(10)ボス(?)出現

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 貴族からの依頼を受けることに決めたといっても、すぐにその依頼が発生するわけではない。

 アンネリが行う交渉はともかくとして、どこの貴族からその依頼を発行するのかが問題になって来るからだ。

 ことが起こっているのがダンジョンだけに、管轄しているヘディン家を飛び越えて勝手な依頼を出すといくら辺境伯といえども政治的な失態だととられかねない。

 両家共に武によって魔物を相手にしているだけに貴族家同士にしては仲が良好なのだが、この件を機に関係が冷え込むことも考えられる。

 そのため両家の間で慎重に話し合いが行われ――ようとしたところで、そんな努力を吹き飛ばすように王家がこの件に関わってきたそうだ。

 王家というよりも国王その人の鶴の一声により、が関わっていることに関しては辺境伯家が最優先になると勅命に近い「お願い」が来たようだ。

 どうやらヴィクトル王は俺――というよりもユグホウラに関わるような案件は辺境伯家に一手に押し付けることに決めたらしい。

 先ほどから「ようだ」とか「らしい」とか言っているのは、俺もアンネリを間に通して聞いているだけなので直接的なことは何も関与していないためだ。

 

 そんなやり取りがあってギルドから正式に依頼を受けることになったのは、アンネリから話を聞いてから一週間ほどが経ってからのことだった。

 交通機関はもとより情報のやり取りも時間がかかるこの世界のことで、それが早いのか遅いのかは判断が分かれるところだろうか。

 どちらにしてもギルドから正式な依頼として受けることができたので、これで大手を振って歪みの調査ができることになった。

 毎度毎度ダンジョンに潜るたびに魔物部屋に突入するのかとギルド職員に不思議そうにされたりもしたが、今のところそこを詳しく説明していないしするつもりもない。

 

 ギルドから依頼を受けたのは一週間が経ってからのことだが、その間は何もしていなかったというわけではない。

 依頼があろうとなかろうと歪みがどうなっていくのかの経過観察は続けるつもりだったので、通常通りのダンジョン探索という名目で例の魔物部屋の観察も続けていた。

 といっても毎日潜っていたわけではなく、大体一日置きに入っていた。

 そこまで頻度高くダンジョンに潜る冒険者はいないため別に毎回ついてこなくてもいいとアンネリに言ってはいたのだが、根が真面目な彼女はしっかりと毎回着いて来ていた。

 

 依頼が来るまでの一週間、肝心の歪みがどうなっていたかといえば、特に報告するような変化が起きることもなく以前と変わらない大きさと質のままだった。

 だからこそ一日置きで観察することにしていたのだが、これがもし少しでも変化が起こっていれば毎日潜っていたかもしれない。

 幸いだったのは、例の魔物部屋がある場所が第一層だったということだろう。

 部屋の中に出てくる魔物もそうだが、そこにたどり着くまでの出現してくる魔物も一人で倒せる程度の魔物しか出てこないので、比較的楽に通うことができていた。

 

 そんな状況の中、ようやく辺境伯からの依頼を受領して大手を振って魔物部屋へと入る。

「……なるほど。そう来るか」

「何かあったの?」

「ナイスタイミングといえばナイスタイミングなのかな? ――あの辺りに注目していて」

「……どこ? ――って、ちょっと!?」

 アンネリが視線を向けてからほんのわずかな時間を置いて、いつもと変わらないはずだった部屋の様子が見事に一変することになった。

 

 より具体的にいえば、一体の魔物が自らが部屋の主だと主張するように現れたのである。

 実際その魔物は、第一層に出てくるような強さの魔物ではなかった。

 下手をすれば中堅クラスの冒険者であっても軽く返り討ちにあってもおかしくなさそうな強さの魔物であった。

「クリスタルベアが、何故こんなところに……!?」

 焦った様子でアンネリがそう言ったが、まさしく目の前に現れた魔物はクリスタルの名前を持つ熊種の魔物だった。

 ちなみにクリスタルと名がついているが、別に毛がそのままクリスタルになっていたりするわけではない。

 纏っている毛皮が光の当たり方によって色を変えたりすることがあるので、そう呼ばれていたりする。

 

 余談ではあるが光によって輝きを変えるその毛皮は貴族や大商人たちに人気で、一頭分丸々の毛皮を持ち込むことができればちょっとした屋敷が買えるくらいの儲けになる――と言われている。

 勿論品質によってその根が大きく変動するので絶対ではないのだが、それくらいに高値で取引されるくらいに価値がある。

 見た目の美しさと一握りの強者にしか狩ることのできない素材ということで、その価値は一つの素材としてはあり得ないくらいに高いと言える。

 冒険者を目指す一つの要因である一攫千金を狙える相手だけに、この熊の討伐を目標にしている冒険者も一定数いるくらいだ。

 

 色々な意味で有名な魔物を前にして、さすがにアンネリとヘリの顔色が悪くなっていた。

 希少価値が高いということはそれだけ狩られる数も少ないということで、この熊の実力も十分に知っているからだろう。

 ただ魔物部屋を鼻歌まじりに倒す実力がある眷属たちがいることを知っていて、それでもそんな反応を示すことには少しだけ疑問を覚えた。

 何か特別な理由があるのかもしれないが、それはともかく今は目の前に出ている魔物を倒さないと始まらない。

 

「――ルフ、お願いね」

「ガウ」

 俺の短い指示にルフが簡潔に答えを返してきた次の瞬間、ある意味で冒険者の間では象徴的な魔物の一体がルフに喉を加えられた状態で地面に倒れ込んでいた。

「はい? ……あれ?」

 その光景を見て目が点になったアンネリが何やら意味のない言葉を発していたが、それに応えることなく続けさまに指示を出す。

「暴れられても面倒だからそのままやっちゃっていいよ」

 たったそれだけの指示で、ルフはサクッと熊の喉をかみちぎってそのまま頭部と体を別れさせてしまった。

 本来であればその特殊な毛皮によって高い防御力も備えているクリスタルベアなのだが、ルフにとっては普通の毛皮と変わらないような扱いになっている。

 その光景が信じられないのか、アンネリ&ヘリペアはしばらくの間黙り込んでしまっていた。

 

 そんな二人を見て意識が戻って来るまでしばらくかかると判断した俺は、本来の目的である歪みを観察することにした。

「――うん。まあ見事に消えているね」

「そうですわね。ですが……」

「今後も定期的に出てくる可能性はあるってところかな?」

「わたくしもそう思ます。今後もある程度は見ておいた方が良いでしょう」

「だよね。依頼も熊を倒すことじゃなくてダンジョン生成の可能性の調査だからね。まだ経過観察は必要だと思う」

 

 俺とシルクで冷静に事の状況を見守っていると、ようやく復活してきたアンネリからありがたい突っ込みを受けることとなった。

「なんでそんなに冷静なによー! ルフちゃんって、一体何なの!?」

「いや。何と言われても狼種の魔物の一体だけれどね」

「……はあ。もういいわ。――強いことはわかっていたけれど、ここまでとは……また報告することが増えたわ」

「ご苦労様」

 他人事のようにそう返すと、アンネリからギロリと視線を向けられた。

 魔物部屋にボス的な魔物が出てきたこともそうだが、それをあっさりと倒すことができる戦力を持っている俺のことを報告することを考えると頭が痛いと言ったところだろうか。

 

 アンネリがどんな報告をするかは俺には関係のないことなので、適当に慰めておいた。

 俺に関する情報を辺境伯に渡していることはほぼ黙認状態になっているのでアンネリも素直に態度に表しているのだが、それが信頼から来るものなのかは少し微妙なところといったところだろうか。




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m(__)m

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