第5話 二人の関係

ある日の事だった。



「夏川さん」

「あれ?谷口君?」

「御無沙汰してます」

「本当そうだね。相変わらず元気そうね」

「お陰様で」

「それは良かった」




彼は職場が他の場所の異動になって、数ヶ月が経っていた。



時々、うちの職場に顔を出すも私がいない事が多く、メールが入ってきていた。


気付いた時は既に遅く会う事はなかった。



「夏川さん、この後、ちょっと付き合って欲しいんですけど」


「えっ?」

「ご都合が悪いなら日を改めますけど」

「いや…別に良いけど急過ぎない?」

「だから言ってるじゃないですか?日を改めますって」


「別に構わないわよ。ほら行くよ!で?何に付き合わなきゃいけないわけ?そっちから誘って来るなんて珍しい。何か企んでない?大丈夫?」


「何も企んでませんよ」

「そう?」

「そうです」




私は、谷口君に連れられるまま移動する。


とある居酒屋だった。



「居酒屋?」

「愚痴聞いて下さい!」

「愚痴ぃっ!?」

「はい!部下の愚痴聞いてくれても良いじゃないですか?元、俺の上司だったんですから」

「はいはい。分かりました。あんたのおごりでね」


「いやいや、割り勘でしょう!?」

「割り勘?まあ…貸し借りない方が良いか…。じゃあ割り勘ね」




そして愚痴を聞かされる。



「夏川さん飲んでます?」

「飲んでるわよ」




《ていうか飲む余裕ないし。どうせ面倒見なきゃならないんだろうし》


《私が酔っ払うわけにはいかないでしょう?》



私は、そう思いつつ飲むのは控えていた。




「谷口君、お酒強いんだね?」

「強いというよりも自分が飲める範囲が分かるだけです」

「そうか…」

「そういう夏川さんは余り飲んでなかったですけど」

「そう?」


「まさか遠慮して飲まなかったとか?」

「いや…そういうわけじゃないんだけど…」



《まさか強いとは思わないから…言えるわけがない》



結局、割り勘と言っておきながらお勘定の方は全て谷口君が出してくれた。


お金を出そうとしたんだけど……




「付き合わせたんですから良いです!」



と、断られた。


だけど、申し訳なく思い再び聞くと…




「良いって!」

「いや…でも…貸し借りしたく…」



お金の支払いを済ませ、私の手を掴み外に連れ出す。



「ねえっ!ちょ…」





ドキッ



周囲の目から隠すように、頬にキスされた。




「良いって言ってんだから遠慮してんじゃねーよ!バカ理乃!」



ドキッ


至近距離にある顔に胸が大きく跳ねた。




「………………」



かあぁぁ~…



名前を呼ばれ、まさかのキス!?


頬とはいえ、不意のキスは反則だ…!


私は一気に体が熱くなったのが分かった。




「唇が良かった?」




ドキッ



「あ、あのねーっ!年上をからかうなっ!」



クスクス笑う谷口君。




「夏川さんって…案外純粋なんですね?」

「えっ?」

「せっかくだし、この際、夏川さん落としてみようかな?」

「えっ?な、何言って…」




グイッと肩を抱き寄せられた。



ドキーッ



「ちょ、ちょっと……」

「なーんて…」




パッと離れる。




「マジにとんなよ!夏川 理乃!」

「別にマジにとってないから!」

「…ムキになる所、おもしれー」

「うるさいなっ!」



私達は騒ぐ。





上司と部下


彼にとっては


それ以外の関係は望まない


もちろん私もそうだ


だけど……





「夏川さんは、もう再婚とか彼氏とか作ろうと思わないんですか?」


「えっ?そんなの…考えた事ないかな?」


「どんなイケメンとか大好きな芸能人から言い寄られても?」


「自分が好きにならなきゃ無理な話だから」


「つまり恋愛する気ないわけだ」


「無理!無理!」


「ふ~ん…」



私を見つめる谷口君。




「な、何?」


「じゃあさ、マジかけてみようかな?」


「えっ?」



クイッと顎をつかまれた。



ドキッ



「あんたの心の中に俺を埋めてみようかな?」


「な、何言って……年の差もあるしバツイチなの!それに子供だっているんだから!」


「関係なくね?その考え捨てた方が良いと思うけど?」



「…………」



「バツイチとか子供いるとかさ好きになったなら関係ないと思うけど?ちなみに俺は気にしない」


「あなたがそうでも私は無理なの!」



「………………」



「なるほどね~。じゃあ分かった」


「えっ?」


「夏川 理乃を落とす!」


「はあぁぁっ!?」




「…………」



「好きでもないのに落とすとか何考えてるわけ!?」


「確かに好きではない!だからって嫌いなわけでもない!でも……バツイチとか年の差とか気にしてるなら尚更、振り向かせたくなる!」



「……………」



「無理!無理!第一、私に恋愛する気がないから」


「恋愛する気ないなら、する気にさせれば良い」




「………………」



「絶対に無理!揺れ動かない!」


「ふ~ん…じゃあ、もし揺れ動いたら俺の女な!」




ドキッ



「俺の女って……」


「だってそうだろ?」


「認めない!」


「はいはい。でも、好きになったもん勝ちだろ?」




私達は騒ぐのだった。




その後、谷口君のお誘いが増えた。


2人で出掛ける事が増えていく。


どうやら谷口君は本気モードで私を落とすつもりらしい。



他愛ない話をして、時々、不意にサラッと褒め言葉を言ってくる。


“可愛い” とか “綺麗” とか


本当油断も隙もあったものじゃない!


巧みな言葉を使って私を落とすつもりなのだろう?


私は絶対に揺れ動かない!


そう自分に言い聞かせて過ごす。




「本当、落ちませんね。少しはとは思ったけど微塵たりとも反応余り変わんねーもん」


「だから言ったでしょう?」




「……………」




その後、谷口君の態度が変わった。


急に誘わなくなったのだ。


連絡も減り始め、私が気になって連絡すると“忙しい” との返事か来ては“落ち着いたら連絡します”との事だった。


諦めたのかな?とか思ったりもしたけど、私は何故か、この距離感や態度に寂しさを感じた。

























































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