(3)国宝級馬車

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 ダンジョンに行くと決めてから一週間後のこと。

 しっかりと全ての準備を整えた俺は、アンネリからジト目を向けられていた。

 アンネリほど大きな反応を見せていないが、一緒に行くことになっているヘリも驚いた顔になっている。

「…………なにこれ?」

「何って、馬車?」

「ええ、そうね。少なくとも外側は馬車でしょうね。普通に出回っているものと比べて少しだけ大きいのに一頭だけで引けるようになっているのはどうなのかとかはあるけれど、見た目はごく当たり前にありそうなものだしね」

 そう言って一度言葉を区切ったアンネリだったが、次に口を開いた時には絶叫に近い大声を上げていた。

「でも中に入った途端、なんでいくつも部屋がある仕様になっているのよ! しかも魔道具で作れらた台所まで完備されているし! こんな馬車、どこの王族だって持っていないわよ!!」


 大きな声で一気に言い切ったせいか肩を大きく上下させているアンネリに、俺は肩をすくめて答えた。

「そうなんだ」

「そうなんだ。じゃないでしょうに! ……もういいわ。あなたたちに常識を求めるだけ無駄ということね」

「えー。そこまで言わなくても……はい。ごめんなさい。その通りです」


 アンネリからギロリ睨まれた俺は、素直に両手を上げながら謝った。

 ちなみにこの馬車は、アイたち人形種ドールとプレイヤーたちの技術の粋が集められて作られた最高傑作の一つだ。

 とはいえ空間拡張を含めて様々な技術を使って作られたためそれなりのお値段がするため全てのプレイヤーが持てているわけではないが、一つしか存在していないというわけではない。

 ちなみに中身がそんなことになっているとばれないように、外側はそこそこの商人が所有していてもおかしくないような見た目になっている。

 

「――全く、もう。あなたが連れている者たちが全員魔物だと分かった時も驚いたけれど、これはそれ以上ね」

「そんなものかな」

 実はその魔物たちは全員ユグホウラの幹部たちだとばれるとその感想もガラリと変わるのだろうが、今のところそこまで踏み込んで教えるつもりはない。

「そんなものよ。外にばれたら間違いなく引き取りたいと殺到されるわね。強奪なんかも含めて」

「この馬車を引っ張ることになるレオがそれを許すとは思えないけれどね」

「そうだったわね。あの見た目は完璧な馬も、魔物の一種だったものね」

 常識が通じないと改めて感じたのか、アンネリはそう言いながら肩を落とした。

 それと同時に「旅の間に常識を教え込まないと」なんて呟いているのも聞こえて来たが、それはむしろこちらからお願いしたいところだった。

 俺の中での常識はユグホウラが基準になっていて一般的な世間とのずれは感じていたので、貴族と冒険者の知識を両方持っているアンネリから教わるのはちょうどいいと考えていたのだ。

 

 

 ――中身についてはともかく、高性能馬車が有能であることは間違いない。

 そのことは、馬車で移動を始めた翌日にはアンネリも認めざるを得なかったらしい。

「この馬車は危険すぎるわ」

「危険……どういう意味で?」

「あまりに快適すぎて、他の馬車に乗れなくなるって意味よ!」

 そう力説するアンネリに同意するように、いつものように黙ったままのヘリもコクコクと頷いている。

「そう言われてもなあ。今更別の馬車に変えるつもりはある?」

「ないわ!」


 きっぱりと断言してきたということは、そういうことだろう。

「見事に快適馬車の沼にはまったというね」

「仕方ないじゃない! この馬車が快適すぎるのよ!」

 文句なのか賞賛なのか分からない態度で言い放ったアンネリに、俺は黙ったまま肩をすくめる。

「一応言っておくけれど、実家用に作って欲しいなんて言わないようにね」

「……駄目なの?」

「駄目というか、作っても無駄になるというか……馬車一つにこの国の国家予算分の経費をかけるつもりなら作ってもいいんじゃないかな?」

「……国家予算……?」

 ギギギとぎこちない動きになったアンネリに頷き返した。

 

「この馬車、特級の属性魔石が複数使われているからね。普通は手に入らないんじゃない?」

「な、ん、で!! そんなものを使って作られた馬車を、こんなに気軽に使っているのよ!」

 特級の属性魔石は、今のこの世界で流通している魔石の中では最高級品質とされて高値で取引されている。

 わかりやすく日本円にすれば、大体一つ数億から数十億するものもある。

 

 それほどふり幅が大きいのは、特級以上の等級が存在しないため基準となる品質を超えたものを全て特級として括っているためだ。

 特級の魔石の中には、国宝に指定されるような品質のものもあると言われれば、その価値の大きさが分かるだろう。

 もっとも自分自身の能力で魔石が作れる世界樹がいるユグホウラにとっては、そこまでの貴重品というわけではない。

 さすがにポンポンと作れるようなものではなかったが、それでもこうして馬車の改造に使えるくらいには作ることができていた。

 

 ちなみに魔石が作れるのは世界樹だけの特権ではなく、領域を支配している魔物ボスなら持っている技能だ。

 そのため、辺りの領域を支配している守護獣ならある程度の魔石は作れるはずだ。

 ただ作れる魔石の品質はその領域の範囲に比例して高くなるので、特級クラスの魔石を作れるのは一握りでしかない。

 というよりも世界樹の妖精だった時には他に作れる存在はいなかったのだが、今現在どうなっているかは分からない。

 

 クインに変わって護衛として着いて来ているシルクにそのことを聞いてみようとも思ったが、そこまでの話題をアンネリとヘリの前でしていいのか判断がつかずに止めておいた。

「なんでと言われてもなあ……。ユグホウラから譲り受けたと言ったら納得してくれるかな?」

「ユグホウラから…………そう」

 ユグホウラの名前を出した途端、アンネリは納得した表情で頷いていた。

 

 俺にユグホウラとの繋がりがあることを、アンネリは既に知っている。

 そしてユグホウラは今でも世界最大の(魔物の)組織であり、多くの資金を抱えていることも知られている。

 その資金のほとんどが、魔石によって支えられていることもだ。

 そのユグホウラであれば、これだけの馬車を作る技術や多くの素材を持っていても不思議ではないと納得したのだろう。

 

 問題があるとすればこれだけの魔道具を譲って貰えるくらいの繋がりを俺が持っているということなのだが、そこについては考えないようにしているようだ。

 そのあたりのことを下手に突くと守護獣が出てくるということを分かっているからだと思われる。

「納得できたんだったらよかった」

「納得したというか、不条理で常識なしだと改めて認識したというか……」

「なんか散々な言われような気がする」

「そう思うんだったらちゃんと常識を身に着けようか!」

 宣言するようにそう言い放ったアンネリは、今までの会話を全てリセットしたのかどこかスッキリとした顔になっていた。

 さらにその右手の人差し指は、作業用に置かれているテーブルに向けられている。

 どう見ても常識の勉強をしましょうと言っているその態度に、俺は何となく気圧されたまま頷くしかなかった。

 

 ちなみにこの馬車を引いているのは眷属であるレオとその血筋に当たる馬種なので、御者は必要ない。

 むしろ自由にさせるほうがいいと分かっているので、目的地だけ告げて自由に移動させるのが一番なのだ。

 そのためシルク、ラック、ヘリも同じ部屋で俺たちのやり取りを見ていたのだが、彼らが生暖かい目で俺たちを見守っていたことには最後まで気付けなかった。




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m(__)m

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