(5)お誘い

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 ギルドでのひと悶着が終えて無事に残りのポーションを売ることができた俺だったが、何故かその後に普段来ることのないような飲食店に来ていた。

 その店は、何故この規模の町にあるのかと首を傾げたくなるような高級店で、資金の余裕のない俺にとっては全く縁のない店だ――ったはずだ。

 ユグホウラにある資金を使えば幾らでも来ることができるのだが、今の俺はあくまでも個人で活動しているのでよほどのことがない限りはその資金を流用するつもりはない。

 では何故そんな店に来ることになったのかといえば、その原因は目の前にいる美女にある。

 そう。冒険者ギルドでぶつかってポーションの瓶が割られる原因になった女性である。

 一応弁償はする必要はないと何度か断ったのだが、半ば強制的にこの店に連れてこられることになったのである。

 俺としてもこういう機会でもない限りは来ることがない店なので、最終的には納得してこの場にいる。

 何となく厄介ごとのような匂いもしたのだが、変に断る必要もないだろうと考えてのことだ。

 

 そんな高級店に俺たちを招待してくれた女性――アンネリが、特徴的な青みがかった銀髪を小さく揺らしながら頭を下げてきた。

「では、改めまして。先ほどは大変失礼いたしました」

「気になさらないでください。事故だということはわかっております。この店を紹介していただけただけで十分ですよ」

「……やはり払いは私が持つということにしませんか?」

「それはもう十分お話ししましたよ。私としては、こちらの店の紹介で十分。払いまで負担いただく必要はありません。そもそも割れた分を金額で換算してもそこまで行きませんから」

 これは本当のことで、もともと検査用に用意していた数本だけしか割れていないためとてもではないが、例の事件で割れてしまったポーションではこの店の支払い分には届かない。

 こんなことでアンネリにとっての「負担」になるとは思わないが、それでも余計な借りは作りたくないというのが本音だ。

 勿論、そんなことを口に出すつもりはないのだが。

 

 改めて支払いを断られたアンネリが小さくため息を吐くのを見ながらやっぱり美人は何をしても絵になるとずれたことを考えつつ、不毛なやり取りを避けるように問いかけることにした。

「それで、わざわざこのような場所にまで呼び出して私から聞きたいことは何でしょうか?」

「あら。何か誤解があるようですね。私は謝罪をしたかったのですよ?」

「そうですか? それでしたらわざわざこの店に呼び出す必要もなかったと思いますが」

「これは私の誠意です。私の不注意で商品を駄目にしてしまったのですから、これくらいのことはして当たり前ではありませんか」


 どうあっても謝罪でしかないというスタンスを崩さないアンネリに、こちらもとある情報を出すことにした。

「確かにあれは偶然の出来事だったのでしょうが、あなたは最初から私と話をするつもりで近づいていたのではありませんか?」

 あの時怒っていたアンネリが真っすぐに外に出ていれば、衝突事故なんてものは起こっていなかった。

 俺が出入り口への道を塞いでいたというのなら分かるのだが、少し外れた位置で話をしていたのでわざわざ近づいてきたとしか思えないのである。

 

 さらに俺が彼女に疑いをかけている理由は、もう一つある。

「――これで私が目を引くような容姿をしているなら話しかけられる理由も多少は分かるのですが、あいにく私は私のことをよく理解しているつもりです」

「そこまでご自身を卑下される必要はないと思いますが?」

「そうかも知れませんね。ですが、あなたには当てはまらないと思います。――そうですよね? アンネリ・アルムクヴィスト辺境伯令嬢」


 俺がそう言うとアンネリは、一瞬だけ言葉に詰まるような仕草を見せた。

 それはほんのわずかな変化で普通であれば見逃したような変化だったが、最初から警戒をしていた俺にははっきりとその変化が分かった。

 まさか一冒険者である俺がそんなことを言いだすはずもないと油断していたのかは分からないが、完全に隠すことはできなかったというような小さな変化だった。

 それでもそのわずかな変化だけで済ますのは、さすがに貴族令嬢と思わざるを得なかったのだが。

 

「――何のことでしょうか?」

 微笑を浮かべながらそう言ってきたアンネリを見て、その表情には二つの意味があると理解した。

 一つは先ほどの失態を誤魔化すためのもの。もう一つはこれから先も貴族令嬢ではなく一冒険者として話をするつもりだということだ。

 俺としても彼女のことを知っていると伝わればそれでよかったので、その提案にあっさりと乗ることにした。

「さて。何のことでしょうね。――それで、わざわざ私を呼び出した理由は?」

「……もう少し会話を楽しんでもいいと思うのですが」

「とんでもありません。私のような者からすれば、あなたと話すのも緊張するものですよ」

「よく仰いますね。彼女のように美しい女性を普段から連れて歩いているあなたが」

 そう言ったアンネリの視線は、俺の隣に黙ったまま座っているクインに向けられていた。

 人外の美しさとはよく言ったもので、言葉通りに人外のクインはその言葉通りの美しさを持っている。

 むしろそれに負けないくらいに美形なアンネリは、さすが美形が揃っている貴族の令嬢と言うべきなのだろうか。

 

 そんなあまり中身のない会話を続けている間も、しっかりとこの店の食事は口に運んでいる。

 さすがにこの辺りに似つかわしくはないほどの高級店だけあって、その味はこの町にありふれている大衆食堂では味わえないような味になっていた。

「――ところで、そろそろ本題に入りませんか?」

「もう。あなたはもう少し会話を楽しむということを覚えたほうがよろしいのではありませんか?」

「あまりこのような場所に長居をして、あらぬ噂を立てられるのは面倒ですから」

「あら。私は別に構いませんよ?」

「勘弁してください。婚約者がいるあなたとの噂が広まれば、相手から何をされるか分かったものではありません」

「そのようなことまでご存じなのですね。――本当に。貴方は何者なのですか?」

「何者、と言われましても……ポーション作りで小遣い稼ぎをしながら一介の冒険者ですよ?」

 自分でも胡散臭いと思うようなことを言って、アンネリの追及を躱す。

 

 普通の冒険者はアンネリの本来の身分や事情など知る術などないのだが、ユグホウラと繋がりのある俺にとってはこの程度の情報はすぐに手に入る。

 今も俺の隣で味わうように食事を続けているクインは、ユグホウラの諜報部隊を指揮している総隊長の片割れでもある。

 その気になれば、一国の情報を丸裸にすることも可能なのだ。

 

 そこまで詳しいことはわからなくとも俺が普通の冒険者ではないことを確信しているのか、アンネリは小さく首を振っていた。

「普通の冒険者が聞けば裸足で逃げ出しそうな言葉ですね。ですが、既に迷惑をかけてしまっているあなたに、さらに迷惑をかけるのは本意ではありません。――単刀直入にお伺いいたしますが、あなたたちは『不溶の雪原』で何をなさっているのでしょう?」

 そう言いながら真っすぐにこちらを見てくるアンネリの視線は、これまでのものとはまったく違っていた。

 その視線を感じてやはりそれが本題かと思いつつ、さてどう答えたものかと頭を悩ませるのであった。




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m(__)m

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