(6)話し合い
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『不溶の雪原』というのは、大陸の北部に広がっている冬の植物が支配している領域のことだ。
冬の植物と、は俺が世界樹の妖精だった時に開発した雪原の中で育つ植物全体のことをいう。
今の時代大陸の西側の国々にとっては、ユグホウラの領域がそのまま『不溶の雪原』の範囲を指していたりする。
実際のところユグホウラの支配領域は雪原だけというわけではないのだが、西側の国々にしてみれば実際の領域がそのまま『不溶の雪原』になっているのでそう考えるのも仕方ないだろう。
それはともかく、何故アンネリが「『不溶の雪原』で何をしているのか」と聞いてきたのかといえば、そのまま彼女の家であるアルムクヴィスト辺境伯家の重要な役目に繋がって来るためだ。
具体的にいえば、アルムクヴィスト家が所属しているノスフィン王国にとって『不溶の雪原』は不可侵領域となっている。
もっともそれは国軍や国に関わる組織に関してだけで、冒険者の活動に対してまで制限しているわけではない。
そもそも明確な国境のようなものがあるわけではないので、これまでの慣例から万年雪が降り積もっている場所が『不溶の雪原』とされている。
ただし冒険者が『不溶の雪原』で活動する際には、たった一つの制限が設けられている。
それが何かといえば、ユグホウラに所属している魔物には手を出すなというものだ。
下手にユグホウラに所属している魔物に手を出すと、彼の組織がどういった反応を示すか分からないので不用意に手を出すなというわけだ。
さらにより詳細な事情を知っている者たちにとっては、ノスフィン王国を守護している守護獣からの要請によるものだということも周知の事実である。
ただ自由を標榜する冒険者の中には当然のようにはねっ返りもいて、『不溶の雪原』で魔物狩りを行う者もたまに出てくる。
その代表がアンネリの喧嘩相手(?)だった例の男だったわけで、そもそも彼女と男が毎度のように喧嘩を繰り広げていた原因は『不溶の雪原』で狩りをしようとしていたからだった。
『不溶の雪原』での狩りをすることを止めているアルムクヴィスト家の二女であるアンネリにとっては、男の行動を止めるのは当然のことだった。
とはいえ男にとっては折角稼げる相手を倒さないのは馬鹿らしいという主張の元、両者の口げんかが毎度のこと繰り広げられていたというわけだ。
というわけで、今こうしてアンネリが問いかけてきているのもそうした事情があるからだ。
もっともアンネリは辺境伯家令嬢であることも辺境伯家の指示を受ける形で冒険者を監視していることも、隠しているわけだが。
『不溶の雪原』で何をしているのかと問われた俺は、少し悩む様子をわざと見せてからゆっくりと答えることにした。
「――そうですね。何をと言われても困るのですが、調薬の材料になりそうな植物を採取しに行っています」
「……それを信じろと?」
「信じるも何もそれが真実なのですが、逆にどういえば信じてもらえるのでしょうか」
「それは……」
俺の素朴な疑問に、アンネリも少し困ったような表情になった。
そもそも一緒に着いて来ていない限りは、他の冒険者が遠征地で何をやっていなかなんて確認する術がないのだ。
「言っておきますが、一緒に着いて行くというのはなしですからね」
「……何故でしょうか?」
「何故もなにも、毎回私が『不溶の雪原』に向かうたびに着いて来るわけにはいかないですよね?」
俺がそう言うとアンネリは、何か悩むような表情になった。
それを見て本気で着いて行くと言い出しそうだと感じた俺は、ここで切り札を出すことにした。
「――一応ですが、あなたの実家に確認してみることをお勧めいたします」
「どういうことでしょうか……?」
「どういうことも何も、恐らく辺境伯家の影の者だと思われる人に何度か見張られていたことがありましたから」
「……あなたはそれに気づいていながら放置していたと?」
「特に隠すようなことはしていませんでしたから。特に実害があったわけではないので、そのままにしておきました。影に対して何かをすれば隠し事をしていると思われるだけですから」
平然とした様子でそう言った俺に、アンネリは少し唖然としてからすぐにクスリと笑った。
「そうですか。あなたはそう言える人なのですね」
何やら訳知り顔で頷いているアンネリを見ながら、俺はどういうことかと首を傾げた。
そんな俺に対してもう一度笑みを浮かべたアンネリは、一度頷いてから続けた。
「あなたのおっしゃっていることは理解しました。一度問い合わせてみます」
どこにとははっきりと言わずにそう言ってみせたアンネリは、やはり一冒険者であるスタンスは崩さないと決めているようだった。
もっとも今までの会話で認めているようなものなのだが、そこは突っ込まないのはお約束ということで止めておいた。
それにここで変に突っ込みを入れると、藪蛇を突くようなことになりかねない。
そんなことを考えていた俺に、アンネリはふと何かを思いついたような表情になった。
「それはそれとして、やはり一度はあなたに着いて行ってみたいですね」
「……勘弁してください。このタイミングでそんなことをしたら、あの色男が騒ぐんじゃありませんか?」
俺のその言葉に、アンネリははっきりと不愉快という表情を浮かべた。
「それこそ先ほどのことで分かったかと思いますが、すでにパーティは解散していますから」
「ですが、あなたの婚約者ですよね?」
「そんなことまでご存じなのですか。……今更隠しても意味がないと思いますので言ってしまいますが、既に婚約は解消されれています。だからこそ先ほどのような結果になったのですが」
「おや。そうなのですか」
婚約解消したといってもここ数日のことなのか、さすがにそこまでの情報は聞いていなかった。
ここまで直接関係することになるとは考えていなかったので、ある程度のところで聞くのを止めていたのだ。
「ですので、やはり一度同行するというのはどうでしょう?」
「勘弁してください。というよりも、むしろ騒ぎになりやすいのはこれからではありませんか?」
「やはりそう思いますか」
憂鬱そうな顔になりながらそう返してきたアンネリを見て、やはり罠だったかと内心で胸をなでおろした。
アンネリにしてみれば、俺は辺境伯家の影の存在を見抜く実力がある(と勘違いしている)俺は、例の美男子からの盾としてちょうどいい存在なのだ。
ついでに本来の目的である『不溶の雪原』での行動も監視もできるということで、一石二鳥ということだろう。
影の存在を見抜いたのは俺自身の実力ではなく一緒に行動している眷属たちのお陰なのだが、そこまでの事情を知らないアンネリがそう考えても仕方ないことだ。
「あなたのような女性にこんなことを言うのもなんですが、私以外の護衛をしっかりと付けられることをお勧めいたしますよ。あの色男も貴族なのですから」
「やはりそのこともご存じでしたか。ありがたく忠告は受け取っておきます。……やはり『不溶の雪原』へ一緒に行くのは駄目ですか?」
「……せめて騒ぎが一段落してからにしていただけないでしょうか」
「そういうことなら出来る限り早めに決着をつけることにします」
言質は取ったと笑みを浮かべるアンネリに、俺としては苦笑を浮かべることしかできなかった。
ここでどう言っても着いて来ると言ってきそうだったと言うこともあるし、一度くらいは着いて来てもらっても別に構わないのだ。
ただ貴族の関係者に目を付けられるのは面倒なことになることが目に見えているので、そこに関してはしっかりと決着をつけてほしいと願うくらいは構わないだろう。
その思いはしっかりとアンネリにも伝わったのか、彼女は何やら今までに見せなかった表情を浮かべていた。
――その顔を見た俺が何を思ったのかは、俺と彼女の名誉のために黙秘しておくことにする。
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※なんだかんだで言質を取られてしまいました。
もっともキラとしてもここが一番いい妥協点だろうと思っていますが。
是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
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