第5章

(1)決意

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 < Side:とある男爵 >

 

 ある家令からの報告に、思わず眉を顰めてしまった。

「――どういうことだ?」

「どうやら別の奴隷商人の介入があったようで、競売になりそのまま負けたようです」

 その報告は、目をつけていた冒険者グループから頼まれてある奴隷を手に入れるために名を貸したことの結果だった。

 だが楽に手に入るであるはずだったのその奴隷は、どこかから邪魔がはいって手に入れることができなかったらしい。

 

 そのこと自体は大した問題ではない。

 奴隷の一人や二人、いつでも手に入れることができる。

 しかも今回は我が家で使う奴隷ではなく、冒険者が欲しがっていた奴隷なので手に入らなくとも大した痛手になることではない。

 問題なのは、我が家が関わっているにも関わらず別の奴隷商人の手が入ったというところだ。

 その奴隷商人も我が家が後ろにいることは知っていたはずなのだが……いや、もしや知らなったのか?

 

「我が家の後ろ盾があることを知らなかったのか?」

「そういうわけではなさそうです。ただ別の貴族家の介入があったようです」

「……どこだ?」

 わずかに不快なものを感じたが、ここで激昂して取り返しのつかない状態になっては意味がない。

 我が家も貴族家とはいえ、所詮は一男爵家でしかないことは嫌というほど理解している。

「……こちらで調べた限りでは、辺境伯家のようです」

「何……!?」

 家令の口から意外な名前が出てきたことで、思わず驚きの声を上げてしまった。

 辺境伯家はその名の通り辺境を収めている貴族だが、その名の通りに辺境に籠っている家ということで有名なのだ。

 

 驚きが通り過ぎると次は何故ここで辺境伯家が介入してきたのかが気になってくるのは当然であろう。

「――ダンジョンをウロチョロしているただの孤児だと聞いていたが、どこかの遺児であったか?」

「いえ。そういうわけではないようです。ただその孤児がたまたま辺境伯家と繋がりがあったようです。――詳しくはこちらを」

 そう言って差し出してきたのはメモ書きのような小さな紙だったが、そこにはことの経緯が簡単に書かれていた。

 報告書形式になっていないのは、そこまでする必要がないと考えたのだろう。

 中身を確認してみれば、確かにそこまでする必要がないと分かった。

 

「――辺境伯の庶子が冒険者か」

「親しい者たちにとっては割と有名な話のようです。先日は婚約破棄もされたようで、そこで知られたということもありますが」

「ああ。あの話か。それならば儂も知っているが……それにしてもまだ冒険者を続けておったとは。共におるという者たちは?」

「そちらはまだ調査中です。あまりよくわかっていないというのが現状です」

「ふむ。行動を共にするのを許している時点で何かがあるとは思うが……慎重に調べるように。それからあの冒険者どもには、先走りをして余計なするなと釘を刺しておけ」

「畏まりました」

「それでも動くようならさっさと切り捨てろ」


 あの程度の冒険者などはいて捨てるほどいるので、今更切ったところで痛くもかゆくもない。

 それなりに金の融通をしたりはしたが、辺境伯と敵対することになるよりははるかにましだ。

 それよりも気になるのは、このタイミングで関わることになった辺境伯の娘がいる冒険者グループか。

 辺境伯の意図をもって動いているのかは分からんが……探りは入れておかねばなるまい。

 

 もし何かしらの意図があるのであれば……そして先んじてそれを知ることができれば、我が家が優位にたつことができるかもしれん。

 それで辺境伯家から何かしらの利を引き出すことができれば、我が家も多少なりとも贅沢ができるようになるだろう。

 わがままな冒険者どものどうでもいい願いと捨て置いたが、これは中々面白いことになってきた。

 そのためにも、まずは辺境伯の意図を知ることが必要になる。

 

 残っていた家令にそのまま件の冒険者への探りを続けるように指示をしておき、あとは結果を待つことになった。

 これで辺境伯との繋がりが我が家に出来るのであれば、あの使えない冒険者を使っていた意味も出て来るというもの。

 油断はできないが、我が家も運が向いてきたと笑いが込み上げてくるのは致し方のないことであろうか。

 

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 < Side:トム >

 

 あの兄ちゃんが俺のご主人様になった。

 それはいい。むしろ良かったとさえ思っている。

 本来であればあのバカ冒険者たちに使い捨てにされるところだったところを助けてもらえたのだから。

 元はといえば、俺がドジったのがいけなかったんだ。

 それをあれだけの金で俺を買ってくれた兄ちゃんには、感謝しかない。

『商品』としてあの場に立たされていた最初のうちは絶望なんかもあったけれど、どんどん釣り上がっていく聞いたこともない金額にそれどこではなくなっていた。


 最終的に金額が決まった時には、あまりのことに思わず倒れそうになってしまった。

 それでもどうにか意識を保っていられたのは、あの兄ちゃ……ご主人様がご主人様だと確定したからだ。

 俺の扱いは奴隷は奴隷でも借金奴隷で、借金と奴隷として買われた購入費用さえ払えば奴隷からは解放される。

 詳しいことはあまり分からないが、俺みたいな特殊な方法で買われた場合は購入費用分はやすくなるらしい。

 それでも一生かかっても払いきれなそうな金額だということはわかっている。

 だからこそお先真っ暗だと考えてもおかしくはないのだが、あまり落ち込まずに済んでいるのは買われた相手があのご主人様だからだろう。

 

 ご主人様に渡される前に、奴隷としての証である焼き印はしっかりと押された。

 それすらもご主人様はいらないと言っていたのだけれど、さすがにそれは駄目だと商人と姉ちゃんに止められていた。

 俺としては焼き印でいたい思いをしたくはないと思って黙っていたけれど、もしこれが他人事であれば同じように止めていたと思う。

 それくらい焼き印の持つ意味は重要で、いくら主人となる願いであっても押さないという選択肢はない。

 それはきちんと理解できていたので、ご主人様からいいのかと問われた時にはしっかりと頷き返しておいた。

 ここで俺が拒否すれば、ご主人様に迷惑をかけることになるのは理解できていたから。

 奴隷としての立場については、俺が正式な奴隷となるまでの間にしっかりと奴隷商人から教え込まれている。

 

 ご主人様には、危なく使い捨ての道具にされそうになったところを助けてもらった。

 本来では関わるはずがなかったところを、カール兄が話をして動いてもらえることになったそうだ。

 そのカール兄からは、ご主人様が困ったことになったらいつでも助けるように動くと言われている。

 ご主人様はその意味はあまりよくわかっていないようだったが、俺にはわかった。

 

 カール兄は、今この町にいる孤児の中で一番の出世頭と言われている。

 この町では孤児の繋がりはかなり強く、色々な形で助け合ったり情報の受け渡しをしたりしている。

 けれども孤児が奴隷になることは珍しいことではなく、カール兄たちは俺のためだけに多くの金を払うことはできなかった。

 それは予想していなかったので構わないのだが、まさかご主人様を動かすとは思わなかった。

 

 とにかくカール兄が動くといえば、この町にいる多くの元孤児たちが動いてくれるはずだ。

 そのことを理解しているのかいないのか、ご主人様は曖昧に笑ったままだったけれど。

 俺もまずはご主人様のためになるように、しっかりと働くことにするんだ。




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是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

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