(11)やきもき辺境伯 その3

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 < Side:辺境伯 ヨエル・アルムクヴィスト >

 

 その日、いつものように領内に関する事務処理をしていると、屋敷の管理をしている執事の一人が慌てた様子で部屋に入ってきた。

「へ、辺境伯様! こ、こちらをご覧ください!」

 普段にはないような慌てた様子に私の傍で事務仕事をしていた執事長が、眉をひそめながら苦言を呈していた。

 それに対してその執事は慌てて謝罪していたが、持っていた手紙らしきものはしっかりと私に渡してきた。

 封を破って中を確認すると、中には二枚の便せんが入っていた。

 どちらもアンネリと共に旅をしている例の男からであり、その内の一枚目は先日名を貸したことに対するお礼の文面が書かれていた。

 そのこと自体は特に問題はなかったのだが、問題は次の便せんに書かれている内容だった。

 その中身は辺境伯家の名を借りたことに対する返礼の品であり、そのこと自体はよくあることなので問題ではない。

 問題なのは、そこに書かれている品物と量だった。

 

「……品物は届いているのか?」

「は、はい! 検品のために蔵にあります!」

 めまいがしそうなところを何とか意思でこらえつつ、未だに執事長からお小言をもらっていた執事に確認をするとすぐに答えは返ってきた。

「すぐに向かう」

 私がそう言うと、その執事はあからさまにホッとした様子になっていた。

 その執事と私の様子を見て執事長が首を傾げていたが、すぐにその理由は判明することになるだろう。

 

 私と執事の様子を見て不思議そうな顔をしている執事長と共に蔵に向かうと、そこでは幾人かの小姓たちが物珍し気にとある荷物を囲んでいた。

 それを見て、執事が慌てた様子で怒鳴り散らしていた。

 彼はそれらの荷物の中身が何であるのかわかっているので、何かの拍子に壊されたりしたらたまらないと考えたのだろう。

 その気持ちは私もよくわかるので、執事が小姓たちを散らすのを黙って見守る。

 

 そしてその荷物を一瞥してから、私は執事に向かって聞いた。

「――ここにあるのが全てか?」

「い、いえ! 酒に関しては既に地下へと送っております」

「そうか。それはよかった。……それにしても量が量だな。どうしたものか……」

「辺境伯家様。こちらは……?」

 辺境伯家に送られてくる心づけなど珍しくないことなので、執事長が相変わらず意味が分からないという顔でこちらを見てきた。

「これはな。アンネリの件で送られてきたお礼の品だ。ここにあるのはユグホウラのスパイダーシルクだ。糸と反物両方あるそうだな」

「なっ……!?」

 私の説明を聞いた執事長は、感情をあらわにしながら小山になっているそれらの品を見た。

 彼の感情の中に恐ろしさのようなものが混じっているように見えたのは、決して気のせいではあるまい。

「ついでに言うとここにあるのは半分で、残りは冷蜂蜜酒クールミードもあるそうだ。量もここにあるものと同じくらいだと書かれていたな」

 そう付け加えると執事長は様々な感情を通り越してしまったのか、完全に無表情になった。

 

 ユグホウラが作っているスパイダーシルクと蜂蜜酒は、この辺りでは天井知らずの値がついていることで知られている。

 どちらの品も品質は勿論のこと希少価値という意味で、各国の王たちが喉から手が出るほどに欲しがる商品なのだ。

 そこまで天井知らずの値がつけられているのにはちゃんとした理由があって、人族が使うものとしても勿論のこと、各国にいる守護獣が欲しがるという代物なのだ。

 勿論守護獣によって趣味趣向は違っているようで好みの差はあるらしいのだが、この二つの品に関してはどの守護獣も欲しがる品物となっている。

 基本的に魔物であるはずの守護獣が、蜂蜜酒はともかく何故スパイダーシルクを欲しがるのかは分からないが、共通してほしがっている以上は何か理由があるのだろう。

 研究者によってはスパイダーシルクに含まれている魔力が関係しているのではと言われているが、正確なところはわかっていない。

 

 守護獣様方の趣味趣向は横に置いておくとして、今は送られてきた品々の処理が問題だ。

「一応聞くが、酒は例のものの中に入っているんだな?」

「は、はい! 一つ一つ確認いたしましたが恐らく間違いございません。中身は……操作を間違うのを恐れてしっかりとは確認できておりませんが」

「それでいい。間違ってもこちらで開けるような真似をするな。……いや。一つくらいは確認のために開けても構わぬか」

「……よろしいのですか?」

「構わない。というよりも開けないと先方に対して無礼をすることになるだろう。一応、私に向けての返礼品だけにな」

 気持ちとしては送られてきたものすべてを王家にそっくりそのまま送り付けてやりたいところだが、そういうわけにもいかない。

 中身はともかく送られてきた趣旨は私に対する礼なので、少なくとも半分は残しておかないといけないだろう。

あの冒険者キラは、私がこうなることを見越して送ってきたのか、できれば目の前で会話をしながら真意を確認したいところだ。


 とはいえあやつらはヘディンの地にいるので、そうそう簡単にはいかないだろう。

 身分を使って呼び寄せることは可能だろうが、それに対する心証はあまりよくないものになってしまうはずだ。

 ……主にアンネリが。

 頭が痛いところだが、身分によって自由な行動を制限されると不機嫌になるのは昔からのことなので、それだけは避けなければならない。

 

「――とにかく、虫食いだけは起こらないのように、厳重に保管しておくように。これらをどう扱うかを決めるのには時間がかかる。……王ともしっかりと話さないといけないだろうな」

「そのほうがよろしいと存じます」

 独り言のように呟いた最後の言葉は執事長の耳に届いたようで、しっかりと頷いていた。

 これだけのものを独占して動かそうとすると各方面からの面倒事が増えるのは間違いないので、王家を巻き込んでしまうのが一番早い。

 

 王への連絡はどうするべきかと頭を悩ませつつ、私たちは地下にある保管庫へと向かった。

 そちらには冷蜂蜜酒があるので、一応この目で確認しておきたいと考えたためだ。

 そしてそれらが治められている保管庫へと着くと、スパイダーシルクの時と同様に軽くめまいを起こしてしまった。

 これだけの量を一体どうやって運んできたんだと思うほどに、問題の物が山と積まれていた。

 

 冷蜂蜜酒は、中身の酒自体もさることながらそれらを収めている容器も価値が高い。

 冷蜂蜜酒はその名の通り冷やして保存しておかなければならないのだが、それを保存する容器はユグホウラ独自の技術で作られていてしっかりと中身が保存できるようになっている。

 以前から各国でその技術を盗もうと様々な研究が行われてきたが、未だ成功したという報告は上がっていない。

 まさしくユグホウラを代表するような魔道具の一つであり、道具としてだけではなく研究対象としても天井知らずの値がつけられている代物だったりする。

 

 そんな宝の山といってもいい冷蜂蜜酒が山となって積まれている状況に、既に一緒に着いて来ていた執事長は考えることを放棄してしまったように見える。

 出来ることなら私もそうしたいところだが、最終的に決定しなければならない身としては、同じように現実逃避するわけにはいかない。

 とてもではないが名を貸しただけで送られてくるようなものではない品々に、どうやって件の冒険者に対応すればいいのか。

 ……頭が痛くなってくるな。



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※これにて第4章は終わりになります。

第五章開始ですが、ストック調整のため三日ほどお休みしてからの更新再開になります。申し訳ございません。

(言い訳:さすがに連日暑すぎて中々執筆が進まず……)


※※レオが名前被りしていたので、人族のレオの名前を「トム」に変更しました。

詳しくは前話のあとがきをご覧下さい。


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m


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