(9)歪みと魔法
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歪みを
そもそもどうやって見えるようになるかも人によって変わってくるので、画一的な修行方法があるわけではない。
巫女の修行は今の俺には関係ないはずなので無視するとして、その歪みをどうするのかを考えなければならない。
そもそも歪みは、世界に魔力の循環を促すためのシステムの一部だとプレイヤー間では考えられている。
歪みと聞くと邪悪なものとか悪いものと考えがちになるが、今のところプレイヤーのいる世界ではそんなマイナスな働きをしているわけではないとされる。
もっとも歪みによってダンジョンができることは確認されているので、それ自体が悪だと言われてしまうとどうしようもないのだが。
プレイヤーにはダンジョンマスターになっている者もいるので、ダンジョンそのものが悪だと考える者自体が少ないのだ。
俺の前世だった世界樹やダンジョン、そして歪みやその他多くのこの世界特有の自然現象は、全て世界に漂う魔力の循環を起こすために必要なシステムというわけだ。
プレイヤーがいるサーバー内にある世界の全てに、魔力が存在している。
それらの魔力があるお陰で魔法の行使ができているわけだが、その魔力を適切な状態に保つためにそうしたシステムがある。
魔物もそうしたシステムに組み込まれている存在の一つであるため、今のところは絶滅させることはできない。
とはいえ世界に数多く存在している魔物を一匹残らず消し去るなんてことは不可能なのことなのだが。
それとは別に眷属という近しい存在がいる俺としては、簡単に魔物を消し去るなんて決断をするつもりはない。
元の世界でも害獣という人にとっては厄介な存在がいたのと同じように、単純にすべてを消してしまえばいいなんてことは考えていない。
それは俺だけではなく、他のプレイヤーも同じはずだ。
……もしかするとそうした思考をするプレイヤーだけが同じサーバー内に集められた可能性もなくはないが、それはそれ、だろう。
「――とまあ、歪みについて考えてみたのはいいけれど、結局のところよくわからないという結論に落ち着くんだよなあ」
「主様?」
借りている宿の部屋で独り言のように呟く俺に反応して、クインがこちらを見ながら首を傾げていた。
「いやまあ、そもそも歪みって何なのかなってね」
「それはまた難しい命題ですね。主様がご存知以上のことは私共も存じ上げません」
「あー。やっぱりこれまでの期間でも分からないままか」
「巫女たちの間でも『これこれこういうものではないか』という議論は何度も沸き起こっていましたが、決定的なものは未だに見つかっていないとされております」
「そうかー。もしかしたら何かわかっているかもと思ったけれど、さすがに虫が良すぎだったか」
ため息交じりの俺の言葉に、クインは微笑と苦笑の中間といった笑みを浮かべていた。
「歪みについてはこれからも色々と考えて行くとして、今は明日のことを考えようか」
「明日は
俺が懸念していたアンネリの問題は、既に婚約破棄という形で解消されて例の色男は地元へと戻っているそうだ。
その事実を満面の笑みで告げられた結果、約束ともいえない約束通りに一緒に『不溶の雪原』へと向かうことになっていた。
それ自体は特に問題はないのだが、あるとすれば別のことで少し気になることがある。
「だね。まあだからといって何があるわけじゃないんだけれどね。いつもと同じように素材採取を進めるだけだけれど」
「そうですか」
「ただ一つだけ注意するところはあるかな」
「なんでしょう?」
「俺がいるからって変に眷属たちが絡んで来ることが無いようにしないと」
「……確かにそれは問題ですね。明日は見て見ぬふり……いえ、違いますね。他の冒険者と同じような対応をするように伝えておきましょう」
「うん。お願いね。あとは――突発的に何かが起こるかも知れないけれど、その時はその時で」
打ち合わせともいえないような短い話し合いだったが、一応の方針は決まった。
アンネリが一緒に行動することになったからといって、今の俺自身の行動を大きく変える必要はない。
ユグホウラとの関係性を気取られないようにするつもりではあるのだが、それも絶対に隠し通さなければならないというものでもない。
ばれたらばれたでその時その時の考えで行動すればいいという程度の緩い縛りでしかない。
ばれたところでいつでも逃げ出せばいいという考えがあるからこそできることだが、そんな考えを持つことができるのも常に傍に眷属たちがいてくれるからこそだ。
二周目が始まったばかりの一人だった時であれば、何が何でも隠し通そうとしただろう。
――今はそんなことよりも美人と一緒に旅ができることを楽しみにしておこう。
日本にいた時にはまるで縁がなかった状況なので、そんなことを考えながら一日を終えるのであった。
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翌日。
予定通りにアンネリが加わった一行は、万年雪の中を歩いていた。
アンネリも馬を持っているので雪原に入るまでは乗っていたのだが、今は各々が馬から降りて手綱を引く形で歩いている。
「――それにしても本当に大丈夫なのですね」
「何が……ああ。服装のことですか。だから言ったではありませんか」
羨ましそうな視線を向けてきたアンネリに、町を出る前に行われた会話を思い出しながらそう答えた。
何のことかといえば、万年雪が積もっているはずの寒い地域に行くはずなのに、軽装に近いラフな恰好しかしていない俺にアンネリがわざわざ忠告をしてくれたのだ。
そのこと自体は彼女の優しさから来ているのでありがたく受け取ったのだが、こちらには関係のないことなので丁寧に大丈夫だと言うことを伝えておいた。
アンネリも俺が何度も雪原に来ていることは知っているのでそれで引き下がってくれたのだが、それでもまだ半信半疑といったところだったのだろう。
だが実際に平気な顔をして歩いている俺を見て、ようやく納得できたというわけだ。
ただ今度は別のところに興味が向いてしまったようだ。
「どうしてこの寒さでも大丈夫なのかを聞いても?」
「それくらいなら別に構いませんよ。風と火の魔法を使って体の周囲の気温を維持しているんです」
「……風と火の魔法」
「ええ。ごくごく簡単に説明すると、風の魔法を使って体の周囲を冷気が入ってこないようにして、火の魔法で適当な温度に保っているという感じでしょうか」
「そんなことが……」
「おや。私が知る限りではそこまで珍しい魔法ではありませんが。少なくとも冒険者の魔法使いの間には、ごく当たり前に伝わっているのではないでしょうか」
「でも国の魔法使いたちには、知られていないと思います」
「冒険者が使うような魔法なんてと蔑んで見向きもしないのは、珍しいことではないのではありませんか?」
俺がそう言うとアンネリは心当たりがあるのか、黙り込んでしまった。
市井の魔法使いと国でしっかりと魔法を学んだ魔法使いの間で、知識の断絶があるのは珍しいことではない。
勿論、市井の魔法使いが俺ほどに魔法が使えるかどうかは別だが。
少なくとも今回のことに関して言えば、そもそも国の魔法使いたちにとってはその程度の魔法は使わずとも魔道具で済ませてしまえばいいという感覚でしかないだろう。
国の予算の一部を使って大量の魔道具を用意できるからこその思考だ。
それが悪いことだと切って捨てるのは簡単なことだが、俺にしてみればそれも選択肢の一つだとしか思わない。
そんなことを考えつつ未だに何かを考えている様子のアンネリを見て、やはり俺が知っている貴族の子女とはどこか違うとも感じていた。
それが辺境伯の側室ですらない妾の子であるからこそなのかは分からないが、少なくとも彼女のその態度は好ましいと感じていた。
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是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
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