(5)二体の狼

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 言い争いをするパーティ(一部)とすれ違ってから目的地に着くまでは、二度ほどの戦闘をこなしていた。

 ただし戦闘といってもそこまで強い魔物と戦ったわけではない。

 町の北側は比較的弱い魔物しか出てこないことで知られているらしく、しかも出現頻度もそこまで高くないらしい。

 そんな場所であるならば小さな村や何かがあってもいいと思うのだが、敢えて作っていないのにはきちんとした理由がある。

 その理由も思い当る節はあるのだが、確証がないだけに思うだけに留めている。

 人里を作るかどうかを判断するのは国王や貴族の裁量によるので、一般人が考えても仕方ない。

 一周目であれば考える必要もあったのだが、少なくとも今はそこまで考える必要はないと思っている。

 もしかすると今後は必要になるかも知れないが、行き当たりばったりだと言われるかもしれないがその時はその時で対処するつもりだ。

 

 そして、目的地に近づくにつれて明らかに気温が下がっていくのがわかった。

元の世界地球であれば、そんな一気に気温が下がるなんてことはあり得ないのだが、そのあり得ないことが普通に起こるのがこの世界だ。

 その原因が目の前に降り積もっている雪のせいだとはっきりしているので、驚くようなことでもない。

 一応防寒対策はしっかりして来ているので問題ないのだが、町にいたときと同じ服装だと確実に凍えていただろう。

 

 目指していた目的地とは町の近場からも見えていた万年雪が降り積もっている場所で、恐らくそこで出現するであろうある存在を待つためである。

 このままここで待っていて運が良ければが現れるはずだ。

 何故それが確信できているかといえば、別に過去の経験でわかっているというだけではなく、町で情報収集をしている時に噂として聞いたからである。

 とはいえこのままこの寒い場所でずっと待機しておくわけにはいかず、もう一工夫してみることにした。

 

 ただし工夫といってもそこまで突飛なことをしようとしているわけではなく、ただ単に焚火を焚くだけだ。

 万年雪が積もっている中で焚火を焚けば待っている存在が来るはずなのだが、それが上手く行くかどうかはわからない。

 それが活動しているのは万年雪が降り積もっている場所のはずなので、その広大な土地の中からぽつんと焚かれている焚火に気付くかどうかはまさしく運と言っていいだろう。

 もし今回が駄目でもまた日を変えて来るつもりなので、根気よく続けるつもり……だった。

 

 何故過去形かといえば、まさしく目的だったその存在が目の前に現れていたからだ。

 その存在とは大型犬よりもさらに二回り以上大きな体躯を持っている魔物の狼種で、焚火を目掛けて来たらしいその狼は一対の瞳をこちらに向けてきていた。

 本来であればこちらが逃げ出してもおかしくはない状況なのだが、そこは落ち着いてその狼を観察する。

 

「……うーん? ルフの系統であるのは間違いないと思うけれど……君はどのくらい先の代になるのかな?」

 こちらに襲い掛かって来るわけでもなくじっと見つめてくる狼は、最初俺が言った言葉の意味が分からなかったのか小さく首を傾げていた。

 だがすぐにその意味を理解してくれたのか、ただでさえ大きな瞳をさらに大きくしていた。

 ――といっても普通の人族ではほとんど気付かないような変化なのだが、以前の経験のお陰でそれくらいの変化は簡単に見分けられるようになっている。

 そうした経験があって目に前にいる狼の感情が分かっているからこそ、慌てることなく話かけることができているのだ。

 

『性懲りもなくまた人族が領域に来たかと思って来てみれば……お前は何者だ?』

「おっと。賢狼の類だったか。人と話ができるとは思わなかった」

『賢狼という言葉も知っておるのか。いや、そんなことよりも、答えはないのか?』

「答えというか、怒らないで聞いて欲しいんだけれどね」

『聞かなければ答えようがないだろう?』

「それは確かに。うーん。じゃあ答えを教える代わりにとりあえず提案なんだけれど、俺を精霊樹のところまで案内してくれないかな? もしくはこの辺り一帯を管理している狼――昔と変わっていなければクウかカイだと思うけれど、呼んでくれないかな?」

『お前は――いや。確かにそのほうがよさそうだ。少し待ってろ』


 普通であればありえないような提案だったのだが、目の前の狼は何やら普通ではないことをすぐに理解してくれた。

 予想ではここでひと悶着あってもおかしくはないと考えていたのだが、思ったよりも素直に提案を受け入れてくれて内心ではホッとしていた。

 もし目の前にいる狼が過去の人生で沢山触れ合ってきたのであればそこまで心配する必要はなかったのだが。

 

 俺の提案を飲んでくれた狼は、その場で遠吠えを一度だけ行っていた。

「……呼んでくれたのはありがたいけれど、そこまで大きな声だったら人族にも見つかるんじゃない?」

『心配するな。ちゃんと同種にしか聞こえない声だ。むしろお前に聞こえていたのが驚きなんだがな』

「あれ? そうなんだ。それは、ちょっと俺にもわからないな。なんでだろう?」


 妖精だった一週目の人生であれば狼にしか聞こえない音や声が聞こえていてもおかしくはない。

 だが現在はどう見ても人族で、特殊な技能がついているとは――とここまで考えて、唯一ついているスキルのことを思い出した。

「まさかこれも森羅万象の影響なのか? だとしたら何でもありだな」

『シンラバンショウ? 何だそれは。スキルの名か何かか?』

「うん。そう。今のところ俺についている唯一のスキル」

『……お前な。そんな情報を魔物である我に簡単に教えるな』

「いやー。そうしたほうが信用してもらえるでしょ?」

 ニヤリと笑いながらそう言った俺に、狼は大きくため息をついて見せた。

 何とも人族臭い仕草だが、違和感のようなものはなくむしろ板についているように見える。

 

 冗談半分の言葉だったが、どうやら目の前の狼はそれをきちんと理解してくれたようだった。

 そのことに触れようと口を開――こうとしたところで、狼がふと視線を別の場所へと移した。

『どうやら待ち人(狼)が来たようだ』

 目の前にいる狼の言葉に釣られてそちらに視線を向けると、こちらにむかって駆けてくるさらに別の狼が来た。

「いや。人っていうか、狼だと思うんだけれど……おお。もしかしなくても三世代目くらいになるのかな?」

『……そんなことまで分かるのか。何者だ、本当に』

「いや、ごめんね。別に隠しているわけじゃなくて、説明は一度に任せたほうが楽だと思ってね」

 俺がそう返すと、狼は再びフンと鼻を鳴らしていた。

 それは別に不機嫌でそうしているわけではなく、一理あると考えているのが分かる鳴らし方だった。

 

 そんな短い会話をしている間に、雪原を駆けて来ていた別の狼――最初に来た狼よりもさらに大きい――が、あっという間に自分たちがいるところまで近寄ってきた。

 ちなみに二体の狼は毛色が大分違っていて、最初からいる狼が全身のほとんど白い毛でおおわれていて、後から来た狼は手足の一部の毛が白くなっている。

 その後から来た狼は、ちらりと狼を見てからこちらをジッと見てきた。

『呼ばれたから来てみれば……なんだ、この人族は』

『それなんですがね。この人族、妙にこちらの事情に詳しくて……クウ殿とカイ殿の名前も知っております。下手に追い返すよりもお呼びしたほうがいいだろう思いました』

『……なんだと? 貴様、何故その名を……っ!?』

 全身白い狼から話を聞いた別の狼は、こちらをつぶさに観察をしようとしたところで、何かに気付いたようにハッとしていた。

 

「やあ。……この場合は初めまして、になるのかな?」

『ま、まさか、そんな……』

 右手を上げながら軽く挨拶をした俺に、後から来た狼は何かに気付いたかのように驚愕を全身で現わしてた。




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m(__)m

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