第19話:アリア様
俺たちは城の地下へと向かうことにした。アーリエ姫はもう普通に歩けるようになっていたようで俺は安心したが、腕を組んで歩いているのはどうしてだろうか。
「あの、アーリエ姫?」
「なんかデートみたいで少し嬉しいの。お付きもつけないでロイと歩けるなんて嬉しいもの」
「いや……今そんないい感じな状況じゃないですよね?」
「だからよ!! 落ち込んでいても仕方がないじゃない。だから、少しでも気分を高めないとダメよ」
「まぁ……そう言われればそうですけど……」
「でしょ? キスでもしとく? 今なら誰も見ていないわよ」
「いや……そんな……」
俺は動揺しつつも、体は正直だった。目はアーリエ姫を捉えたまま、口を尖がらせてしまっている。
「うふふ。ロイは正直ね。だから好きなのよ」
「ゴホン」
咳払いが聞こえたが、周囲を見渡せど誰もいない。あったのは髪の長い女性の像だけだった。この女性の像を俺は見たことがあるので、なぜこんな場所にあるのだと思い、口を尖がらすのをやめ、思わず像に尋ねてしまった。
「アイグレー?」
「いえ、アリア様よ」
「あっ……そうだよな」
これって確かギリシャ神話の健康、治癒を司る女神と言われている女神様だよな。女神様ならと祈る方向で考えた方がよさそうだけど、俺の知っているこの女神様は特殊だった気がする。
「ロイ、アリア様に祈りを捧げるわよ」
アーリエ姫に言われたので、とりあえず俺も跪いて祈ることにした。
すると、ドドドと地響きが始まったのと同時に、その像は光輝くと像の石化が解かれ、黒髪の綺麗な女性が誕生していた。
「アリア様が目覚められたのね。さすがはロイよ。愛しているわ」
「……ちょいちょい、俺へのアプローチしてくるのやめてもらっていいですか。さすがにシリアスな場面でお色気展開とかあり得ないですよ?」
「そう? でもあなたの心はそうでもないみいよ。さっきからキスしたい。抱きたい。襲いたい。おっぱいが当たる……そんな声が聞こえるからついね?」
「……色々すみませんでした。黙っていればバレないと思っていた俺が悪かったです」
「うふふふ。嘘よ。でも、謝ったってことは半分以上当たっているってことね」
俺は答えずに、頭の中で呟く。
(悪いが全部思っていたよ。なんならもうこの像に見せつけての……ヤバイ。ダメだ。また読まれるかもしれない)
そう思い、アーリエ姫を見ると真っ赤な顔で俯いていた。
「……アーリエ姫、変態な俺ですみません……」
「いえ……ごめんなさい。からかった私が悪いの」
2人であたふたしている間にも、その女性は欠伸をしながら喋り始める。
「あーよく眠った。あっ!!」
その女性は俺を指さした。え、俺なんかしたか?
しかし、その女性は普通に俺を罵ってきた。
「なんでよ。かっこよくないし、私を迎えに来るのがなんでこんなにキモデブ親父なのよ!! それに何が嬉しくて日本人が私を目覚めさせるのよ!!」
えっ、今なんて言った? ハッキリ俺のことを日本人。しかもキモデブ親父と俺の45歳の田中秀一の容姿をなぜ知っているんだよ。俺は焦ってしまう。まさか、元の姿に戻ってしまったのだろうか。体を触るが変化はなさそうだった。
「はぁ、よかった。変わっていない」
「ロイ、どうしたのよ」
「いえ、何も……アリア様でしょうか。もし、ご本人なら聖剣を出していただけないでしょうか?」
俺は丁重にお願いしてみることにした。
「嫌よ」
「なんでだよ」
さっきのキモデブ親父が響いてしまっていて、思わずキレてしまう。
「だって、聖女でも勇者でもないただのおっさんになんで渡さなきゃいけないのよ。それに、あなた転生……」
おっさんって、今の俺がどう見えているんだよ。だがしかし、アーリエ姫におっさんだと知られるのが嫌で黙らせるために、口を手で覆う。
「ちょっとロイ、アリア様に何するのよ」
アーリエ姫に咎められたのでやめるも、睨みつけてやった。
「なによ。キモデブおっさんがイキちゃってさ。それに頭のてっぺんも剥げているじゃない」
「アリア様、ロイは痩せておりますし、髪もふさふさですよ。それ以上のロイへの侮辱は私が許しません」
「なになに、あんたたちってさっきもなんかいちゃついてたけど、そういう関係なの。ヒューヒュー」
「お前こそ、いつの時代だよ」
俺は古すぎるネタに思わず、突っ込んでしまう。もはや、女神様でもアイグレーでもない。これはただの昭和のおばちゃんだろう。見た目はいいから美魔女様でいいじゃないか。
「ふん。あんたみたいなおっさんになんか聖剣を渡すもんですか」
「さっきからアリア様はどうしたのですか。さすがに私だって怒ります。ロイはかっこいいし、おっさんでもありません。それに……エロさもあるのですよ」
「ちょっとアーリエ姫、なんか恥ずかしいからやめてくれ」
ニタニタ大笑いしたアリア様は言った
「ハハハ。元の姿見たらひくって。ハゲだしキモイし、あの年で童貞とかマジキモイ」
「アリア様。わたくしもう怒りましたわ」
アーリエ姫は魔力を高め始めた。これはまずい。魔力が高まればアイツってかあの魔族に居場所がバレるかもしれない。
「アーリエ姫。落ち着こう。俺は気にしないから」
「ロイはやっぱり優しいのね」
「いや……」
事実だから否定できないだけなんだけどな。
「なら、若くてイケメンだったら、聖剣を出してくれるんだよな」
「そうね。金髪でヒーローみたいなハイスペ男子がいいわね」
やっぱりか。あの魔族といい、このアイグレーに似たアリア様といい、俺がこよなく愛していたゲームのキャラクターに似ているんだよな。魔族の奴は、聖剣が弱点で、アリア様は確か、普通に治癒能力があるけど、容姿が一定ランク以上に装備していないと助けてくれないんだよな。
ゲームの内容を反芻していると、ガシャンという大きな音とともに上からトーマスが落ちてきた。
「なにこれ……私の運命の人」
まさかのトーマスがタイプだったのかよ。テンプレってか安直だわ。だから、ゲームなのかもしれないがな。
アリア様は、びくとも動かない傷だらけになったトーマスの顔をペタペタ触ると、そこかしらにあった傷は見事に消えていた。
「すげぇ」
「私の運命の人、早く目覚めて」
アリア様はトーマスに口づけをした。トーマスは戦闘力が上がった超人のように髪の毛が逆立っている。
「まさかのあれか」
「わかるなんて、あなたも少年漫画好きね」
トーマスの力は桁違いになったようだが、魔族のアイツに一撃も食らわせることができていない。それを見たアリア様が言った。
「あらあら、相手は魔族なのね。この聖剣をあげたら私と結婚してくれる?」
いつの間にか出されていた聖剣を戦っているトーマスの前でチラつかせる。女神様ならそれでさっさと魔族を倒してくれればいいのに。トーマスも戦い中だとはいえ、律儀に返事をしている。
「いや……俺は姫一筋ですの」
それを聞いたアーリエ姫はトーマスに笑顔で言った。
「ねぇ、トーマス。あなたはアリア様と結婚するわよね? 私の忠犬トーマス」
「ワン」
やはり……脳筋バカだったのか。トーマスは聖剣を受け取っていた。
「ふふふ、これでいいわ」
「いやいや、アーリエ姫。今のは良くないと思いますけど?」
「いえ、アーリエ姫の判断は正しいわ。これで私の運命の王子様は魔族を倒せるもの」
アリア様がそう言った瞬間、トーマスが聖剣で魔族の体を真っ二つに切り裂いていた。そこからは血ではなく、粉々になった砂のように消えていったのだった。
俺は内心思ってしまう。この戦いシーン早すぎやしないか。それに魔族の奴一言もしゃべってねぇよ。これは噂にきく金属音よりひどいぞ。一言で終わらせやがった。
「あら、私の王子様早くデートに行きましょう。邪魔者は消えなさい」
トーマスはアリア様に抱き着かれているが、アーリエ姫に助けを求めている。
しかし、アーリエ姫は笑顔で、シッシとまさに犬を追い払うようなそぶりを見せた。女ってこぇー。
じゃなかった。俺はアリア様に呪いの解き方を聞きに来たんだった。
「あの……アリア様、アーリエ姫の呪いを解くにはどうしたらいいんですか」
「はぁ? あなたの質問に答える義理はないわ」
アリア様はトーマスをうっとりと見つめる。トーマスもまんざらでもない顔をし始めたのはまさか傀儡?
そう思い、アーリエ姫を見るとさすがに首を振った。ならばアリア様が使用したんだろうか。トーマスは跪いて本当の王子様のようにアリア様に求婚した。
「アリア様、俺と結婚してください」
「えぇ、ありがとう。幸せになりましょう」
「トーマス……本当にそれでいいのか?」
「はぁ? お前は誰だ」
「マジかよ……」
「ほら、いきましょう。私達の愛の素へ」
トーマスとアリア様はそのままさらに奥の地下へと進んでいく。
「トーマス、アーリエ姫の呪いが解けなくていいのか?」
その言葉でトーマスは頭を振り、頭を抑えながらアリア様に確認した。
「アリア様? 姫の……呪いを……解くにはどうしたらいいですか?」
金髪碧眼の威力はいつの時代も絶大なようだ。目がハートになったアリア様はすくさま答えた。
「アイレン花で救えるわ」
「アイレン花……? やっぱりあれか」
頭を抑えるトーマスに、アリア様は微笑みかける。そうすると、頭を抑えなくなったトーマスはあの偽物王子のような胡散臭い笑顔を張り付けていたのである。確実にあれは傀儡とか魅了だよな。
あれ怖いわ。アーリエ姫にされてなくてよかった。自分の意思とか関係なくなるなんてさすがに恐ろしい。じゃなくて、今すぐアイレン花を取りに行かなければいけない。すぐさまに切り替えた俺はアーリエ姫に言う。
「アーリエ姫アイレン花を見つけてきます」
「でも……あれは幻の花で見つからないと聞いたわ」
「いや、俺たち見たんですよ。だから、きっと大丈夫です。だから取りに行ってもいいですか?」
「いいけど……」
アーリエ姫が珍しく曖昧な返事をしたかと思えば、ミアや近衛騎士たちが地下にやってきた。
「アーリエ姫正式に隣国のマイク様から婚約を申し込まれました」
「あのキモ犬、マジで申し込みやがったのね。断れるかしら?」
「難しいことは姫様自身が一番わかっているのでは?」
「そうね……国を通してこられたら、正式に断るにはそれ相応の理由がいるものね。ロイ私たちはお別れしなくちゃいけないわね」
なんだか、アーリエ姫がそんなことを言うなんて予想外過ぎて俺は固まってしまう。てっきり、「ロイが私と結婚すればすぐに解決するわ」って言うと思っていたのだ。俺はいつからこんなに自信過剰になっていたのだろうか。
勝手に裏切られた気がして、俺はアーリエ姫に冷たく言い放つ。
「そうですね。でも、アーリエ姫はこの薬草医院カフェを作るだけ作ったくせに、国に嫁ぐんですね。そんな投げっぱなしにするような人ではないと思っていたので残念です」
俺は謎のイラ立ちが勝ってしまい、ぶっきらぼうに告げるとアーリエ姫の顔も見ずに、そのままその場から立ち去った。
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