(10)入札

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 俺たちの――より詳細にいえば、辺境伯の後ろ盾があるアンネリからの依頼を引き受けたガイオは、その日のうちに動き始めた。

 まず打った手は、トムを預かっていることになっている冒険者ギルドに赴いて、正式に奴隷として引き受けたいと名乗りを上げた。

 これによりこれまで一人しかいなかった奴隷商人との繋がりが二つになり、もとの奴隷商人は好きなようにトムを売り買いすることができなくなった。

 正式に奴隷になる前の状態であれば、複数の奴隷商人が買取を希望した場合には奴隷商人同士の交渉によってその奴隷を買い取る権利を得ることになる。

 いわば奴隷商人同士で入札をするようなものだろう。

 ただし手に入れる奴隷が珍しかったり元の地位が高くて値が上がりそうな奴隷の場合にはそうした事例が発生することもあるのだが、ただの元孤児であるトムのような立場の者に使われるような制度ではない。

 とはいえ元の身分に関わらず同じ制度を使えることには変わらず、ガイオはそれを利用してこれまでの流れを無視して横から口を挟んだことになる。

 そういうと聞こえは悪いが、そもそもこの制度……というか暗黙の了解は奴隷商人同士の関係でできているものなので、ほぼ間違いなくトムを入札する権利ができると言っていた。

 

 ――そして入札日当日。

 こういうと本当にトムを『モノ』扱いしているようで嫌になるが、実際俺以外はそう考えているのでどうすることもできない。

 奴隷制度そのものをなくしたり内容の変更をしたい場合は、どこかの国でそれなりの立場を得なければならないが、そんな面倒なことをと考えている俺には文句を言う資格もない。

 ユグホウラの力を使えばなくすこともできなくはないだろうが、そこまでするつもりがない時点で奴隷制度を容認していると言われても仕方ないのかもしれない。

 言い訳のようになってしまうが、奴隷解放に関してはこの世界の住人自らにやってもらいたいという考えもある。

 ……のだけれど、プレイヤーの中には奴隷制度をなくそうと動いている者もいるので、やっぱり言い訳でしかないだろうか。

 

 という自戒はともかくとして、今は目の前にいるトムを助けることが一番の目的になる。

 奴隷制度をなくそうと動いてはいないが、自分の目と手が届く範囲で助けられるのなら助けておきたいというのは嘘偽りのない気持ちだ。

 そんな言い訳をしつつ、目の前で行われようとしている入札に目を向けた。

 既にトムは姿を見せていて、パンツ一丁で何人かいる『お客』の前に姿をさらけ出していた。

 見た感じ体のどこにも傷などは見当たらないので、そこは安心できる材料の一つといえる。

 

 入札会場に複数のグループがいるのは、ガイオが交渉でそうするように言ったからだ。

 そもそもガイオが動かなければ入札にはならなかったのだろうが、さすがに商売に関しての嗅覚が鋭い商人たちは、折角の機会だからと動いているようだった。

 もっともそんな商人たちは、すぐに入札から外れていった。

 すでに、俺たちの依頼で動いているガイオともともとトムを手に入れようと動いていた奴隷商人の一騎打ちになっているのだ。

 その金額は既に元孤児のただの男の子に対する金額にはなっておらず、第三者的になっている他の奴隷商人たちは固唾をのんで勝負の行方を見守っていた。

 中には何がどうなってここまで高額になっているのかわかっていないような商人もいるようで、そんな彼らにはもう少し情報収集をするように言っておきたい。

 

 トムに対する値段は、既に冒険者として中級ランク(C、D程度)で活躍して奴隷に落ちた者程度まで上がっている。

 サポーターとしてそこそこ名が知られているとはいえ、孤児に対する値段でないことは周りにいる他の商人たちの顔を見れば明らかだ。

 ついでにいえば、ガイオに対抗して入札している奴隷商人とその周りにいる冒険者たちの顔色もあまりよろしくないことになっていた。

 入札相手に予算がばれるような態度を取って大丈夫なのかと思わなくもないが、そもそも現在の値段の方が異常なので仕方ないと言えるのかもしれないが。

 

 もっともトムの対する値段が常識外れになっていたとしても、こちらが手を抜くことは消してない。

 ガイオに対してはいくらかかってもいいと言ってあるし、事前にそれなりの額の金貨も見せている。

 はっきり言ってしまえば、今動いている金額などはした金と言えるくらいの予算をガイオには提示している。

 それがあるからこそ、ガイオも余裕を持って入札できているのだろう。

 

 そしてついに、入札金額が元Bランク冒険者程度の額になったところで最後までせっていた奴隷商人が手を上げなくなった。

 傍にいる冒険者たちは声を上げているが、奴隷商人はそれに答えることなく首を左右に振っている。

 その顔を見れば既に予算をオーバーし切っているのは、誰の目にも明らかだろう。

 値段が最終決定になった段階で他の商人たちから「オー」という声が上がったが、それは想像以上の値段がついたことによる賞賛のようなものも混じっているようだった。

 

 とにかくこれで、トムは奴隷として俺の元に来ることが決まった。

 彼の引き取るために競売人の元へと移動している時に、ガイオはこちらを見ながら周囲に聞こえないようにこう言ってきた。

「――あの競っていた者たちだけではなく、他の商人にも目をつけられることになりましたな」

「あ~。見た目とランク以上の金を持っていると?」

「ええ。ほぼ間違いなく、目をかけてもらおうと近づいて来る者たちがおりますぞ」

「いっそのことガイオさんが窓口になってくれますか?」

「……勘弁してください」

 その返答があるまでのちょっとした間があったのは、一瞬本気でそうしようかと考えたためだ。

 そして断ったのは、自分の手には負えない可能性があると判断したからだろう。

 

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 トムを落札してから数時間後には、彼を連れてカールたちの拠点へと来ていた。

 今トムの左胸には、奴隷の証となる焼き印が押されている。

 それもいらないと断ったのだが、これに関しては法令で決められていることで奴隷商人にもどうすることもできないことだそうだ。

 そこまで言われるとこちらとしても無理強いはできないので、仕方なく法令通りに焼き印が押されることになった。

 

 そしてそのトムの姿を見て安堵していたカールだったが、俺の方を見て少しあきれたような表情になった。

「余裕のある生活をしているのはわかっていたが、まさかあそこまでとは思っていなかったぞ」

「相手の背後に貴族がいるのはわかっていましたからね。あの程度は余裕でいくだろうと考えていましたから」

「いや、そういうことじゃないんだが……いいか。とりあえず狙い通りになったからな」

「それで、どうしますか? トムの所属を変えることもできるそうですが?」

「恐ろしいことを言うな。俺たちにあんな金額払えるわけがないだろう」

 入札の時にかかった金額はそのままトムの持っている借金ということになり、奴隷の受け渡しをするということはそのままその金額を背負うということを意味している。

 

 カールの言葉に、既にトムの入札金額を聞いている仲間たちも必死になって頷いていた。

 つけ加えると、トム自身も何とも言えない表情になっていたのが印象的だった。

 トムも入札している会場にいたので、自分に対していくらの値が付けられたのか知っているのだ。

 引取りの際に初めて顔を合わせた時には、土下座するような勢いで謝られたのでかなり心苦しく思っていたのだと推測できる。

 

 とにかくこれで、トムに降ってわいた騒動はひと段落下ことになる。

 このあと例の冒険者たちがなにか仕掛けてくる可能性もなくはないが、その時はその時だ。

 勿論、余計なちょっかいを出してくるのであれば、しっかりと対抗していくことになるだろう。




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※大変申し訳ございません。

ここに来るまで気づかなかったのですが、サポーター(人族)のレオと眷属のレオの名前かぶりが判明しました。(今更)

さすがに分かりずらいので、人族のレオの名前はトムに変更いたします。

順次変えて行くつもりですが、もし見逃して変更されていないなどありましたら容赦なく突っ込んでください。

よろしくお願いいたします。



是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

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