(10)魔物の事情

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 アンネリの生まれはいいとして、俺たちは目的地である採取地へと来た。

 そこには背丈の低い草花が生えているのだが、地面は当然のように雪原になっているため全て冬の植物となっている。

 そんな状況を見ながらアンネリが首を傾げながら聞いてきた。

「ここに薬草が生えているのですか? それに魔物もいるようには見えないですし……」

「そうだね。薬草といっても町にいる薬師たちが使っているものとは別になるけれど。あと魔物に関してはほとんど出てこないと思うよ」

「……あなたが特殊な薬草を使っているというのはわかりました。ですが、魔物が出てこないのは何故?」

「あれ? ご存知ありませんでしたか? ユグホウラの領域内では強い魔物は出てきませんよ。彼らが駆除しているので」

 それがそう答えるとアンネリは目を見開いて驚いていた。

 

 ユグホウラは広い領域を維持しているので、領域内の全ての魔物を討伐しているというわけではない。

 ただそこそこ強い魔物が誕生したりすると後々管理が面倒なことになるので、ある程度以上の力がある魔物は即座に駆除されるようになっている。

 ファイが南アメリカ大陸辺りで育てている称号持ちは、あくまでも例外的な処置でしかない。

 あるいは眷属たちが、何かしらの実験を行うために敢えて生かしておくということはあり得る。

 

 アンネリにそこまで説明するつもりはないが、ユグホウラの眷属が魔物を駆除していることは別に隠していないので素直に伝えてみた。

 ……のだが、彼女のその表情を見てなるほどと納得して頷いた。

「――こちらではそこまで伝わっていませんでしたか?」

「伝わる……ということは他の地域では当たり前のように知られていると?」

「どうでしょうね。少なくとも私がいたところでは常識のように伝わっていましたが」

「それは……確かにこうして雪原の薬草を利用している時点であり得る話でしょうが、少なくとも私は初めて聞きました」

「そうでしたか。ではまあ、良い話が聞けたということで」

「……それでいいのですか?」

「構いませんよ。ただユグホウラの眷属たちが、領域に侵入してきた人族を攻撃しないわけではないので注意がいるでしょう」

「それはそうでしょう。――となるとやはり規制は必要になるわね」

 後半は独り言のように呟かれていたが、しっかりと聞こえてきた。

 

 この辺りを治めている辺境伯は、これまで冒険者の不溶の雪原への侵入を制限してきた。

 それがある程度緩和できるのであれば、素材目的で冒険者が出入りするのを認めたいというのが本音だろう。

 雪原に出現する魔物はその環境から珍しいものが多いので、得られる素材もそれに準じて珍しいものになるからだ。

 とはいえ下手に雪原に手を出すと、ユグホウラが出てくるという可能性も無視はできない。

 辺境伯家にとっては代々伝わってきた教えであるだけに、これまでの慣習を崩すというリスクは負いたくはないはずだ。

 

 アンネリがそんなことを考えていると分かった俺は、一つだけアドバイスしてみることにした。

「どうせ最終決定は辺境伯になるでしょうし、それでも迷うようでしたら守護獣に聞いてみるとアドバイスしてはいかがですか? ユグホウラが関わることなのですから守護獣も無視するとは思えませんが」

「そ、それは……いえ。あなたは本当に何者なんですか?」

 思わず本音が漏れてしまった様子で目を見開くアンネリに、俺は小さく笑ってから答えた。

「今はモルテの町でポーションを作って小遣い稼ぎをしながら活動をしている一冒険者ですよ」

「ハア。全く……今はそれでいいわ」

 辺境伯令嬢であることを隠すのも諦めたのか、アンネリは呆れた様子で首を振りながらため息を吐いていた。

 言葉遣いも若干崩れているようだが、そこは今だけかもしれないし今後も続くかもしれない。

 いずれにしても、変に固くなっているよりもずっと好感が持てる。

 

「――一応忠告だけれど、下手に守護獣様についての話はしないほうがいいわよ? 特に貴族を相手にしているときは」

「その忠告は有難く聞かせていただきますが、そもそもただの冒険者を相手にするような貴族がそうそういるとは思えません」

「確かにそれは……いえ、違うわね。意外と貴族家の男子で冒険者をやっている者は多いのよ? たまたま男児が多く生まれた家に生まれた四男以降とかね。そうした者たちの中には、きちんと実家との繋がりを断たずに冒険者を続けているものもいるわ」

「あなたのように、ですか」

「混ぜっ返さないで。確かにその通りだけれど」

「はっきり認めてしまうのですね。それは良いのですが。とにかく仰っていることは分かりましたので、しっかりと気を付けるようにしましょう」


 アンネリの言っていることは間違いがないだけに、素直に受け取っておくことにした。

 今回に関してはアンネリが信用できると考えてあっさりと守護獣を絡めて話をしたが、それを不敬だととる貴族も多いのだろう。

 アンネリは笑って受け流してくれたが、場合によっては貴族の立場を使って何かしらの対応をしてくる可能性もある。

 そうしたことを含めての忠告だとわかっているだけに、ここで聞く耳を持たない態度をとるようなことはするつもりはない。

 

 そんな俺の考えを見抜いたのかは分からないが、アンネリは何故かジト目になっていた。

「――あなたの場合、折角の忠告も忘れてポロッと話してしまいそうな気もするけれどね」

「うっ……!? い、いや。そんなことは――」

 反射的にアンネリの言葉を否定しようとしたのだが、ここで裏切者クインが出てきた。

「よくぞ仰ってくださいました。もっと言ってくださってもいいのですよ。主様の場合、面白そうだからという理由だけで重要な話をポロリと漏らしてもおかしくはないですから」

「ちょっと、クイン……」

 これまでずっと黙って話を聞いていたクインがここぞとばかりに口を開いたことに驚いていたアンネリだったが、やがてクスリと笑ってほら見ろと言わんばかりに何故か胸を張った。

「あなたの雰囲気からそんな気はしたのだけれど、やっぱりそうなのね」

 どう見てもドヤ顔をしているアンネリに反論したいところだったが、クインがあちら側に立っているだけに否定するのも難しい。

 

 ここは早々に諦めて降参することにして、別の話題を振ることにした。

「――ところで、そろそろ薬草採取を再開したいのですがいいでしょうか?」

「そうね。できればもっと話を聞きたいのだけれど、そもそもの目的は普段のあなたの行動を見ることだからね」

 話を聞くことに夢中になってそのことを忘れていたと言わんばかりのアンネリに、俺としては苦笑を返すことしかできなかった。

 

 そのあとはその言葉通りに予定通りに薬草採取を続けて、話らしい話はしなかった。

 俺が話をしている間、アンネリと今回もしっかりと着いて来ていたお付きのヘリはじっくりと周囲の観察をしていたりした。

 例の件があって雪原自体に初めて来るわけではないのだろうにと思っていたのだが、ここまで深く来たのは初めてのことだそうだ。

 何度か雪原にいる魔物を狩ったことはあるそうだが、それも雪原の縁でたまたま出会った魔物を相手にしていたとのこと。

 

 今はクインたちが傍にいるのでユグホウラの眷属たちが襲って来るはずもなく、何かを察知して他の魔物が近寄って来ることもない。

 そんなことに気付いているのかいないのか、アンネリとヘリは多少不思議そうな顔をしながらもこちらの観察を続けるのであった。




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m(__)m

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