第20話:マイク再び
色々とあったが、やっとの思いで気になっていた呪いの患者のところに戻ってみることができた。患者たちはみんなおとなしく眠っていたようだった。
「ありがとう。2人とも、大丈夫だった?」
「あぁ、暴れていたのが嘘のようにすぐ眠っていたよ」
「そう。よかった」
「ロイ先生、いや、ロイ師匠俺を弟子にしてください」
いきなり言い出したのはアダムだった。
「おい、やめてくれよ。なんだよ」
「今回のビワの葉といい、このナツメといい、驚かされることばかりでとても勉強になります。だから……」
「いや……俺は知識をね」
俺が答えに困っていると、カーターが俺の肩を叩いた。
「その知識を分けてくれと言っている。まだやりたいことはたくさんあるんだろ? 俺たちにそれを手伝わせてくれないか?」
「えっ、いいの? なら早速だけど、ガンヤクの開発をしたいんだけど……」
こうして俺たちは、1週間ほどでガンヤク、軟膏を作り出した。ガンヤクはニンニクで開発を進め、カーターが治験者になった。効能が確認できたので、他の薬でも開発を進めていく。
途中記憶が曖昧でわからないところがあったが、そこはジョイがフォローしてなんとか形にすることができた。やはり、ジョイは優秀だったらしい。
そして、頭痛薬、熱さまし、腹痛、下痢止め、咳止め、じんましん、鼻水などさまざまな症状に効く薬を開発したのだった。
その間もアーリエ姫が俺に会いに来ることもなかった。アイレン花を探しに行くつもりではあったが、俺がこの国を出るためにはアーリエ姫の許可がいる。今はお別れ宣言をされた身としては、会いに行きたくなかった。
ある日、エリスが来ているという連絡があったので、診察室へ行くことにした。
「やっほー。元気だった? ずるっ。なんか呪い病室の5人とじじいだけになったらしいわね。あんたやるわね。ゲホっ」
「えっ、エリス大丈夫? 風邪?」
「なんか熱っぽいのよね。ロイがこの体の熱を取ってくれるかしら? 私できる男は好きなのよ、ゲホゲホ」
「ちょっと、ふざけてないで。熱は?」
俺は一瞬心惹かれるものがあったが、なぜか最近の俺はあんまり調子が良くない。アーリエ姫との一件から、あまり反応しなくなったのである。
額を触ると少し熱があるようで、咳き込みと鼻水を出している。
「大丈夫? エリス、咳はいつから出ているの?」
「3日くらい前から……なんかね寒いわね。温めて」
「もうそこに横になりなよ」
俺は毛布をを上から被せてあげる。
「ほかに何か気になったのことはない?」
「最近耳が痛いのよね」
「たぶん、中耳炎だね。自分の耳の中とか探知できない?」
「やったことないけどやってみる」
魔力注入をやめたエリスが不思議そうに尋ねる。
「耳に水が溜まっているみたい。ちゅうじえんって何?」
「あぁ、滲出性中耳炎といって、耳管や中耳の粘膜からしみ出た滲出液が中耳にたまる病気だよ。発熱や耳の痛みといった症状はあんまりないはずなんだけど……」
「そうなのね。でも、ほっとけば治るでしょ?」
「ひどくなると大変だよ。鼻水の色は何色?」
「黄色や緑だったわ」
「やっぱり。急性中耳炎から滲出性中耳炎に移行していて治りかけだとは思うけど……違う病気も考えられるから安易な診断はできないんだよな」
「そうなの……ロイってお医者様みたいね?」
エリスは不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「そうかな……? 治癒士としても役に立たないから患者の様子に注目してどうやったら少しでも患者がよくなるか考えていたからかな?」
適当に誤魔化してみる。なぜ中耳炎に詳しいかなどそんなの決まっている。自分が何度も「蓄膿症」や「中耳炎」になっているからである。
「あら、そうなの。それにしても詳しすぎると思うわ」
「まぁ、そんなことは今はどうだっていい。抗菌薬が欲しいけどないんだよな……せめてユキノシタってあるかな?」
なぜか病室を覗いていたアダムが答える。
「はい、先生ユキノシタあります。煎じますか。どうしますか?」
「いや……生のままでいい。ユキノシタをついた汁を耳に垂らすから」
「わかりました。すぐに持ってきます」
俺はなんだか先生と呼ばれ、慕われているのに嬉しさと恥ずかしさがこみ上げていたが、なんだか嫌な気はしなかった。
「ちょっと待ってね。薬準備するから」
「苦いの嫌よ?」
アーリエ姫のハーブティーの苦みに感じたあの顔を思い出し、やはり心配になってくる。意地を張っている場合ではない。一度話し合う必要がありそうだ。
「大丈夫。耳に塗るだけだから痛くも苦くもないよ」
「なんかエロイわね。耳とか私弱いのに……感じちゃったらどうしよう」
「……大丈夫だと思うよ。別にねっとり塗ったりしないし」
そんなことを言っていると、走ってやって来るアダムからユキノシタをもらった。このユキノシタは耳と関係が深い薬草である。中耳炎は細菌やウイルスの感染により中耳が炎症を起こした状態である。ユキノシタが中耳炎に良いというのは抗菌作用を示す精油成分が含まれていることが関係しているのだそうだ。
なんだよ。今の知識。俺そんなこと知らないぞ。普通に抗菌薬飲んでいつも治っていたから。てかさっきから言っているユキノシタってなんだよ。自分の知識に驚いていると、エリスが俺にお礼を述べた。
「ありがとう。先生」
「先生って……」
「禁断の関係みたいで素敵じゃない?」
「はぁ、もう熱あるんだから早く帰りなよ」
エリスがクスクス笑っていた。
しかし、次の日に「小」にいた年配のおじいさんが亡くなった。そういえば、俺は寿命だろうと診ることすら忘れていたのだ。
自分も命に優劣をつけていたということにショックを隠せない。俺はそれからというもの部屋にふさぎ込んでしまうようになった。アレからどれくらい日数が経ったのだろうか。トーマスが部屋にドシドシとノックもせずに入ってきた。
「お前は何をやっているんだ!! 姫様のアイレン花はどうするんだ。お前がふさぎ込んでいる間にもアーリエ姫は苦しんでいるというのに……お前がそんな奴だとは思わなかった。今お前の弟が姫様を看病している」
「えっ……?マイクが。マイクなら安心だよ。腕は確かだから」
「お前は見る目もなかったようだな。アイツはアーリエ姫に診断という名の変態行為ばかりしているとミアが嘆いていたが?」
「でも……俺はいらないそうだ」
「ごちゃごちゃ言ってないで一度見てこい。心配じゃないのか?」
「……俺には行く資格などない」
「あ……うっとうしい野郎だな。『転移』」
唖然としていると、目の前にはいやらしくアーリエ姫の胸を揉んでいるマイクの姿があった。
「マイクっ!! 手を離せ」
「チッ、バカ兄かよ。邪魔するなよ。もうすぐで症状がわかりそうなんだ」
もみもみと胸を持ち上げたり、感触を確かめたりどう見ても診察ではない。
「嘘をつくな」
「……ロイ、診察中なのよ。下がりなさい」
アーリエ姫もどうしたというのだろうか。こんな奴前回のように罵ってつき離せばいい。それに魔法でどうにもできるだろう。なぜされるがままなのだろう。やはり、婚約者になったから拒否できないのか?
俺はその事実に心を痛める。
(これが嫉妬なのか……?)
マイクがニタニタと俺を見下すように笑った。
「ハハハ、邪魔者はどこかへ行けよ」
「嫌だ。アーリエ姫は俺の患者だ」
「今は俺の患者だよ。患者ならなぜ放置しておいた? お前ならそんなことしないはずだ」
「それは……」
俺が当惑していると、部屋の回りが慌ただしくなった。トーマスの声が聞こえる。
「ここです。お願いします」
警察隊がアーリエ姫の部屋に押し入ると、マイクを捕らえる。
「アーリエ姫ご無礼をお許しください。こやつでございますか? 治癒士というのは?」
「そうよ。この者が私に呪いをかけたの。ほら」
アーリエ姫は胸のあたりをさらけ出す。男性陣一同はあっけにとられつつも見るのをやめない。俺はなぜかムカついたのでアーリエ姫に自分のジャケットを脱ぎ胸を隠す。
マイクはというと焦っているようで、口をパクパクとさせている。
「おいっ……いったい……どういうことなんだよ。俺は何もしていない」
「嘘をつくな。これは病気ではなく呪いですよね? ロイ先生?」
「えっ、俺? あぁ、これは確かに呪いだけど……」
「バカ兄が先生だとかふざけるなよ。俺様が世界一の治癒士なんだよ。ルノニア国の陛下に聞いてみろ。このことを知ったらこの国なんかあっという間に潰されるぞ? いいのか?」
オーホッホッホと高笑いしていたのはやはり、アーリエ姫だった。
「そうかしらね? 一度母国に帰って陛下に尋ねてごらんなさい。フール国のアーリエに呪いをかけたって」
「何を言う。そんなでっち上げが通用すると思っているのか」
「そうね。わかったわ。はい」
アーリエ姫は小さいコインのようなものと機器を魔法でポンと出したかと思うと、その機器にコインを入れた。
すると、壁に一面映像が映し出される。そこにはいやらしい顔をして胸を揉みまくるマイクの姿が映し出されていた。
「くそっ。これはなんなんだ?」
「記憶映像よ。ずっと録画していたのよ」
「最悪だ」
「この映像と一緒にルノニア国に送り返して」
「はい」
マイクは連れて行かれたが、内心俺はビビっていた。録画されているということはあの夜の映像も……?
(ふふふ。安心して、大丈夫よ。アイツの件はどうにかするって言ったでしょ)
(そういうことか)
(少しは嫉妬でもしてくれたかしら?)
(今まで診察に来なくてすまなかった。嫉妬は少ししたかも……)
「えっ」
アーリエ姫は驚いたのか声に出してしまっていた。ミアがアーリエ姫に駆け寄る。
「アーリエ姫どうしましたか? まさかまた胸が痛みますか?」
「いえ、大丈夫よ。ロイにちゃんと今度は診察してもらうから二人にしてもらえるかしら?」
「あっ、はい」
トーマスは俺を一瞥したが、そのまま部屋から出ていった。トーマスはアリア様と一緒になったのではなかったのだろうか。もしかして、トーマスは魔力が多いから魅了を自分で解いて戻ってきたのかもしれない。
「今回は残念だったわね。あの方が亡くなられたと聞いたわ。それであなたはふさぎこんでいたのよね。あなたらしいわね。助けられなかったことを後悔しているんでしょ?」
「はい……俺は知らぬ間に命に順序を……」
「ねぇ知っている? ある東の国では順序を決めるらしいわよ。一人でも多くの傷病者に対して最善の治療を行うため、傷病者の緊急度に応じて、治療の優先順位を決めるんだって。赤、黄、緑、黒って分けて、黒が治療を行っても生存可能性がない状態なんですって。だから、ロイは間違っていなかったと思うわ。あの亡くなられた方には申し訳ないけど……」
「それでも俺は………」
俺は泣いていた。アーリエ姫はそんな俺を優しく抱きしめてくれた。体がポカポカしてなんだかいい心地だった。
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