(7)精霊樹の枝

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 狼や蜘蛛、蜂や蟻といったユグホウラを代表する一族の魔物としばらくの会話を楽しんでいると、一体の狼がその会話の輪に飛び込んできた。

『主人!』

「おー。クウじゃないか。随分と月日が経っているみたいだけれど、元気そうだね。しっかりと進化もしてるみたいだし」

 魔物たちとの会話で、俺が前の生を終わらせてから既に五百年以上が経っていると聞いていた。

 俺にとってみればハウスで過ごしたひと月という感覚しかなかったので、さすがにその話を聞いた時には驚いた。

 もっといえば、プレイヤーたちが集まる広場も今いる世界と切り離されていたようで、ハウスと広場の経過時間はあまり違いがなかった。

 

 あまりに気楽に話しかけたせいなのか、クウは思わずといった様子で一瞬言葉を詰まらせていた。

『しゅ……主人も元気そうです』

「ハハハ。一度死んだ身で元気と言われるのはおかしい気もするけれどね。とりあえず今の体は元気だよ」

『本当に、お変わりがないようですね』

「あー。詳しい話はあとで皆にするけれど、俺からすればひと月くらいしか経っていないからね。そんなに変わるはずがない……かな」

『なんと……』


 俺にとっては一月しか経ってないという事実に、クウは絶句していた。

 それほどまでに時間感覚が違っていたということもそうなのだが、恐らくもしこれでさらに長い日をあちらで過ごしていたどうなっていたのかと想像したのだろう。

 今もなお北欧辺りの勢力圏が残っていることを考えればユグホウラは以前と変わっていないことは分かるが、それでも五百年という歳月の間に色々あったことは想像に難くない。

 それについてまだそこまで詳しい話を聞いていない俺がどうこう言うつもりはないが、勝手に脳内で考えることくらいは許されるだろう。

 

「――時間の齟齬については後でゆっくり話をするとして、今は急ぎの用事を済ませてしまおうか」

『そういえば、精霊樹に用があるというお話でしたか。ホームには行かれないのですか?』

 ホームというのはユグホウラの本拠地があり、中心的存在になっている世界樹が生えている場所のことだ。

「本当だったら先に皆と話をしたいんだけれどね。まずは精霊樹が先かな」

『そうですか』


 俺がはっきりと答えると、クウはあっさりと自らの疑問を取り下げていた。

 その素直な態度からは、相変わらず俺がやること考えていることが優先するべきと考えていることがわかる。

 その態度に妙な安心感を覚えつつ、俺は少し笑い返しながら精霊樹へと近づいて行った。

 

 俺と精霊樹の間には幾人かの魔物が話を聞くために壁のようなものを作ってだが、それがさっと左右に分かれて道を作る。

 その様子を見て内心では苦笑していたが、それは表に出さないようにして無言のまま精霊樹へと歩みを進めた。

 俺の後ろをクウがついてきているのは、この中にいる魔物の中で一番位(?)が高いからだろうか。

 ユグホウラの現在の組織体系がどうなっているのかわからないので、正確なところは不明なのだが。

 

 たくさんの魔物に注目されつつ精霊樹へと近づいて行った俺は、右手を伸ばしてその幹に触れてみた。

 すると精霊樹全体が瞬間的に光に包まれたが、すぐにその光は消えていた。

『これは……?』

 背後からクウの戸惑ったような声が聞こえてきたが、それに答える前に精霊樹が次の変化を起こしていた。

 

 ただ変化と言っても直前の光のように派手なものではなく、俺の目の前に一本の葉がついた枝がゆっくり落ちてきた。

「――なるほどね。これのためにわざわざ呼んだのか」

 ここでは敢えて「呼んだ」と言ったが、第二の人生が始まってから精霊樹の声が聞こえていたわけではない。

 何となく精霊樹か世界樹に呼ばれているような気がしていただけで、ここまでの変化が起こるとは思っていなかった。

 

 それよりも今手にした枝を見て、なるほどと納得していた。

 その枝は、妙に手にしっくりと来ていて、どこか持っているのが当たり前という感覚がある。

 もしかするとドルイドという職と何かしらの関係があるのかもしれないと予想はしているが、正確なことは分からない。

 出来るならこの枝をくれた理由を聞いてみたいところだが、残念ながら精霊樹が言葉を発することはなかった。

 

「……うーん。とりあえず、これで終わりかな?」

『主人。今のは?』

「俺も詳しいことはわからないな。ただ魔力が同期した? みたいな感じになったことは分かったかな」

『同期というと……融合したのでしょうか?』

「どうだろうね。そもそも元が同じのはずだから混ざったというのも違うと思うんだけれど、今の俺のレベルだと分からないな」

『そういえば、以前ほどお強くは感じられませんね』

「だね。今の俺だったらあっさりとクウに負けるんじゃないかな?」

『そ、そんなことはいたしません!!』

「ハハハ。いや、ごめん。クウがすると思って言ったわけじゃやないから安心して」


 そんな軽口を聞いた後は、改めて手にした枝を確認してみた。

 一口に枝といってもただの一本の木材というわけではなく、根元から幾つかの枝分かれがあってそれぞれにしっかりと葉がついているものだ。

 多少乱暴な言い方をしてしまえば、このまま根元を地面に刺してしまえばそのまま木として再利用(?)可能なのではないかと思えるくらいに生き生きとしている。

 そしてここから重要なのだが、この枝が俺からほんの僅か少しずつ魔力を吸い取っている感じがしている。

 ただ魔力が吸い取られているといっても、体の中の魔力が枯渇するくらいに吸い取られているわけではなく、自然回復した傍から吸い取られているという感じがする。

 この枝のみずみずしさがこの魔力によって維持されているのだとすると、何かの理由によって必要な事なのだと思われる。

 

 まじまじと枝を見ている俺を見て不思議に思ったのか、クウが疑問を投げかけてきた。

『主人? どうされましたか?』

「うん。なんかこの枝から魔力が吸い取られているね。――ああ、心配しないで。吸い取られているといっても大した量じゃないから」

『それならいいのですが……まさか、精霊樹がそのようなものを渡してくるとは』

「嫌な感じはしないから必要なことだと思うんだけれどね。今の俺が弱すぎてダメダメなのかもね。もっとちゃんと魔力操作を鍛えないとなあ……」

『それは……確かにそうかも知れません』

 クウが遠慮気味にそう言ってきたのは、俺に対してそんなことを言っていいのかという躊躇と弱いという事実を認めないといけないという葛藤が混ざったからだろう。

 

 俺自身は今の俺が弱いことはきちんと認識しているので、直接「弱い」と言われても怒ったりはしないのだが、やはり元世界樹の妖精だった俺には言い出しづらいのか。

 直接言われないと分からないこともあるのではっきり言ってもらった方が良いのだが、さすがにそれを今ここで言うつもりはない。

 一応この場での高い地位にいるクウが判断して言動に表している以上は、何かしらの意味があると考えているからだ。

 ここには多くのユグホウラに属する魔物がいるので、変に今の秩序を乱すようなことをするつもりはない。

 

「――この枝のことは後でゆっくり考えるとして、眷属の皆には伝えているんだよね?」

『はい。私が報告を受けるのと同時に知らせを走らせました』

「それじゃあ、転移装置を使ってホームに行ってみようか。……転移装置、使えるよな……?」

『主人の魔力は変わっていないので、大丈夫だと思いますが……』


 クウと二人で顔を見合わせてからほぼ同時に首を傾げた。

 人の足でホームまで向かうとなると何か月かかるかもわからないので、さすがに転移装置が使えないと困ったことになる。

 いや。その場合はその場合で眷属たちにここまで来てもらえればいいのだが、世界樹そのものにも出来る限り早く会っておきたい。

 その考えは、精霊樹から枝を授かったことでさらに強くなっているのであった。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る