第3章
(1)やきもき辺境伯
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< Side:辺境伯 ヨエル・アルムクヴィスト >
実の娘の一人であるアンネリが、戻ってきていた。
貴族の子女が通う学園を卒業して冒険者になって以降、中々家には寄り付かなくなっていたのだが、ここ最近は当初に比べて比較的多く戻ってきている。
そのこと自体は喜ばしいことなのだが、その内容が男に関わることというのは素直に喜べない。
さらにいえば、アンネリが戻って来るということは何らかの厄介ごとを持ってくるということで、あまり喜んでばかりもいられない。
前回の来訪の時も、かなりインパクトのある話を持ってきていた。
そして今目の前にいるアンネリから話を聞いた私は、思わず眉をひそめて聞こえて来たはずの言葉を再確認してしまった。
「――それは……本当にその冒険者が言ったのかい?」
「お父様。信じられないのはわかりますが、キラは間違いなくそう言っておりました」
あっさりと冒険者の名前を口にしたアンネリを見て心の中で舌打ちをしつつも、なんとか表情には出さずに済んでいた。
「ユグホウラが関わることについては、守護獣様にお伺いするように――か。確かに間違ってはいないが、何故一介の冒険者がそんなことを言って来る?」
独り言のように言ってしまった言葉だったが、アンネリはそれには応じず私が答えを出すのを待ってくれていた。
この辺りが、アンネリが他の姉妹とは違っている美点の一つなのだが、当人がそれに気付いているかははなはだ疑問だ。
いや、そんなことよりも今は件の冒険者についての話をしなければならない。
「ユグホウラに関わる話をあっさりとできる知識を持っていて、さらに守護獣様のことも恐れず言葉に出す冒険者か。出来ることなら早めに素性を確かめたいところではあるが……」
「お父様。それは止めておいたほうがよろしいかと……」
「やはりアンネリもそう思うかい? ――仕方ない。確かに守護獣様のことを出されるとこちらも迂闊には動けない。提案に乗って話を伺ってみよう」
「その間、私はどうすれば?」
「それこそ私が決めてしまっては駄目だろうな。個人的な付き合いまで、拒絶はされていないのだろう? 私が守護獣様と話をすると言っていたと持ちかけることくらいはできるんじゃないかな?」
できる限り男に近づくような真似はしてほしくはないのだが、今回に関しては辺境伯としても無視できないためそう助言をしておいた。
そんな私の言葉に、アンネリは幾分ホッとした表情を浮かべていた。
それがどういう意味合いを持っているか、本人は気付いていないのだろう。
勿論それが即色恋に発展するとは私も思っていないが、少なくともまた会える理由ができて安心しているという時点でその相手のことを好ましく感じているということだろう。
そもそもアンネリはその容姿からそうそう簡単に他人(特に男)を信用したりはしないのだが、既にその壁は突破されているということが分かる。
私から余計なことを言って気付かせるのも癪なのでそのことには触れず、アンネリとの会話を終えた。
一応会話の最後に彼女の母親に会っておくように言っておいたが、一時間も会わずに戻ってしまうのだろうか。
前回は夜に近い訪問だったので一晩泊まって行ったのだが、今回は昼間なのでまたすぐに町に戻ってしまうかもしれない。
それをすると彼女の機嫌が悪くなってしまうので、できれば止めてほしいところなのだが。
それはともかく、件の冒険者の言ったことについては放置するわけにもいかないので、しっかりと言われたとおりにしてみることにした。
これで守護獣様から返答がなければ、一冒険者の暴言ということで処分することもできる。
ただ守護獣様から何らかのアクションがあった場合は……その時はその時で考えなければならないだろう。
常識的に考えればそんなことが起こるはずがないのだが、どうにも胸騒ぎのようなものを感じている。
出来ることなら一般的な対応で済むようにと祈りつつ王に向けての手紙を用意して、それを早馬に乗せて王都へと送った。
手紙でのやり取りは空を利用するよりも時間がかかるのだが、誰にも見られずに済むという点においては確実な手段の一つだ。
守護獣様が関わる以上は、あまり他者に知られることにはなってほしくない。
この決断がファインプレーだったと後に知ることになるのだが、この時の私はまだそんなことを知る由もなくできた手紙を見返してからしっかりと封をするのであった。
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王に手紙を送ってから五日後。
そろそろ王の目に触れただろうかと思いつつも、仕事を終えて私室へと入った。
そして部屋に中に数歩入ったところで、その歩みを止めることになる。
「……何者だ?」
常に胸元に携帯している短剣を意識しつつ、つい直前までいなかったはずの人物にそう問いかけた。
今いる部屋は私のプライベートな空間になっていて、妻や子供たちでさえ好きに入って来ることはない。
そんな空間にいきなり人影が現れれば、警戒するのも当然だろう。
だがそんな私に対して、侵入者であるはずのその男は微笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「やあ。こんな形で訪問することになって済まない。出来る限り早めに直接会って伝えたほうが良いと思ってね」
「……なんのことだ?」
「おや。君が私に問いかけて来たんじゃないか。ヴィーを通してだけれど」
世界広しといえど王のことをヴィーと呼ぶのはたった一人しかいない。
「私が問い合わせた」と「ヴィー」という言葉で今目の前にいるのが誰が一瞬で理解した私は、すぐさま片膝をついて胸に手を当てて頭を垂れる。
そんな私を見てなのか(下を見ていてどんな表情かは分からなかった)、守護獣様がこう言ってきてくださった。
「今は私的な訪問ということだから、堅苦しい挨拶はいいよ。それよりも話を聞いて欲しいな」
「はっ。ということは、あの質問に対する答えでしょうか」
「そうだね。端的にいえば、件の冒険者に対する余計な詮索は一切禁止だ。このことは王に対しても言ってある。今のところ君と王だけには言ってあるけれど……領地を移動するようであればそこの領主にも言わないといけないだろうな」
「……それほどのことですか」
「そうだね。下手に突けば、私が愛しているこの国が吹っ飛ぶ可能性もあるとだけ言っておくよ」
冗談混じりに言われたその言葉だったが、私には守護獣様が冗談ではなく本気で言っているように聞こえた。
一瞬頭の中でアンネリが関わっている冒険者の素性を今一度調べようかと思い浮かべたが、守護獣様から向けられた真っすぐの視線を感じてすぐにその思いを打ち消した。
「別に考えることまで止めよとは言わないけれどね。下手に人を動かして探りを入れたりしないように。勿論、個人的に付き合いを持つことまで禁止したりはしないよ」
守護獣様がおっしゃった「個人的に」というのが、何を指しているのか分からないほど私は鈍くはない。
そのことを察して苦虫を嚙み潰したような顔になる私を見て、守護獣様は小さく笑っていた。
「――君がどう考えるかも好きにするといい。折角繋がった糸を切るも切らないも君の自由だ。だがそれよりも、くれぐれも敵対的な関係にならないように注意してほしい。あと余計な鈴をつけようとするような真似も駄目だから」
それだけ念を押すように仰った守護獣様は、来た時と同じように私の目の前でその姿を消された。
滅多に人前に姿を見せることのない守護獣様のお姿を見ることができたのは素直に嬉しかったが、その内容についてはあまり笑ってもいられない。
すぐさま対応をするべく、まずは今必死になって件の冒険者のことを調べているはずの影を呼び出すのであった。
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是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
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