも文句はつけられない。
元孤児の奴隷にそこまで教育を施そうとする者は、よほどの事情がない限りはまずいないというだけのことだ。
これならトムのためにもなるし、俺自身も無理やり態度を変えさせているわけではないという言い訳に出来るので、精神を削られることも少なくなるはずだ。
というわけでトムの言動については、しっかりと「教育」していく方針に決まった。
その方法についてはこれから細かいことを考えなくてはいけないが、とにかく何とか方向性は納得できるところに着地することができた……はずだ。
§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§
キラを納得させるための回でした。
是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます