(7)トムの現在

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 奴隷に落ちるのに審査があるというのは俺からすれば不思議な感覚だがこちらの世界、この辺りでは当たり前にある制度だそうだ。

 何故そんな制度があるのかといえば、奴隷目的で拉致などをすることを防止するためである。

 犯罪奴隷は別にして、かつては普通(借金)奴隷にする目的でその辺を歩いている子供を誘拐してそのまま奴隷商人に売りつけるなんてことが多々起きていた。

 奴隷商人の元に送られてから実際に奴隷になるまで一定期間を設けることによって、不測の事態が起こることを防いでいるのである。

 勿論、どんなことにも抜け道はあるので完全には防げているわけではないが、それでも安易に誘拐をしようなんてことを考える者は格段に減っているようだ。

 町から町へと流れて生活しているならともかく、定住している者がそうしたことを行うとリスクが起こるということを理解されたためだろう。

 トムの場合はダンジョン内で起こした『失敗』に対する事実確認と具体的な賠償金の算定に時間をかけているといったところだろう。

 もっともその賠償金も被害を受けたという例の怪しいパーティの証言を元に算定されるので、実際にはかなりあやふやな状態で金額が決定されるとのことだった。

 

「――一応俺の仲間たちがその判断に口を挟んでいるが、ほとんど意味がないだろうな」

「なんというか、折角の制度なのに十分に生かし切れていない気がしますねえ」

「仕方あるまい。こういう場合は基本的に被害者側の意見が取り入れられる傾向が強い」

「その理屈は分からなくはありませんが、被害者を装う場合もあるでしょうに」

「キラ。ここで制度の不備について話ていても仕方ないわ。今はトムのことでしょう」

 俺とカールの会話に、アンネリが居心地悪そうに口を挟んできた。

 どちらかといえばアンネリは制度を決める側にいると言えなくもないので、何やら口をムニムニさせていた。

「そういえばそうだったね。――で、どうあがいても奴隷落ちは防げないと。肝心の金額はどれくらいになりそうなの?」

「それがな。正直分からんとしか言えない」


 通常であれば、被害を受けたというパーティも誰一人として失っていないので、そこまで大きな金額になるとは思えない。

 怪我をした分の薬代なんかの分は請求されるだろうが、ポーションがある世界のためそこまで大きな金額になるわけではない。

 ただしポーション自体が高価なのでとてもではないが孤児のトムに払えるわけもないのだが、彼を助けるために動いている冒険者たちにとっては払えない額ではない。

 冒険者にしてみれば常備薬と変わらない価値のものなので、手が出ないほどの金額というわけではない。

 

「――問題なのは、例の事故で武器防具にまで損害を負ったと言っていることなんだが……」

「そんなもの自己責任じゃないのですか?」

「本来ならそうなんだが、積みあがっていたな」

「それはまた」


 何とも言えない表情になって言うカールに対して、こちらも呆れたような表情を返した。

 冒険者が扱う武器防具などは、自己責任の元で管理するのが当たり前のことだ。

 それにもかかわらずダンジョン内で起こった事故で、そうした装備の管理についてまで責任を負わせるなんてことは普通はあり得ない。

 ……はずなのだが、件のパーティはトムが孤児ということもあって碌な反論もできないだろうと侮って取れる分は取っておこうという魂胆らしい。

 

「問題はここからでな。仲介しているギルドは本来そんなものを認めないはずなのだが、あっさりとその言い分が通っていてな」

「……あ~。よくあることなのでしょうか?」

「まあ、はっきり言ってしまえばないわけではないな。ギルドにとってはどちらも等しく冒険者だからな」

「こういった場合に関しては当てにならないということですか」

「そういうことだ。今回に限って言えば、冒険者と登録さえしていないサポーターの一人だ。どちらを選ぶかは分かるだろう?」

「トムにはあなた方がついているとはいえ、それは向こうも同じと」

「そういうことだ。それにこれはま正確に確認できたわけではないんだが、どうやらあっちにはどこかの貴族がついているらしい」

「…………はい?」

「あくまでも向こうが調査の時に口走ったという程度のことだがな。……本当のことだと厄介なことになる」


 話が一気にきな臭くなってきた。

 こういっては何だが、たかがサポーター一人のために貴族が動くなんてことがあるとは思えない。

 だがその言葉があったからこそ、カールたちも今回の件はただの事故じゃないと確信できたのだろう。

 その言葉が事実かどうかは分からないが、もし本当だとするとギルドが向こうの言い分を素直に聞いている理由の一つとしても考えられる。

 

「――なるほど。俺たちに声をかけてきた理由が分かりましたよ」

「そう言ってくれるとありがたいな」

 ようやくこれまでの流れが分かったところで、俺とカールはほぼ同時にアンネリへと視線を向けた。

「な、何よ……?」

「アンネリ、諦めよう。どう考えても隠せていないから」

「そ、そんなことは無いわよ! な、無いわよね……!?」

 どう考えても隠すことができていないその態度に、俺は大げさに首を振り、カールはクックと笑い始めた。

「オトとクファから話を聞いた時にはどうするか迷ったんだが、相談して良かったようだ。――言っておくが、俺たち以外にも気付いている者はかなりいると思うぞ?」

「大方、余計なことに巻き込まれないように出来る限り近づかないようにしているというところでしょうか」


 俺のフォローに、カールも「そうだな」と頷いていた。

 アンネリは貴族であることを隠せていると自負しているようだが、周囲からすればあり得ないとまではいかないまでも疑う余地は十分にあるといったところなのだろう。

 どこぞの貴族の子女であるとまではわかっていないかもしれないが、背後の貴族がいるのではないかと半信半疑で見られているといった感じで。

 それにも関わらず何もせずに黙って見ているのは、それに気づける冒険者たちにしてみれば余計なことに巻き込まれる懸念の方が大きいということだ。

 

「ここまで話せばわかると思うが、トムを助けてくれないか?」

 いよいよ本題に入ったカールに、俺はすっかり凹んでしまっているアンネリをチラリを見てから代わりに答えることにした。

「正直なところをいえば、助けたい――と言いたいところですが、奴隷落ちは恐らく防げませんよ?」

「それは仕方ない。はなから諦めているさ。問題なのはどこに行くかだ」


 あっさりとトムの奴隷落ちを認める発言に、俺は思わず驚いてしまった。

 それを見たカールは、ため息交じりに続けて言った。

「俺たちのような孤児は、奴隷落ちしない方が珍しいからな。冒険者になるならないに関わらずだ」

 だからこそ行き先のほうが気になると続けるカールに、俺は何ともいえなくなった。

 それだけこの世界において孤児というのは、生きていくのが難しいといことなのだろう。

 中には冒険者や冒険者以外でも大成するものはいるのだが、そんな存在はごく一握りということになるのだろう。

 

 俺のような態度を取る者は珍しくないのか、カールは慣れたように言葉を区切ってから続けて言った。

「――とりあえず俺からの話はこれくらいだ。返事はまた後でいいが、出来ることならトムのことを任せたいな」

「確かに話は分かりました。これから帰って話してみますが……恐らく悪いことにはならないと思います」

「そう言ってもらえるとありがたいな。どうするか決めたらまたここに来てくれるとありがたい」

「わかりました」

 

 カールたちは、背後に貴族の影がちらついている以上は、自分たちではどうすることもできないと考えているのだろう。

 勿論、全てをこちらに任せるのではなく自分たちでも出来る限り動くつもりではいるようだが。

 とにかく俺たちとしては、まず本当にトムのことに関わるかを話し合わなくてはならない。

 もし本腰を入れて関わることにするのであれば、まずは凹んだままのアンネリをどうにかすることから始めなくてはならないと。




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m(__)m

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